王子殿下の慕う人

夕香里

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番外編

厄介な客人(3)

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「着いたよ。おいで」
「んー」

 まぶたを擦りながらエレーナはリチャードの手を借りて馬車から降りた。するとエントランスで待っていたのか、エレーナ付きの侍女が駆け寄ってくる。

「──リリアン、後は頼むよ」
「承りました。まあ、お嬢様酔ってますね」
「ちょっとね、こちら側の不手際で酒入りのチョコレートを食べてしまったんだ」

 繋いだ手をリリアンに渡す。

「お嬢様、私が分かりますか?」
「りりあん~」

 赤ん坊が母親に縋り付くようにぎゅっと抱きつく。

「りりあんも大好き!」
「それはとても嬉しいですが、酔いすぎでは……?」
「わたしは酔ってないわ~~」

 くるんくるん楽しそうにその場で回る。ふわっと風にのったスカートが柔らかくはためく。

「はいはい、聞くだけ無駄でした。酔い醒ましの薬をご用意しますから、お部屋に戻りましょうね」
「──まって」

 エレーナの足が止まる。

「リーさま、今日も約束破りましたねっ」

 ビシッとリチャードを指差す。

「…………今言うの?」

(追及を逃れられると思ったんだけど)

 使節団の対応に少々手こずり、本当ならティータイムを一緒に過ごす約束を破ってしまったのだ。ただ、エレーナは酔っているので何も言われないだろうと高を括っていた。

「ジェニファー王女とお話するのも楽しいですが」

 頬をふくらませる。

「わたしはリーさまに会いに行ったのです! 約束破りは二回連続ですよ! それに久しぶりにお会いできるから粧し込んだのに、なーにも反応ありませんし」

 ぷいっとそっぽを向いてエレーナは腕を組んだ。近づけばリリアンの背に隠れてしまう。

「…………どうしたら機嫌を治してくれるかな」

(というか、拗ねるほどのことだったんだ)

 酔っているとはいえ、普段なら言わない些細なこともエレーナはリチャードにぶつけていた。
 
 申し訳なさよりも、珍しくて愛おしさを覚える。

「じゃあ、明日会いに来てください。それで許します」
「お、お嬢様!? リチャード殿下はお忙しいのですよ。そんな急には」

 リリアンが慌てて止めに入る。

「え、だめ?」
「ダメに決まってます! すみませんリチャード殿下、真に受けなくて大丈夫です」
「いや、別に……」

(こじ開けようと思ったんだが)

 リチャードの中でエレーナのお願い事は優先度が高い。今も普通に叶えるつもりだった。

「──わかった。明日の朝、会議の前に会いに来るよ」
「わっ! 約束破らないでくださいね」
「レーナこそ前言撤回しないでね」
「しません~~ふふっ」

 浮かれているエレーナの隣でリリアンが心配そうにしている。

(さて、どうなるかな)

 王宮に戻ったリチャードは、花が好きなエレーナに折角だから花束をあげようと、今日一日の罰としてギルベルトに用意させたのだった。



◇◇◇



 翌朝、ルイス邸に横付けた馬車から約束通りリチャードが降りてきた。

 目の前には真っ青になっているエレーナが居た。

「リー様すみませんすみませんすみませんっ! ああ、お忙しいのに昨日の私の妄言……ぜんっぜん無視してもらって構いませんでした、というか無視して欲しかっ────んん」

 平身低頭のエレーナの謝罪は途中で途切れる。なぜなら花束で一部の使用人達の視界を遮ったリチャードが、エレーナに口づけしたからだ。

「──ご要望にお答えしたよ。婚約者殿」
「っ!」

 薔薇の匂いが鼻腔をくすぐり、耳元に囁かれたエレーナは熟れた林檎のように頬を赤く染めた。

 彼女は使用人達が見ている前で行われたことを恥じているらしい。

 わなわな震えて彼らにこう尋ねる。

「見たっ?!」
「──見てません」

 花束で遮られた方と反対側。バッチリ目撃していたが、訓練された使用人達は見なかったことにした。

「リリアンから朝、聞かされましたが……わたし、ここまで願いました?」

 花束に顔を埋めながらエレーナは問う。

(そうだとしたら何て破廉恥な!!!)

 幻滅しただろうかとエレーナはちらちらリチャードの様子を窺う。

「うん」

 サラリと嘘をつく。彼女が昨日、リチャードにお願いしたのは会いに行くことだけだ。口づけは入ってない。

 リリアンも聞いてないので知らない。そして彼女から教えてもらっているはずのないエレーナは、まんまと騙されてしまう。

「…………そんな、私……」

 恥ずかしすぎて気絶してしまいそうだった。婚約を結んでから何度かそういうことはあったが、自分から望んだことなど無かったのに。

「というのは嘘だよ。私がレーナにしたかったからした」

 エレーナの精神が持たなさそうなのを察し、事実を明かした。

 すると彼女は少しの間固まってしまって。硬直から抜け出すと、涙目になりながらリチャードを全く力の入ってない拳でポカポカ叩く。

「騙したのですかっ」
「騙したね。おかげでいい顔を見れたし、ちょっと時間が迫っているから帰るよ」

 声を上げて笑いながら、リチャードは逃げるように馬車の方に向かう。花束をリリアンに渡したエレーナはそんなリチャードに言う。

「…………あの、酔った挙句に迷惑をおかけしまして申し訳なかったのですが、それと同じくらい朝から会えてうれしい……です。たとえ騙されても」

 その言葉にリチャードもふっと表情を崩した。

「私も会議前に会えて嬉しかった。これで頑張れそうだ」

 エレーナの横髪をとって耳にかける。彼女はくすぐったそうに肩をすくませた。

「……会議があるので?」
「ああ、ルルクレッツェからの使節団と合同の」

 端的に言えばあの事件の後処理である。国王である父がリチャードに押し付け、代わりに出ることになったのだった。

(それは大変だわ……あ!)

 エレーナはいそいそとポケットを探り、リチャードの掌に数個の飴玉を落とす。

「これは?」
「昨日、差し入れに持っていったのですが渡しそびれてしまった物です」

 そう言って、侍女から受け取った色とりどりの飴玉が詰まった瓶も渡す。

「いつも休憩無しで執務を行っているとギルベルトから聞きました」

 心做しか怒っているように見える。

「お茶を淹れてお菓子を食す時間が取れなくても、飴玉を舐めるくらいの間は休んでください。無理をすれば倒れてしまいます」

(全然倒れるつもりないけど)

 こんなことで体調を崩していたら執務が滞ってしまうし、休みを入れるのもしかりだ。
 だが、エレーナが心配するようなら大人しく従った方がいいだろう。

「分かったよ。きちんと休憩はとるようにする」

 頷けばエレーナは満足気ににっこり笑い、リチャードを見送ってくれたのだった。
 
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