王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
115 / 150
番外編

初恋の相手(1)

しおりを挟む
「──え、私の話ですか?」

 突然話を振られたメイリーンは、食べようとしていたクッキーを取り落とした。

 今日は城下にある今人気のスイーツ店で、エリナ、エレーナ、メイリーンの三人で談笑していた。
 主に話題に上がるのは社交界でのことや、紆余曲折を経て、ようやく婚約したリチャードとエレーナの話だ。

 友人に尋ねられ、幸せそうに頬を紅色に染めながら話すエレーナに、ほっこりしていたのだったが──どうしてこうなった。

(え、何で私の話?)

 心の中で同じことをもう一回呟く。

「そうよ。前、言っていたでしょう? リー様と似ている声を持った殿方に助けてもらったから、お礼を言いたいと」

 問いかけた本人──エレーナがにっこりと笑えば、一緒にいたエリナも食い付いてくる。

「メイリーン様、もしかして慕う方がいらっしゃるの? その話詳しく聞きたいわ」

「え、あ、違うというか……誰にでもあるものです。面白い話では無いのでリチャード殿下とエレーナ様の話をしましょう」

 やんわりと拒絶する。だが、目の前に好物を置かれたようなものだったエリナは、簡単には引き下がらない。むしろエレーナと団結してメイリーンから聞き出そうとしている。

(何で舞踏会でのことエレーナ様はここで出すの!!!)

 チラッとエレーナの方を見れば、口元が上がっていた。どうやらメイリーンの反応を見て楽しんでいるらしい。面白がっている。

──貴女もエリナの餌食よ。私だけは卑怯だわ。

 ゆっくりと彼女の口元は動いた。

 メイリーンは顔を顰める。餌食ってなんだ。餌食って。ここにいるのは、令嬢として楽しんでいるのもあるが、職務でもあるのだ。

 あの事件によって、薄らと自分が何をしているのかエレーナに把握されてしまったメイリーン。

 今は主であるリチャードから最愛を守れと命令を受けている。

 それはもちろん見える形でも、見えない、見せられない形でも、だ。

 ゆえに今、職務をまっとうしようとメイリーンはここにいる。

「それでもいいわ。レーナと殿下の話は甘ったるくてずっと聞いてると胃もたれしてしまうもの」
「その言い方は酷い。エリナが根掘り葉掘り聞いてくるから話したのに」

 口を尖らせて膨れっ面をしたエレーナは、紅茶の入ったカップをソーサーに置く。

「ほんとうに、そんな面白い話ではないですよ? ほら、違う話題にしましょう」

 そう言ってメイリーンはどうにか話題をずらそうと苦心したが、結局グイグイと押し負け、内心嫌だなと思いつつ口を開くことになった。


◇◇◇


 自分がリチャードに会う一年前、九歳の時のこと。
 メイリーンはその歳にして両親──尤も父から王家の影としての手ほどきを受けていた。

 それは彼女の生まれたクロフォード伯爵家の成り立ちが関係している。

 伯爵家の誕生は建国当初に遡る。初代伯爵はこの国を作った初代国王の影として、建国の裏で暗躍した。その功績を称え、国王は伯爵の爵位を授けた。
 当初は公爵位を与えようとしていたらしいが、初代伯爵がそれを断り、この爵位になった。

 そのため現代までクロフォード家に生を受けると性別を問わず、王家に仕える者が多い。ほとんどの場合裏で活動するが、たまに陽の光が当たる表で活躍する者もいる。

 メイリーンも外れず、将来が決まっていた。別にそれに関して不満を持ってはいなかった。家系がそうだったのと、年の離れた自分の兄二人が活躍している姿を見て、かっこいいと思ったから。

 今思えば刷り込みもあったかもしれない。なんせメイリーンは閉鎖的な世界で育ったのだから。他に比べるものがなかったのだ。

 デビュタントを迎える前までは、病弱などと謳い、極力貴族との交流を持たなかった。つまり同じ年頃の令嬢と話す機会もなかっということで。
 もっぱらの遊び玩具は刃物や縄であったし、相手は父か兄か悪党であった。

