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番外編
熱の中で(3)
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琥珀色の液体が瓶の中で揺れる。
小気味いい音を立てながらコルクを引き抜いた。
「そうだ、その前に」
瓶に蓋をする。
リチャードは寝台に手を置き、体重をかけた。ギシッと軋み、少しだけ寝台が沈む。
「な……にを?」
エレーナの問いには答えず、リチャード殿下の顔が近づいてきた。
ぎゅっと瞼を閉じた次の瞬間、コツンっと音がして額が重なる。
「やっぱり高いね。つらいだろうに」
漏れ出た息が顔にかかる。
それもほんの数秒のことで。絡まった前髪がはらりと落ちていく。
だけどエレーナを真っ赤にさせるには十分だった。
「まって、顔がさっきより赤い。急に熱が上がったの?」
そう言って確かめるために、また顔が近づいてくる。
「ちがっ、これ、は、殿下の……~~っ!」
蒸気をあげそうなほど火照ってしまった。
むず痒く、ぎゅっと締め付けられる心を隠すように、エレーナはガバッとシーツで頭まで被る。
(なんでなんでなんで?! 心臓が変!)
病にかかっているのも忘れて、暴れたくなってしまう。
「あっ」
リチャードはシーツを剥ぎ取った。
「頭まで包まっていたら窒息するよ。寒いならせめて、肩までに」
空気を含ませ、ふんわりと再びエレーナの身体にかけた。
「ん、これでいい」
満足気にエレーナの柔らかい前髪を撫でる。
慈しむような視線を一身に注がれ、エレーナはモゾモゾと口元までシーツを手繰り寄せた。
心臓の早鐘は収まりそうにもない。
「くすり、飲んだら帰ってくれますか」
「帰るよ」
(嘘だけど)
薬には睡眠作用がある。即効性なので、すぐに眠りにつくだろう。そうなれば居るかいないかなんて、彼女には判断できない。
コルクを取って、一緒に置かれていた匙でとろみのついた液体を掬う。
小さい子でも飲めるようにシロップがふんだんに使われている。
「はい」
リチャードはエレーナの口元に匙を運ぶ。突然の行動にエレーナの思考は追いつかない。だけど匙は目の前まで来て。ふにっと柔らかい唇に接触した。
「飲まないと治らないよ。ほら、あーん」
手本を見せるように口を開けたリチャード殿下。ちろりと彼の赤い舌が見える。エレーナはおずおずと同じように口を開けた。
「んっ」
舌に木の匙が触れる。なめらかな手触りのそれは少し傾いて、甘いシロップが舌の上に乗り、喉を滑り落ちていく。
「もうひと口」
すっと差しだされた匙を、エレーナは拒否した。
「レーナ?」
「ひ、ひとりで、のめますっ!」
こんな居た堪れない感情を抱くのは一回で十分だ。
だけどリチャード殿下は不服そうに眉をひそめた。
「…………私が好きでやっているから。止めないで欲しいな」
「好き……で?」
「うん」
今度は笑顔で言いきられた。エレーナはぱちくりと目を瞬かせる。
自分だってエルドレッドが風邪をひいていたら看病したいと思うが。それとこれとは別だ。
(だって殿下お忙しいのに……ここにいるのも……好きだはいつもおっしゃってるし)
疑ったのが分かってしまったのか、リチャードは一旦匙を皿の上に置いた。
そしてまたエレーナの前髪を撫でる。
「公爵夫人が言っていたよ。レーナはコップを持とうとして落としたって」
「うっ」
(な、なんでおかあさま……殿下に!?)
