王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
126 / 150
番外編

私だけが知っている(5)

しおりを挟む
 一際大きく鳴った鐘の音でふっと夢から覚めたリチャードは瞳を開けた。

(………自室?)

 ぼんやり見えるのはリチャードの部屋の壁である。小窓は開いていて、傾きかけた太陽の光が差し込んでいた。

 寝返りを打とうとして違和感に気がつく。
 右腕に文鎮が乗っているのかと錯覚するほど何か重いものが乗っているのだ。

(何だこの柔らかさ)

 加えて嗅ぎなれたようで慣れていない甘い匂い。
 
「え、なぜ」

 ぎょっとしたリチャードは目を見開いたまま固まってしまう。強く目を擦り、瞬きをしてもう一度目を凝らす。

 だが、見えている物は変わらない。

 そこにはすぅすぅ寝息をたてるエレーナがいたのだ。ぴったりリチャードにくっついて瞳を閉じている。

(……記憶が飛んでるな)

 どうしてもエレーナに会って、体調が悪いと自覚したところまでしかハッキリとは思い出せない。そこから後は、何か苦いものを飲まされた記憶が若干残っている。恐らく薬かそれに連なる物だろう。

 こんな抱き合って寝ていた理由は不明だ。
 
(とりあえず離れたほ────)

 左手で彼女の頭を押え、身体の下敷きになっている右腕を引き抜こうとして────

「エレーナ! 殿下の分も終わらせたすんばらしいほど優秀な私を労うよう、後でさりげなく助言し……」

 バンッと大きな音を立ててドアを開けたギルベルトは、次の瞬間エレーナに覆いかぶさっているリチャードを目に捉えた。

「…………あ、お取り込み中! すみませんまた後できますっ」

 回れ右をして一目散に逃げ出した。

「ギルベルト、あいつ勘違い……後で潰す」

 条件反射的に寝台の下に隠してある剣を手探りで探す。けれども体のだるさは変わっていないので、まとも動くことが出来ない。おまけに頭が割れるように痛く、追いかけることを諦めた。

 このまま何も見なかったことにしてエレーナの隣で横になろうかとも思ったが、また他の者に誤解されるのも嫌である。
 リチャードは起きた時にズレたシーツを元通りにし、寝台の端に腰掛ける。

(どうしたものかな)

 気持ちよさそうに眠っているエレーナを起こすのは忍びない。

「廊下ですれ違った涙目のギルベルトに押し付けられて参上しました~! あ、エレーナ様まだ寝てます?」

 にこにこ笑みを携えて現れたのはメイリーンである。侍女に扮していたのかお仕着せ姿だ。るんるんと軽い足取りでリチャードの居る寝台に近づき、横から覗き込んだ。

「あらら、ぐっすりですね」

 感想を述べるのみで何も突っ込んでこないだけギルベルトよりはマシだった。

「殿下の寝台なのでエレーナ様を起こしますか?」
「…………いい、自分が場所を変える。隣、使えるよな?」
「はい。ギルベルトに伝えておきますね」

 隣の部屋は客室という名の無人の部屋だ。調度品は整えられ、定期的に掃除されているので綺麗な状態であるが、使われてない。静かに眠るにはもってこいの場所だろう。

 リチャードは少しよろめきながらも立ち上がった。

 そしてちらりと振り返る。

 さらさらとした天鵞絨の髪が、こぼれるようにシーツの上に流れている。その愛らしい寝顔は彼女が成人しても天使のようで、リチャードからしたらずっと眺めていられる絵画のような光景だった。

 自分が抱きしめて離さなかったと推測は出来るが、それにしてもそのまま一緒に寝てしまうなんて無防備すぎではないだろうか。

(私だから大丈夫だと思ってるのかな)

 自分に対して警戒心がないのはありがたいが、リチャードだって所詮は男だ。
 この場合、無理やりにでもリチャードを引き剥がしにかかるのが正解である。大声を出して人を呼ぶのでも。

(世間体や説教を受ける可能性を考え…………レーナに至っては大丈夫か)

 ミュリエルのところに報告が上がっても、にやにやしながら笑っている想像が容易にでき、逆にリチャードをからかって来るはずだ。

 リドガルドはリドガルドで的外れな発言をするだけで、怒ることなどほんの少しもありえない。ああ見えてリドガルドもまた本当の娘のように、エレーナを可愛がっているのだ。

 この国で一番の権力を保持し、義父母となる王と王妃がそのような感じなのだから、小言を言ってくる者もいない。
 
「殿下、悪戯はお止めになられては? 疲労と診断が下されましたが、もし風邪だった場合移りますよ」

 彼女の寝顔に口づけしようとしてメイリーンから横槍が入る。

「今更じゃないか? さっきまで一緒に寝てたんだぞ。誰も止めさせなかったのか?」
「それは様子を見に来た王妃殿下がそのままにしておいてと命令を下されましたので」

 どうやらこの状況は公認だったらしい。来たのなら起こしてくれればいいものの、起こさないのがミュリエルらしかった。

 ふふっとメイリーンは笑って、隣の部屋に移動しようとするリチャードに手を貸した。

「私もおふたりの様子を見に来ましたが、結構ぎゅうっと殿下が抱きついてましたよ。仲がよろしいようで臣下としては大変喜ばしい限りですね」

 軽くにやついているメイリーンに対し、リチャードは一言だけ返す。

「…………記憶から消してくれ」

 その後、リチャードはエレーナに対して何かしてしまったか尋ねたが、彼女は微笑みながら首を横に振るばかり。

 それでもどうにかして聞き出せたのは「これからもずっとお傍に居させて下さいね」それだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...