 木を登り、山を駆け抜け、運悪くメイリーンに遭遇してしまった悪党を懲らしめ、時には兄の任務に付いて行って一緒に敵の懐に飛び込み壊滅させる。

 一般の令嬢からしたら経験することも無い波乱万丈の人生だ。

 そのせいか顔を貴族の前に出すようになった今、ちょくちょく周りとの感性がズレてるな……とは感じる。

 誕生日プレゼントに何が欲しいかと聞かれれば、お人形やドレスではなくて暗器が欲しいと答える。
 ドレスを着れば、可愛いと思うよりも先に動きにくくて仕方ないと思ってしまう。
 別の令嬢に成りすまし、潜入した舞踏会では、近寄ってくる子息たちは貧相な体付き。その弱々しさに冷え切った瞳が、相手に知られないよう取り繕うので精一杯。

 影として育てられてきたメイリーンは気付かぬうちに普通の令嬢から逸脱し、父は自分の育て方を間違えてしまったのかと最近では頭を抱えている。

 そんなことを言っても自分の待遇に不満はないし、そこそこ楽しい生活を送っていたのだ。
 王家直属といっても、あくまで自分が動くのは国と民にとって害となる人物を制裁するためである。
 功績が表に出てくることは無いけれど、それによって誰かが助かる、幸せになれる手伝いができたと思えば嬉しいのだった。

 そんな自分はほぼ反抗期なしですくすく成長していたが、逆らいたい時期は来る。それが九歳の時だった。

 いつもいつも、外には出ては行けない。
 一人でどこかに行ってはいけない。
 行動範囲は森と邸の周りだけ。

 大きな不満を持ったことはなかったが、どこかでそういう類のものが溜まっていたのだろう。
 退屈で仕方なかった彼女が思い付いたのが屋敷から抜け出すのことだった。

 メイリーンはその日、街で祭りが開かれていることを侍女達の立ち話で知った。普段ならそんなことに興味を示さないのだが、何故かその時はとても心惹かれたのだ。

 メイリーンはその手のものに、任務以外で連れて行ってもらったことがなかった。だからのんびり「見てみたい」と思った。

 あの日兄二人は家庭教師の授業を受け、父と母は出掛けていた。短時間で戻ってくれば森に出ていたのだと思うだろうし、侍女にバレることもない。

 それからのメイリーンの行動は素早かった。
 まず一目散に自室へと戻り、いちばん質素で人の中に紛れ込める洋服に着替えて、上から黒いローブを着用する。
 ポケットには彼女がこっそり隠していた金貨の入った巾着を滑り込ませ、頭をフードで覆う。

「髪の毛……バレちゃう」

 鏡の前に立って最終確認をしている時に気が付く。もし、途中でフードから髪の毛が出てしまったら……銀髪は目立つ。

 自分がクロフォード家の人間だと外の人達にバレてしまうのは避けなければならない。そう思ったメイリーンは、一旦ローブを脱いで兄達の寝室に侵入した。
 すれ違う侍女たちはお嬢様は何をしようとしているのだろう? と奇妙そうに彼女を見たが、声をかける者はいなかった。

「あった! これよこれ」

 迷わずに目的のものを見つけると、自室まで戻る。
 彼女が兄の部屋から盗んできたのは金髪の鬘だった。鏡の前に立って頭にかぶせれば、少し大きいが、肩くらいまでしか無かった銀髪は隠れる。

「よし」

 ローブを着て、手首を解して、屈伸して、メイリーンは今度こそ二階の窓から飛び降りる。
 そのまま受け身の体勢を取り、身体を丸めながら地面を転がり、立ち上がる。

 このようなことメイリーンには朝飯前だった。赤子の手をひねるよりも簡単だ。目をつぶっていても出来る。

 パパっと服に付いた落ち葉や埃を払えばもう彼女を止めるものはない。

「お祭りって何があるのかしら。ああ、楽しみ!」

 小躍りしながら一人の少女は街に向かって走り出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...