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番外編
厄介な客人(2)
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◇◇◇
「──説明してくれるな」
ジェニファーを睨めつけるリチャードの腰には、エレーナがぎゅうっと抱きついていた。瞳は蕩け、頬は紅薔薇色に染め上がり、焦点はあまり定まっていない。
「リーさま? わたしを見てください」
むうっとした婚約者は不満そうにリチャードを見上げる。
「レーナのことだけを眺めていたいのは山々なのだけどね。私はちょっとジェニファー王女と話をつけなければいけないんだ」
即座に声色を切り替えて、婚約者の頭を撫でればえへへと笑った後に大人しくなった。どうやら眠ってしまったらしく、今度はリチャードにしがみついたまますぅすぅ寝息を立てている。
「もう一度聞こう、説明してくれるな」
リチャードはジェニファーに問う。
先程迎えに戻った時、扉を開けると一目散に駆け寄ってきたエレーナ。彼女はふにゃりと笑いかけながら頬を擦り寄せて来たのだ。
呆気に取られたリチャードは柄にもなくエレーナに抱きしめられたままになってしまった。
『リーさま~! だーいすきっ! ですっ!』
恥じらいもなくまるで朝の挨拶をするように。状況が理解できないリチャードは問い返してしまう。
『──何だって?』
『だから~~すきですよ。とっても!』
高鳴る鼓動と裏腹にため息をついた。
(また酒か)
こんなストレートにリチャードに抱きついたり甘えたりするのは、彼女が十歳に満たない年齢の頃が大半で。この年になってこうしてくるのは、酒を摂取した場合だけなのだ。
『レーナ、ジェニファー王女に何をされたのかな』
『何もされてません~~お話していただけです』
(…………ダメか)
本人から直接、事の仔細を聞くのは諦め、少しふらついているエレーナを支えながらソファに腰を下ろす。
それからリチャードはジェニファーを睨めつけたのだった。
「──酒を飲ませたのか」
「いいえ」
「では酒入り菓子を勧めたのか」
「…………いいえ」
「その間は何だ。本当のことを言え」
「そんな強いお酒が入った物じゃないわ。毒入りでは無いし、エレーナ様に食べさせてはいけないなんて言われてない」
ジェニファーがリチャードの前に置いたのはチョコレートだった。一粒つまんで口の中に放り込んだ。
(どこが強くないだって?)
含んだ途端芳醇な香りに包まれる。
濃厚で甘ったるい。爽やかなハーブティーを飲みたくなるような味だった。
元々そこまで甘党ではないリチャードには甘すぎる。舌が溶けてしまいそうで、苦味を求めてテーブルに置かれていた珈琲を飲み干した。
(これは酒に弱い者が食べたら一発で酔う。レーナだったら尚更)
そもそもギルベルトが付いているはずだった。彼は何故止めなかったのだろうか。
「ギルベルト」
怒りの矛先が自分に向いたことに気がついたギルベルトは、一瞬その場で跳ねた。
「す、すみません! 他の者に呼ばれまして……ちょっと目を離し……あの、えっと」
目を逸らしながらしどろもどろになる。
「…………弁明のしようがありません」
項垂れる。
「まあいい、口を開けろ」
「はっはい」
リチャードは開いた口にチョコレートを突っ込んだ。
「うわ、これ強い。エレーナには無理ですね。エリナも……多分ダメです」
食べ終わったギルベルトは眉をひそめる。どうやらリチャードの舌の感覚は合っていたようだ。
「いきなりこんな強い酒入りチョコレートを食べさせるのがルルクレッツェの礼儀なのか?」
普通に考えてもおかしい。
「強い……かしら? 私達の国ではお酒に弱い者も食べるわ」
「そうよねルヴァ」とジェニファーは尋ね、ルヴァは頷いた。
「ルルクレッツェは造酒が盛んですから。成人した皆様は飲み慣れていて、スタンレーの方とはお酒の耐性度が違うからかと」
説明する間にジェニファーはふたつみっつ手に取って口に運ぶ。
「あまりお酒の味はしないけれど……エレーナ様の身体には毒みたいなものなのね」
しょんぼりと気落ちしているジェニファーは物珍しい。
「できればジェニファー王女を強く責めないでください。主は本当にエレーナ様と親しくなりたくて、害するつもりは全くなかったのです」
無言になってしまったジェニファーの代わりにルヴァが弁明する。
「…………レーナの体質を知らないジェニファー王女が先に察知できるはずもないか」
それにしても度数が高いとは思うが。反省しているのに加えて仮にもルルクレッツェの次期女王。強く咎めることは出来ない。
リチャードはそれ以上何も言えなかったので、急遽用意した賓客用の客室にジェニファーを案内する。そしてソファで眠っているエレーナの名を呼んだ。
「レーナ」
「んっリーさま……?」
濡れた金の瞳がゆるりと開く。
「外に迎えの馬車を待たせている。私が馬車まで送るから公爵邸に帰ろうか」
「…………はい」
エレーナの身体を支えながらリチャードは馬車まで彼女を送る。
「またね。おやすみ」
扉を閉めようとした次の瞬間グイッと裾を引っ張られる。
「行っちゃヤです。ルイス邸までおくってください」
ぽんぽん座面を叩き、何を思ったのか一生懸命リチャードを乗せようと頑張っている。