「薬は貴重だ。こぼしたらもったいない。大人しく僕の手から飲んだ方がいいと思うけど?」
「それでも……いやだって言ったら?」
「うーん仕方ないから諦めるかな」
そう言うリチャード殿下は酷く悲しそうで。そんな顔をされてしまっては、断ることも出来なくなってしまう。
まあそれを想定してリチャードは今の表情を作ったのだが。
エレーナの諦めムードを感じ取り、リチャードは匙をとる。
「──終わりだよ」
適量分飲み終わる頃には、エレーナの目がとろんとしている。薬の睡眠作用が既に効き始めていたのだ。
夢と現実の境目にいると本音が漏れる。
「あいにきてくれて、うれしかったです」
ふにゃりと笑いながらエレーナは呟く。
「ならよかったよ」
リチャードも優しく返す。
「わがままいっても?」
「いいよ」
「…………ねるまで手、握っててください」
それだけ言って、リチャード殿下の返事を聞く前に夢の中に落ちていった。
「仰せのままに。僕の天使様」
すやすやと健やかな寝息が聞こえ、リチャードは小さな手を取って甲に口付けした。そしてずっと握っていたのだった。
◇◇◇
二時間弱過ぎた頃だろうか。廊下から足音が聞こえてきて、エレーナの部屋の前で止まった。
「時間か」
「そうですよ。前みたいに篭城しないでもらえると扉を破壊しなくて済むので助かりますね」
「殿下ぁ大人しく出てきてください……私が怒られます」
聞き覚えのある声に、リチャードは扉を開ける。
「おお今回は素直なことで」
にこにこと出迎えたのは護衛のヴォルデ侯爵である。
「侯爵様、感心してる場合ではないですよ。ミュリエル様がお怒りです……雷が落ちます」
顔面蒼白なのはリチャードに脅されたギルベルトだった。
(今日は王宮に顔を出さなければよかった。父上の忘れ物を届けに行っただけなのに運が悪い)
お陰でこんなめんどくさいことに関わってしまった。
「…………そもそも籠城したことないが」
「お忘れですか? 過去に一度ありましたよ。授業をサボって部屋から出てこないので斧でドアを壊したことを」
「あれは教師がレーナのことを侮辱したからだ。回数に入らない」
高位貴族は何をするにも人任せでいいご身分だ。特にルイス公爵家の令嬢は、王子に色目を使っているやら、王宮に来る度五月蝿いやら、その他諸々、廊下でほざいていたからである。
偶然耳に入れてしまったリチャードは教師の授業をさぼり、出席しなければならなかった行事も無断欠席し、自室に閉じこもったのだった。
困り果てたお目付け役兼護衛のヴォルデ侯爵がドアを破壊し、侮辱した教師を解雇し、個人的に仕返しして収束した件。
「珍しく殿下、キレていましたね。普段は興味も見せないのに」
「自分が何か言われるのは別にいい。だけどレーナに矛先が向かうのは許さない」
そう言って一度、エレーナの寝顔を覗く。
「またね。早く元気になって会いに来て」
柔らかい頬に口づける。彼女はくすぐったそうにぴくりと動いた。
「リーさま。ふふ、だいすき」
寝返りを打ったエレーナは寝言をつぶやく。
その顔はとても幸せそうで、どのような夢を彼女は見ているのだろうか。
リチャードには分からないけれど、口からこぼれた久方ぶりの愛称を聞いて、その場に座り込んだ。
「ねえ、まって、不意打ちは反則……」
はぁと大きなため息をつく。
「ほんとに可愛い」
顔を覆いながら言えば、背後からクスッと笑う声が聞こえた。
見るとギルベルトが口を隠しながら笑っている。
「…………ギルベルト、お前覚悟しとけよ」
冷えきった声色と殺意の籠った目に射抜かれたギルベルトは、かすかに悲鳴をあげ、ヴォルデ侯爵を置いて一目散に逃げ出したのだった。
小気味いい音を立てながらコルクを引き抜いた。
「そうだ、その前に」
瓶に蓋をする。
リチャードは寝台に手を置き、体重をかけた。ギシッと軋み、少しだけ寝台が沈む。
「な……にを?」
エレーナの問いには答えず、リチャード殿下の顔が近づいてきた。
ぎゅっと瞼を閉じた次の瞬間、コツンっと音がして額が重なる。
「やっぱり高いね。つらいだろうに」
漏れ出た息が顔にかかる。
それもほんの数秒のことで。絡まった前髪がはらりと落ちていく。
だけどエレーナを真っ赤にさせるには十分だった。
「まって、顔がさっきより赤い。急に熱が上がったの?」
そう言って確かめるために、また顔が近づいてくる。
「ちがっ、これ、は、殿下の……~~っ!」
蒸気をあげそうなほど火照ってしまった。
むず痒く、ぎゅっと締め付けられる心を隠すように、エレーナはガバッとシーツで頭まで被る。
(なんでなんでなんで?! 心臓が変!)
病にかかっているのも忘れて、暴れたくなってしまう。
「あっ」
リチャードはシーツを剥ぎ取った。
「頭まで包まっていたら窒息するよ。寒いならせめて、肩までに」
空気を含ませ、ふんわりと再びエレーナの身体にかけた。
「ん、これでいい」
満足気にエレーナの柔らかい前髪を撫でる。
慈しむような視線を一身に注がれ、エレーナはモゾモゾと口元までシーツを手繰り寄せた。
心臓の早鐘は収まりそうにもない。
「くすり、飲んだら帰ってくれますか」
「帰るよ」
(嘘だけど)
薬には睡眠作用がある。即効性なので、すぐに眠りにつくだろう。そうなれば居るかいないかなんて、彼女には判断できない。
コルクを取って、一緒に置かれていた匙でとろみのついた液体を掬う。
小さい子でも飲めるようにシロップがふんだんに使われている。
「はい」
リチャードはエレーナの口元に匙を運ぶ。突然の行動にエレーナの思考は追いつかない。だけど匙は目の前まで来て。ふにっと柔らかい唇に接触した。
「飲まないと治らないよ。ほら、あーん」
手本を見せるように口を開けたリチャード殿下。ちろりと彼の赤い舌が見える。エレーナはおずおずと同じように口を開けた。
「んっ」
舌に木の匙が触れる。なめらかな手触りのそれは少し傾いて、甘いシロップが舌の上に乗り、喉を滑り落ちていく。
「もうひと口」
すっと差しだされた匙を、エレーナは拒否した。
「レーナ?」
「ひ、ひとりで、のめますっ!」
こんな居た堪れない感情を抱くのは一回で十分だ。
だけどリチャード殿下は不服そうに眉をひそめた。
「…………私が好きでやっているから。止めないで欲しいな」
「好き……で?」
「うん」
今度は笑顔で言いきられた。エレーナはぱちくりと目を瞬かせる。
自分だってエルドレッドが風邪をひいていたら看病したいと思うが。それとこれとは別だ。
(だって殿下お忙しいのに……ここにいるのも……好きだはいつもおっしゃってるし)
疑ったのが分かってしまったのか、リチャードは一旦匙を皿の上に置いた。
そしてまたエレーナの前髪を撫でる。
「公爵夫人が言っていたよ。レーナはコップを持とうとして落としたって」
「うっ」
(な、なんでおかあさま……殿下に!?)
