王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
119 / 150
番外編

厄介な客人(1)

しおりを挟む
 リチャードは目の前の扉を開いてすぐ閉めた。

「──なんで居るんだ」

 ギルベルトに泣き付かれ、最初から険しい顔つきだったリチャードは、ますます眉間に皺を寄せた。

 不愉快さを隠そうともせず、呼び出したギルベルトを八つ当たりのように睨んでいる。

「気が付いたら居たのです。他の貴族にバレるのを避けるためにとりあえずここに案内しましたが、書簡を届けに来たと仰いました。早く中に入って下さい」
「嫌だ。お前が行け」

 リチャードはギルベルトの背中に手を回し、前に押し出す。
 入れさせたい者と入りたくない者の攻防戦が続く中、ギルベルトは小声で訴えた。

「そんなこと言わずにお願いします。陛下は会議中ですし、この案件はリチャード殿下、元々は貴方が責任者でしょう?!」

 ギルベルトは身をねじって逃げようとする。

「知らない。もう終わった。私の出る幕はないからと父上に押し付けたのを忘れたのか?」

 負けじとリチャードは右手でドアノブを取り、左手でギルベルトの体を扉に近づける。

「嫌です。私だってあの方嫌なんです。何考えてるか分からないし、人を殺しながら笑ってるのを見ると自分まで殺されそうで…………へぶっ」

 急にあちらから開け放たれた扉。躱せなかったギルベルトは強かに顔面を強打した。

「申し訳ございませんギルベルト様。まさかこんなに近くにいるとは思いもよりませんでした」

 涼やかな声とともにぺこりと頭を下げた女──ルヴァは無表情のまま扉を開けて固定する。

「──あら、入ってこないから何かあったのかと思ったのだけど。ぶつけたの? 大丈夫?」

 すっとハンカチを差し出したのはジェニファー王女本人で。今の話を聞かれていたのかとギルベルトは表情を取り繕うことも忘れ、口をはくはくと動かす。

「こんにちはジェニファー王女、単刀直入に言わせていただきます」

 リチャードは外面向きの笑みを顔にのせ、次の瞬間には眉を寄せながら廊下を指さした。

「──ルルクレッツェに帰れ、今すぐ」
「え、嫌だわ」

 即答だった。

「ほら、書簡を持ってきたの。欲しくないの?」
「書簡を人質にとるな」

 ピラピラと揺らすのを奪えば、ジェニファーは不服そうに唇を尖らす。

「何よ。この私が直々に届けに来たというのにその態度は……毒を盛られたいの?」

 ジェニファーの細い手がリチャードの顎をなぞる。

「ひえっ! どうかそれだけはご勘弁を。仮にも我が主は王太子なのです。殺さないでください!」

 そう言って無理やり二人の間にギルベルトは身をねじ込んだ。

 ジェニファーだったら本気で毒を盛りかねないと思ったのだろう。小刻みに震えている。
 リチャードは珍しく自分を守ろうとするギルベルトをしげしげと眺め、漠然と子鹿のようだなと感想を抱いた。

「じゃあ、貴方が主の代わりに盛られる? 死にはしないわ」
「…………死なないなら殿下にどうぞ」
「おい」

 リチャードを守ろうとしているのは評価対象だったのに、手のひらを返すのが早すぎる。軽く頭を叩けば涙目にながら後ろの方に退いていった。

「まあ、おふざけはこれくらいにして。ルルクレッツェの使節団が来た表向きの理由は、貴方の婚約の祝福なのは知っているでしょう?」

 まるで自室であるかのようにソファに座り直したジェニファーは、リチャードに対して正面に腰を下ろすよう促す。

「だからって何で王女が使節団にいる。祝言は書面上でいい」

 予定ではルルクレッツェ側の要人──外交官がスタンレーを訪れる予定であった。彼女も要人と言えば要人だが、地位が違う。本来ならば来ないはずなのだ。

「そりゃあ楽しそ────」
「ジェニファー王女はこういうお方です。王太子殿下、どうかご容赦くださいませ」

 被せるようにルヴァがジェニファーの代わりに頭を下げる。

「仕方ない。とりあえず王女はここから出ないで」

 使節団の中に王女がいると他の貴族に知られたら、色々めんどくさくなる。彼女が大人しくしてくれているとは思えないが、一応釘を刺す。

「いいわ」

(嫌な予感がする)

 こうすんなり承諾するような性格では無いはずだ。裏がある気がしてリチャードは警戒を強めた。

「ふふ、私、ここに案内される途中で聞いたの」

 面白可笑しそうに、爛々と瞳を輝かせながら、ジェニファーは続ける。

「エレーナ様、来るのでしょう? 彼女にお会いしたいわ」

(よりにもよってそこか)

 彼女が言った通り、今日はエレーナが王宮に来る予定であった。だからリチャードもここに来るまでは機嫌が良かった。

 今すぐ廊下で婚約者の話をしていた人物を理不尽だが懲らしめたい。

「貴女のような危険人物に会わせたくないと言ったら?」

 他国の王族を貶すのもどうかと思うが、こんな予測不能で危険な王女に自分の大切な婚約者を会わせたいと思うだろうか? 

 考える間もなく、答えは否だ。

「変なことはしないわよ。嫌われるのは嫌だし」
「信用ならない」
「……流石に外交問題は起こさないわ」

 どの口が言うのだろう。ルルクレッツェでは自由に動けないからと、くだんの件でスタンレーを巻き込んだくせに。

(だが、レーナもジェニファー王女に会いたがっていたな)

 そうは言ってもエレーナだけでジェニファーに会って欲しくない。しかし、今日はリチャードが付いていられない。

(使節団が来たとなるとそちらの対応をしなければ)

 婚約をしたのはリチャードであって父である国王ではない。他国からの祝福に対して自分がきちんと対応しなければ周りから小言を言われてしまう。

 別に自分に向けられるだけなら無視すればいいのだけれど、そういうものは婚約者であるエレーナに向くのが貴族達のやり方。

 だからリチャードは使節団を優先しなければならなかった。

「くれぐれも変な真似はするなよ」
「はいはい」

 生返事だが大丈夫だろうか。いささか不安が残りつつもリチャードは席を立つ。

「ギルベルト、レーナが来たらここに案内して傍に付いていて」
「わかりました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています

氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。 それは、絵に描いたような契約結婚だった。 しかし、契約書に記された内容は……。 ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。 小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。 短編読了済みの方もぜひお楽しみください! もちろんハッピーエンドはお約束です♪ 小説家になろうでも投稿中です。 完結しました!! 応援ありがとうございます✨️

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。

たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。 だけど今回は無理だった。 突然の婚約。 え?なんで?嫌だよ。 幼馴染のリヴィ・アルゼン。 ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの? 好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。 なのに気がつけば結婚させられて…… 意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。 戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。 なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて…… 「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。 リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど…… ◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。 申し訳ありません。

処理中です...