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番外編
私だけが知っている(2)
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(…………体調悪いな)
リチャードはすんなり認めた。そして限界だった。
一度認めてしまうとそれまでの分も倍になって降り掛かってきたのだ。
「ごめん。レーナの言う通りみたいだ。──……ど……わか」
「自覚しました? なら早く寝台に──り、リー様? 今なんて仰っ……まって、それはダメですよ!?」
あろうことかリチャードの体がこちらに傾いてくるではないか。
「寝るなら、きちんと寝台で……ってんん動かないし! きゃっ!」
懸命に支えようとしたが重さに耐えきれず、エレーナもリチャードの背中に手を回した状態でソファに沈む。彼の頭がエレーナの肩の辺りにあり、髪が耳や首筋で擦れてくすぐったかった。
(これはまずい。非常にまずいわ)
エレーナの視界は真っ白な天井と端にちらちら映るさらさらな金髪で占められていた。ぴくりとも彼は動かない。
「……限界だったのですね。私の声聞こえてます?」
返答はない。
(どうしよう)
二人っきりの室内に、婚約者とはいえ、男性が覆い被さっているこの状態を他人に見られたら極めてまずいのではないだろうか。
それに騎士ではないはずなのに体を鍛えているのか、はたまた男性は全員こうなのか、リチャードの体が結構重い。華奢なエレーナは息もしずらく、押し潰されてしまいそうだった。
「ギルベルト!!! 居るわよね?」
現状を打開するために、取り敢えず部屋の外に控えているだろう幼馴染兼リチャードの側近の名前を呼ぶ。
先程廊下で他部署から戻ってくるギルベルトに遭遇し、そのまま着いてくるようエレーナがお願いしたので、控えているはずなのである。
「はいはいってエレーナ、何処に居るんだ?」
ドアの外から顔を出したギルベルトはきょろきょろ室内を見渡す。
「ここ! ソファ! 早く来て!」
声を大きく上げてかろうじて動く左手を上にあげる。
「何でソファで横に────っ!?」
ギルベルトはエレーナに覆い被さるように突っ伏しているリチャードを見て、仰天した。
「エレーナ、殿下に何したのさ」
「何もしてない! それよりもリー様の体調が悪いみたいなの。寝台に移してあげて欲しいのと早くしてくれないと私が潰されちゃう」
「それは大変だ」
ギルベルトは手加減なしにベリっとエレーナからリチャードを引き剥がす。呼吸が楽になったエレーナは、酸欠やら何やらで頬を紅潮させたままため息をついた。
そうしてそっとリチャードの額に触れれば、温石のように熱を持っていて眉をひそめる。
慌ててソファから立ち上がり、リチャードを横に寝かせる。
「熱があるみたい。先日、体調を崩すからきちんとお休みをとってくださいねって言ったばかりなのに」
再三お願いしたところでリチャードは王族且つ王太子なのだ。常に多忙を極め、エレーナと約束しても破るに決まっていたのだが。
仕方の無いことだと分かっていても、婚約者としては体調を崩す前に休んで欲しいと考えてしまう。
(これは無茶をしてしまう殿下も悪いけれど……)
もうひとつの根源がこの部屋にはあった。
「……どうして私を睨むんだ。殿下の自己責任じゃないか」
「だって、こんなわかりやすいくらい体調を崩しているのにギルベルトが休ませなかったから」
「…………わかりやすい?」
ギルベルトは首を傾げた。彼が疑問を持っていることに気がつかないエレーナは、ぷんぷん怒りながら話を続ける。
「ええそうよ。一目見たときに体調が悪いんだなって分かったもの! 主君の体調管理は臣下の役目でしょうに」
いつもよりちょっと反応が鈍く、頬が火照っていることにエレーナは気が付いていたのだった。
加えて自分との約束に、急に入った会議などとかではなく遅れてくることは、ありえないと確信していた。
だからお茶をするのではなく、自室に連れて行ってとねだったのだ。執務室にも簡易ベッドは置かれているが、やはり慣れた寝具の方が体にいいはずである。
それに、リチャードは執務室だと人の目があるので寝てくれないと考えた上での行動だった。
「いや、どう考えても気が付かないよ。エレーナがリチャード殿下のことを熟知しすぎなんだよ」
そうして、ギルベルトは怒るエレーナに対して突っ込みたくなる。どうしてあんなに分かりやすかった主の慕う人が己だと気が付かず、全く顔に出ていない体調不良を見分けるのかと。普通逆だろうと。
長年リチャードのそばで働いていて、他の同僚達よりは考えている事や感情を察せると自負している。しかし今回の件は本当に分からなかった。
それほどリチャードが普通に執務をこなしていたし、捌く速さも落ちていなかったのだった。
なのに目の前の彼女は一瞬で見抜き、寝かせたらしい。ギルベルトからしたら魔法を使ったようにしか見えなかった。
(主に関してはエレーナに敵うものはいないようだ)
反対に、エレーナに関してはリチャードに敵うものはいないのだろう。主の愛は執着を帯びるくらいに強い。