「薬は貴重だ。こぼしたらもったいない。大人しく僕の手から飲んだ方がいいと思うけど?」
「それでも……いやだって言ったら?」
「うーん仕方ないから諦めるかな」
そう言うリチャード殿下は酷く悲しそうで。そんな顔をされてしまっては、断ることも出来なくなってしまう。
まあそれを想定してリチャードは今の表情を作ったのだが。
エレーナの諦めムードを感じ取り、リチャードは匙をとる。
「──終わりだよ」
適量分飲み終わる頃には、エレーナの目がとろんとしている。薬の睡眠作用が既に効き始めていたのだ。
夢と現実の境目にいると本音が漏れる。
「あいにきてくれて、うれしかったです」
ふにゃりと笑いながらエレーナは呟く。
「ならよかったよ」
リチャードも優しく返す。
「わがままいっても?」
「いいよ」
「…………ねるまで手、握っててください」
それだけ言って、リチャード殿下の返事を聞く前に夢の中に落ちていった。
「仰せのままに。僕の天使様」
すやすやと健やかな寝息が聞こえ、リチャードは小さな手を取って甲に口付けした。そしてずっと握っていたのだった。
◇◇◇
二時間弱過ぎた頃だろうか。廊下から足音が聞こえてきて、エレーナの部屋の前で止まった。
「時間か」
「そうですよ。前みたいに篭城しないでもらえると扉を破壊しなくて済むので助かりますね」
「殿下ぁ大人しく出てきてください……私が怒られます」
聞き覚えのある声に、リチャードは扉を開ける。
「おお今回は素直なことで」
にこにこと出迎えたのは護衛のヴォルデ侯爵である。
「侯爵様、感心してる場合ではないですよ。ミュリエル様がお怒りです……雷が落ちます」
顔面蒼白なのはリチャードに脅されたギルベルトだった。
(今日は王宮に顔を出さなければよかった。父上の忘れ物を届けに行っただけなのに運が悪い)
お陰でこんなめんどくさいことに関わってしまった。
「…………そもそも籠城したことないが」
「お忘れですか? 過去に一度ありましたよ。授業をサボって部屋から出てこないので斧でドアを壊したことを」
「あれは教師がレーナのことを侮辱したからだ。回数に入らない」
高位貴族は何をするにも人任せでいいご身分だ。特にルイス公爵家の令嬢は、王子に色目を使っているやら、王宮に来る度五月蝿いやら、その他諸々、廊下でほざいていたからである。
偶然耳に入れてしまったリチャードは教師の授業をさぼり、出席しなければならなかった行事も無断欠席し、自室に閉じこもったのだった。
困り果てたお目付け役兼護衛のヴォルデ侯爵がドアを破壊し、侮辱した教師を解雇し、個人的に仕返しして収束した件。
「珍しく殿下、キレていましたね。普段は興味も見せないのに」
「自分が何か言われるのは別にいい。だけどレーナに矛先が向かうのは許さない」
そう言って一度、エレーナの寝顔を覗く。
「またね。早く元気になって会いに来て」
柔らかい頬に口づける。彼女はくすぐったそうにぴくりと動いた。
「リーさま。ふふ、だいすき」
寝返りを打ったエレーナは寝言をつぶやく。
その顔はとても幸せそうで、どのような夢を彼女は見ているのだろうか。
リチャードには分からないけれど、口からこぼれた久方ぶりの愛称を聞いて、その場に座り込んだ。
「ねえ、まって、不意打ちは反則……」
はぁと大きなため息をつく。
「ほんとに可愛い」
顔を覆いながら言えば、背後からクスッと笑う声が聞こえた。
見るとギルベルトが口を隠しながら笑っている。
「…………ギルベルト、お前覚悟しとけよ」
冷えきった声色と殺意の籠った目に射抜かれたギルベルトは、かすかに悲鳴をあげ、ヴォルデ侯爵を置いて一目散に逃げ出したのだった。
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