しばしの間逡巡して、馬車に乗ればぱっとエレーナの顔が明るくなった。
「──説明してくれるな」
ジェニファーを睨めつけるリチャードの腰には、エレーナがぎゅうっと抱きついていた。瞳は蕩け、頬は紅薔薇色に染め上がり、焦点はあまり定まっていない。
「リーさま? わたしを見てください」
むうっとした婚約者は不満そうにリチャードを見上げる。
「レーナのことだけを眺めていたいのは山々なのだけどね。私はちょっとジェニファー王女と話をつけなければいけないんだ」
即座に声色を切り替えて、婚約者の頭を撫でればえへへと笑った後に大人しくなった。どうやら眠ってしまったらしく、今度はリチャードにしがみついたまますぅすぅ寝息を立てている。
「もう一度聞こう、説明してくれるな」
リチャードはジェニファーに問う。
先程迎えに戻った時、扉を開けると一目散に駆け寄ってきたエレーナ。彼女はふにゃりと笑いかけながら頬を擦り寄せて来たのだ。
呆気に取られたリチャードは柄にもなくエレーナに抱きしめられたままになってしまった。
『リーさま~! だーいすきっ! ですっ!』
恥じらいもなくまるで朝の挨拶をするように。状況が理解できないリチャードは問い返してしまう。
『──何だって?』
『だから~~すきですよ。とっても!』
高鳴る鼓動と裏腹にため息をついた。
(また酒か)
こんなストレートにリチャードに抱きついたり甘えたりするのは、彼女が十歳に満たない年齢の頃が大半で。この年になってこうしてくるのは、酒を摂取した場合だけなのだ。
『レーナ、ジェニファー王女に何をされたのかな』
『何もされてません~~お話していただけです』
(…………ダメか)
本人から直接、事の仔細を聞くのは諦め、少しふらついているエレーナを支えながらソファに腰を下ろす。
それからリチャードはジェニファーを睨めつけたのだった。
「──酒を飲ませたのか」
「いいえ」
「では酒入り菓子を勧めたのか」
「…………いいえ」
「その間は何だ。本当のことを言え」
「そんな強いお酒が入った物じゃないわ。毒入りでは無いし、エレーナ様に食べさせてはいけないなんて言われてない」
ジェニファーがリチャードの前に置いたのはチョコレートだった。一粒つまんで口の中に放り込んだ。
(どこが強くないだって?)
含んだ途端芳醇な香りに包まれる。
濃厚で甘ったるい。爽やかなハーブティーを飲みたくなるような味だった。
元々そこまで甘党ではないリチャードには甘すぎる。舌が溶けてしまいそうで、苦味を求めてテーブルに置かれていた珈琲を飲み干した。
(これは酒に弱い者が食べたら一発で酔う。レーナだったら尚更)
そもそもギルベルトが付いているはずだった。彼は何故止めなかったのだろうか。
「ギルベルト」
怒りの矛先が自分に向いたことに気がついたギルベルトは、一瞬その場で跳ねた。
「す、すみません! 他の者に呼ばれまして……ちょっと目を離し……あの、えっと」
目を逸らしながらしどろもどろになる。
「…………弁明のしようがありません」
項垂れる。
「まあいい、口を開けろ」
「はっはい」
リチャードは開いた口にチョコレートを突っ込んだ。
「うわ、これ強い。エレーナには無理ですね。エリナも……多分ダメです」
食べ終わったギルベルトは眉をひそめる。どうやらリチャードの舌の感覚は合っていたようだ。
「いきなりこんな強い酒入りチョコレートを食べさせるのがルルクレッツェの礼儀なのか?」
普通に考えてもおかしい。
「強い……かしら? 私達の国ではお酒に弱い者も食べるわ」
「そうよねルヴァ」とジェニファーは尋ね、ルヴァは頷いた。
「ルルクレッツェは造酒が盛んですから。成人した皆様は飲み慣れていて、スタンレーの方とはお酒の耐性度が違うからかと」
説明する間にジェニファーはふたつみっつ手に取って口に運ぶ。
「あまりお酒の味はしないけれど……エレーナ様の身体には毒みたいなものなのね」
しょんぼりと気落ちしているジェニファーは物珍しい。
「できればジェニファー王女を強く責めないでください。主は本当にエレーナ様と親しくなりたくて、害するつもりは全くなかったのです」
無言になってしまったジェニファーの代わりにルヴァが弁明する。
「…………レーナの体質を知らないジェニファー王女が先に察知できるはずもないか」
それにしても度数が高いとは思うが。反省しているのに加えて仮にもルルクレッツェの次期女王。強く咎めることは出来ない。
リチャードはそれ以上何も言えなかったので、急遽用意した賓客用の客室にジェニファーを案内する。そしてソファで眠っているエレーナの名を呼んだ。
「レーナ」
「んっリーさま……?」
濡れた金の瞳がゆるりと開く。
「外に迎えの馬車を待たせている。私が馬車まで送るから公爵邸に帰ろうか」
「…………はい」
エレーナの身体を支えながらリチャードは馬車まで彼女を送る。
「またね。おやすみ」
扉を閉めようとした次の瞬間グイッと裾を引っ張られる。
「行っちゃヤです。ルイス邸までおくってください」
ぽんぽん座面を叩き、何を思ったのか一生懸命リチャードを乗せようと頑張っている。
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