王子殿下の慕う人

夕香里

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番外編

初恋の相手(4)

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「いっちょ上がり。さぁて、どこに引き渡そうかなコイツ」

 自分の騎士団でもいいし、街の自衛団でもいいだろう。それにもう一個の団もここには来ている。

「お疲れさま。あの子は親御さんのところに連れていきました」
「それは良かった。で、手に持っているのは?」

 アーネストが縛り上げている間に、子供を親の元に戻したメイリーンは、串刺しのお肉を十数本握っていた。

「精肉店だったらしく、お礼にって。はい」

 右手に握っていた物を全部渡す。

 一本頬張って、アーネストは唐突にポンっと手を叩いた。

「そういえば小さい頃に祭りで人を助けたことがあるんだ」
「……ふーん」
「地面は人が多すぎるから屋根の上移動していたら囲まれてる人がいて」
「…………」

 メイリーンの手が止まる。何か聞き覚えのある内容だ。

「口だけ達者で面白いから観察していたんだが…………大人が襲いかかろうとして、さすがに危ないと思ったから倒してやったんだ」
「──それで?」

 アーネストは思い出して笑う。

「助けてやったのに風船が飛んでいっちゃった!!! って泣きながら怒られた。普通そこは助けてくれてありがとうだろ」

 声真似をするアーネストを見て、天を仰ぎたい衝動に駆られる。

(あぁエレーナ様貴女、フラグ立てましたね)

 メイリーンは深いため息をついて己を指した。
 隠すことも出来たけれど、そうするつもりはなかった。

「それ、私」
「ん? なにが?」
「その、怒った女の子が私だって言ってるの」
「…………だっからあんな生意気だったのか! すっごい今腑に落ちた」

 わざとらしく仰け反っている。何だかそれが腹ただしい。

「ほんっっとに失礼! これでも私一応貴族だし、それにあなたこそ貴族には見えなかったっ!」
「──貴族令嬢だけど違うだろ」

 自分のことは棚に上げて呆れたようにアーネストは言う。

「普通の令嬢は大きい斧を振り回さない。しかも楽しそうに『やっぱりこの斧が一番切れ味最高だわ!』とか言って、満面な笑みを浮かべたままスパッと人を斬らないぞ」
「…………否定できないのが辛い」

 メイリーンは顔を覆う。

(いや、でも、まさかこの人があの人だなんて)

 指と指の間からアーネストの顔かたちを観察する。言われてみれば面影があるかもしれない。

「何で髪色変えていたの?」
「あれは親の追跡から逃げるため。外出禁止令出されてたのに破ったら、部下の騎士が俺の事追いかけてきて。お前だって変えてただろ」
「銀髪なんて、赤髪より一発アウトでしょ」
「確かに」

 アーネストは肉を頬張る。

(……だからリチャード殿下と声が似ていたのね)

 舞踏会でエレーナに話したその部分は事実だった。

 従兄弟なら血の繋がりもあるし、声が似ることもあるだろう。なんでこんな身近にいたのに気がつかなかったのか不思議だ。

(この人が…………脚色しまくったけれど、エリナ様から見たら私の運命の人に見えるのか)

 運命の人は置いておいて、メイリーンにとってアーネストは同僚としてはこれ以上ないくらい好ましい。

 数年一緒に行動しているので、少しの仕草で手に取るように分かるのだ。


 何がしたいのか。
 どう動くのか。
 どのように補助に入ればいいのか。


 それは相手も同じである。メイリーンが主に戦っている時は的確な場所で、自分がして欲しいと思った動きをしてくれる。

 ピンチになったら駆け付けてくれて、背中を預けて戦えるのは彼だけだ。
 エレーナと一緒に誘拐された時も、一目散にメイリーンの元に来てくれて、どれほど嬉しかったことか。

 アーネストは普段はおちゃらけた調子だけれど、芯はしっかりしていて、決して人を傷つけることはしない人だ。

 だから一緒に行動するのは大変だと思うけど、楽しいし、安心するし、何より自然体でいられる。

 けれどこれが恋愛感情か? と問われれば疑問が残る。

 例え種が蒔かれ、芽がほんの少し出ていたとしても。

(だからまだ秘密)

 メイリーンは俯いて、湧いてきそうな感情を一時的に蓋をする。

(明日、エレーナ様とエリナ様に話したこと秘密にするようお願いしよう)

 そう決めて、メイリーンは顔を上げた。

 目の前の彼は面白いことを思いついたとばかりににやにやしていた。

「なあ、することもないからリチャードの後を付けよう」
「…………絶対に怒られる」
「平気平気、エレーナ嬢に夢中で気が付かないさ」

(あの殿下のことよ。邪魔者は絶対に気づくわ)

「…………私あなたの三十歩後ろにいますね」

 予期していた通り、案の定アーネストは速攻で見つかった。

 そして翌日、静かにキレているリチャードにボロボロにやられ、傷だらけのアーネストを見て、メイリーンは思いっきり笑ってやったのだった。
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