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番外編
婚約期間が短い理由(1)
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婚姻に伴う諸処の手続きや話し合いのために父と共に王宮を訪れたエレーナは、とある一室に案内された。
そこにはまだ誰もおらず、案内人からミュリエルとリチャードはそれぞれ違う会議が延長していて遅れてくると教えてもらった。
父と一緒に横並びでソファに座り、侍女が淹れてくれた紅茶を飲んでいるとにわかに廊下が騒がしくなる。
「待たせてごめんなさいね。会議が長引いてしまって」
「私のことはお構いなく。執務お疲れ様ですミュリエル様」
「ひゃ~~その笑顔疲れた体に染みるわ!」
ミュリエルは途端表情が破綻する。
「可愛い可愛い私のお嫁さん! 貴女を迎え入れるためなら何だってするわ!」
大袈裟な歓迎にエレーナはちょっと苦笑いした。
「あとはリチャードだけね。あの子はもう少しかかると思うわ。ここに来る途中ちらっと覗いてきたのだけれど大揉めしていたから」
どうやら夏の干ばつ対策の議論らしい。ある一人が頑として譲らず、会議が難航しているんだとか。
こればかりは仕方がなく、婚姻に関する話よりも重要なので、ミュリエルと他愛もない話に花を咲かせ時間を潰すこと十五分ほど。
バンっとドアが外側から開く。そこには息を切らしたリチャードがいた。額にはうっすら汗が浮かび上がっている。
「あら、あんなに揉めていたのに終わったの?」
「終えたというか……終わらせたんですよ。残り五分で議論内容をまとめなければ、夏季休暇申請の許可を誰一人として絶対に出さないと」
そう告げたらあっという間に決着が着いたのだった。
「貴方、それ臣下から嫌われるわよ?」
もう脅しである。ミュリエルはリチャードが心配になった。
「元々無駄な議論が多かったんですよ。ほぼほぼまとまりかけてましたし。最後のひと押しが足りなかっただけです」
なら妥当なのかもしれないと思ったミュリエルは、全員が揃ったので打ち合わせを始めた。
細々とした物を決めていき、最後に日程の話になったところでエレーナは話題を遮った。
「あっあの!」
ずっと不思議に思っていたことが、今渡された紙ではっきりと形になる。
「どうしたの? 何か疑問点があるなら……」
普段のエレーナはこんな途中で遮ったりしないので、リチャードも不思議そうに自分を見つめていた。
(……みんな、この日程に疑問持たないの?)
明らかにおかしいのだが。特に婚姻までの日程ともうひとつの大事なことが。
「ご確認したいことが二つあります」
「何かしら」
ミュリエルも見当がついてないようだ。
「まず一つ目、婚約期間が一年もないのは誤表記でしょうか」
本来、王太子の結婚というか王族の結婚は婚約を二年は継続する。一年でも聞いたことがないのに、ここに書かれているのは夏に挙式を行うということ。
婚約を結んだ秋が終わり、今は冬なので残り約半年で嫁ぐということになる。
「誤表記ではないわ。えっとレーナちゃんは嫌? もっと婚約期間伸ばした方がいい?」
「嫌ではないですが……早すぎませんか」
「そうは思わないけれど」
同意を求めるようにミュリエルが父とリチャードを見遣る。
父は好きなようにしなさいとエレーナに視線を送り、リチャードもリチャードで異論はないようだった。喉が渇いたのかカップに入った珈琲を啜っている。
「ならこのままで大丈夫です」
心配なのは心の準備期間が足りないことだが、何とかなるだろう。
「では、二つ目ですが……私は妃教育を受けなくて大丈夫なのでしょうか。予定表に表記が見受けられなくて」
最大の疑問を告げると空気が一変する。
「あ~それは…………その、ね」
言葉を濁すミュリエルはリチャードと父と目配せをし、リチャードはこれ以上ないほど視線を逸らしている。
エレーナ以外の大人全員の様子がおかしかった。
そこにはまだ誰もおらず、案内人からミュリエルとリチャードはそれぞれ違う会議が延長していて遅れてくると教えてもらった。
父と一緒に横並びでソファに座り、侍女が淹れてくれた紅茶を飲んでいるとにわかに廊下が騒がしくなる。
「待たせてごめんなさいね。会議が長引いてしまって」
「私のことはお構いなく。執務お疲れ様ですミュリエル様」
「ひゃ~~その笑顔疲れた体に染みるわ!」
ミュリエルは途端表情が破綻する。
「可愛い可愛い私のお嫁さん! 貴女を迎え入れるためなら何だってするわ!」
大袈裟な歓迎にエレーナはちょっと苦笑いした。
「あとはリチャードだけね。あの子はもう少しかかると思うわ。ここに来る途中ちらっと覗いてきたのだけれど大揉めしていたから」
どうやら夏の干ばつ対策の議論らしい。ある一人が頑として譲らず、会議が難航しているんだとか。
こればかりは仕方がなく、婚姻に関する話よりも重要なので、ミュリエルと他愛もない話に花を咲かせ時間を潰すこと十五分ほど。
バンっとドアが外側から開く。そこには息を切らしたリチャードがいた。額にはうっすら汗が浮かび上がっている。
「あら、あんなに揉めていたのに終わったの?」
「終えたというか……終わらせたんですよ。残り五分で議論内容をまとめなければ、夏季休暇申請の許可を誰一人として絶対に出さないと」
そう告げたらあっという間に決着が着いたのだった。
「貴方、それ臣下から嫌われるわよ?」
もう脅しである。ミュリエルはリチャードが心配になった。
「元々無駄な議論が多かったんですよ。ほぼほぼまとまりかけてましたし。最後のひと押しが足りなかっただけです」
なら妥当なのかもしれないと思ったミュリエルは、全員が揃ったので打ち合わせを始めた。
細々とした物を決めていき、最後に日程の話になったところでエレーナは話題を遮った。
「あっあの!」
ずっと不思議に思っていたことが、今渡された紙ではっきりと形になる。
「どうしたの? 何か疑問点があるなら……」
普段のエレーナはこんな途中で遮ったりしないので、リチャードも不思議そうに自分を見つめていた。
(……みんな、この日程に疑問持たないの?)
明らかにおかしいのだが。特に婚姻までの日程ともうひとつの大事なことが。
「ご確認したいことが二つあります」
「何かしら」
ミュリエルも見当がついてないようだ。
「まず一つ目、婚約期間が一年もないのは誤表記でしょうか」
本来、王太子の結婚というか王族の結婚は婚約を二年は継続する。一年でも聞いたことがないのに、ここに書かれているのは夏に挙式を行うということ。
婚約を結んだ秋が終わり、今は冬なので残り約半年で嫁ぐということになる。
「誤表記ではないわ。えっとレーナちゃんは嫌? もっと婚約期間伸ばした方がいい?」
「嫌ではないですが……早すぎませんか」
「そうは思わないけれど」
同意を求めるようにミュリエルが父とリチャードを見遣る。
父は好きなようにしなさいとエレーナに視線を送り、リチャードもリチャードで異論はないようだった。喉が渇いたのかカップに入った珈琲を啜っている。
「ならこのままで大丈夫です」
心配なのは心の準備期間が足りないことだが、何とかなるだろう。
「では、二つ目ですが……私は妃教育を受けなくて大丈夫なのでしょうか。予定表に表記が見受けられなくて」
最大の疑問を告げると空気が一変する。
「あ~それは…………その、ね」
言葉を濁すミュリエルはリチャードと父と目配せをし、リチャードはこれ以上ないほど視線を逸らしている。
エレーナ以外の大人全員の様子がおかしかった。
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