そう感心している中、エレーナがグイッとギルベルトの裾を引っ張った。
リチャードはすんなり認めた。そして限界だった。
一度認めてしまうとそれまでの分も倍になって降り掛かってきたのだ。
「ごめん。レーナの言う通りみたいだ。──……ど……わか」
「自覚しました? なら早く寝台に──り、リー様? 今なんて仰っ……まって、それはダメですよ!?」
あろうことかリチャードの体がこちらに傾いてくるではないか。
「寝るなら、きちんと寝台で……ってんん動かないし! きゃっ!」
懸命に支えようとしたが重さに耐えきれず、エレーナもリチャードの背中に手を回した状態でソファに沈む。彼の頭がエレーナの肩の辺りにあり、髪が耳や首筋で擦れてくすぐったかった。
(これはまずい。非常にまずいわ)
エレーナの視界は真っ白な天井と端にちらちら映るさらさらな金髪で占められていた。ぴくりとも彼は動かない。
「……限界だったのですね。私の声聞こえてます?」
返答はない。
(どうしよう)
二人っきりの室内に、婚約者とはいえ、男性が覆い被さっているこの状態を他人に見られたら極めてまずいのではないだろうか。
それに騎士ではないはずなのに体を鍛えているのか、はたまた男性は全員こうなのか、リチャードの体が結構重い。華奢なエレーナは息もしずらく、押し潰されてしまいそうだった。
「ギルベルト!!! 居るわよね?」
現状を打開するために、取り敢えず部屋の外に控えているだろう幼馴染兼リチャードの側近の名前を呼ぶ。
先程廊下で他部署から戻ってくるギルベルトに遭遇し、そのまま着いてくるようエレーナがお願いしたので、控えているはずなのである。
「はいはいってエレーナ、何処に居るんだ?」
ドアの外から顔を出したギルベルトはきょろきょろ室内を見渡す。
「ここ! ソファ! 早く来て!」
声を大きく上げてかろうじて動く左手を上にあげる。
「何でソファで横に────っ!?」
ギルベルトはエレーナに覆い被さるように突っ伏しているリチャードを見て、仰天した。
「エレーナ、殿下に何したのさ」
「何もしてない! それよりもリー様の体調が悪いみたいなの。寝台に移してあげて欲しいのと早くしてくれないと私が潰されちゃう」
「それは大変だ」
ギルベルトは手加減なしにベリっとエレーナからリチャードを引き剥がす。呼吸が楽になったエレーナは、酸欠やら何やらで頬を紅潮させたままため息をついた。
そうしてそっとリチャードの額に触れれば、温石のように熱を持っていて眉をひそめる。
慌ててソファから立ち上がり、リチャードを横に寝かせる。
「熱があるみたい。先日、体調を崩すからきちんとお休みをとってくださいねって言ったばかりなのに」
再三お願いしたところでリチャードは王族且つ王太子なのだ。常に多忙を極め、エレーナと約束しても破るに決まっていたのだが。
仕方の無いことだと分かっていても、婚約者としては体調を崩す前に休んで欲しいと考えてしまう。
(これは無茶をしてしまう殿下も悪いけれど……)
もうひとつの根源がこの部屋にはあった。
「……どうして私を睨むんだ。殿下の自己責任じゃないか」
「だって、こんなわかりやすいくらい体調を崩しているのにギルベルトが休ませなかったから」
「…………わかりやすい?」
ギルベルトは首を傾げた。彼が疑問を持っていることに気がつかないエレーナは、ぷんぷん怒りながら話を続ける。
「ええそうよ。一目見たときに体調が悪いんだなって分かったもの! 主君の体調管理は臣下の役目でしょうに」
いつもよりちょっと反応が鈍く、頬が火照っていることにエレーナは気が付いていたのだった。
加えて自分との約束に、急に入った会議などとかではなく遅れてくることは、ありえないと確信していた。
だからお茶をするのではなく、自室に連れて行ってとねだったのだ。執務室にも簡易ベッドは置かれているが、やはり慣れた寝具の方が体にいいはずである。
それに、リチャードは執務室だと人の目があるので寝てくれないと考えた上での行動だった。
「いや、どう考えても気が付かないよ。エレーナがリチャード殿下のことを熟知しすぎなんだよ」
そうして、ギルベルトは怒るエレーナに対して突っ込みたくなる。どうしてあんなに分かりやすかった主の慕う人が己だと気が付かず、全く顔に出ていない体調不良を見分けるのかと。普通逆だろうと。
長年リチャードのそばで働いていて、他の同僚達よりは考えている事や感情を察せると自負している。しかし今回の件は本当に分からなかった。
それほどリチャードが普通に執務をこなしていたし、捌く速さも落ちていなかったのだった。
なのに目の前の彼女は一瞬で見抜き、寝かせたらしい。ギルベルトからしたら魔法を使ったようにしか見えなかった。
(主に関してはエレーナに敵うものはいないようだ)
反対に、エレーナに関してはリチャードに敵うものはいないのだろう。主の愛は執着を帯びるくらいに強い。
そう感心している中、エレーナがグイッとギルベルトの裾を引っ張った。
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