王子殿下の慕う人

夕香里

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番外編

熱の中で(1)

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(あつい……)

 エレーナはぱっちりと目を覚ました。正確に言えば、微睡みの中にいたもののずっと起きていた。

 夕方くらいから違和感があったが、酷く体が熱くて寝られないのだ。

「あっ」

 喉が渇き、寝台の隣に置いてある水差しに手を伸ばすと誤って床に落としてしまった。
 大きな音が静まり返った邸に響き渡る。

 叱られると思ったエレーナは、はっきりと働かない頭で言い訳を考えるが、誰も部屋に来そうになかった。

(あついよぉ。おかあさま……りりあん……)

 起き上がろうにもよろめき、寝台に身が沈む。

(誰か……よばなきゃ)

 呼び鈴を探すが不幸なことに目の見える所に置かれていない。

「どうしよ……」

 この間にも落としてしまった水差しからは水が流れて床を濡らしているし、熱さはなくなりそうにもなかった。

「うぅぅ」

 幼いエレーナは体の不調から不安で怖くて涙が出てくる。

「おかあさまぁ、おとうさまぁ」

 涙は嗚咽に変わり、エレーナは気力を振り絞ってフラフラな体で部屋の外に出る。

 今にも倒れてしまいそうなほどおぼつかない足取りで、真夜中の明かりもほとんどない廊下を歩み、両親が寝ている部屋に向かう。

 ようやくたどり着いた時には体力が尽きる寸前で、自分の体重をかけて寝室の扉を開けた。
 
「……だれ? こんな夜中に」

 扉の開いた音にヴィオレッタが目を覚ました。瞼を擦りながら上半身を起こす。

「デューク、まだ朝にもなってないわ」

 執事だと勘違いしたヴィオレッタはそれだけ言ってまた夢の世界に入ろうとしたのだが──

「ちがうもん、デュークじゃないもん」

 舌っ足らずな声にヴィオレッタはピタリと止まった。上にかけていたシーツを剥いで体を起こす。

「ふらふらするし、とっても熱いの。燃えちゃいそうなくらいに」

 エレーナは自分の母を目に捉えて安堵したのか、びぇぇっといつもより大きな声で泣き出し、体力が尽きてその場で崩れ落ちた。

「レーナちゃんっ?! どうしたの? 大丈夫?」

 崩れ落ちた愛娘を見て心臓が冷えたヴィオレッタはすぐに駆け寄り、抱え込む。そして娘の額に手を当てた。

(熱いわ。なんて熱いの)

「あ、あなた! あなた!!! 起きてくださいまし!」

「ん~ヴィオ、まだ夜中だ。ほら、空に星が鏤められているよ」

 寝ぼけ眼で窓の外を指さす夫の体をヴィオレッタは揺する。

「一大事なのですよ! 起きて下さらないと一生怨みます! このままだとレーナが死んじゃいます」

 愛娘の名前にルドヴィッグは飛び起きた。

「え、エレーナが!? 何でっ?!」

「ほら、明かりをつけて見てくださいまし」

 ルドヴィッグはエレーナを抱き抱えているヴィオレッタに代わって明かりをつけた。

 明るくなった室内は、先程まで見えていなかったエレーナの様子を鮮明にさせる。

 額からは玉のように汗が浮かび、頬は熟れたリンゴのように赤い。息苦しいのかヒューヒューとかすれた呼吸で、極めつけには首に現れている発疹。

「これは……」

「ああ、どうしましょう。あなた流行病よ」

 最近巷で流行っている病だった。罹患するのは子供のみで、三人に一人は重篤になり、治療薬を飲まないと六人に一人が命を落とす病である。
 症状は普通の風邪と似ているが、高熱が出やすい。見分け方は簡単で身体のどこかに必ず発疹が現れること。

「お……かあ……さま」

「無理して声を出さなくていいのよ。大丈夫、大丈夫だからね。すぐによくなるわ」

 優しく額を撫でる手が気持ちよくて、エレーナは瞳を閉じる。そして、母の中にいるという安堵感からか浅いものの眠りにつく。

「なんで気が付かなかったのかしら。寝る前、レーナちゃん少しだるそうにしていたのに……」

 眠たくてぐずろうとしているのかと思ったのだ。だから彼女が寝るまでそばにいて、寝息が聞こえてきたら寝室に戻ってしまった。

 自分が寝ている間も、娘は熱に魘され苦しんでいたと思うと数時間前の己の行動をヴィオレッタは責めてしまう。

「すまない……私も食欲がないな……とは思ったんだが」

 ヴィオレッタとルドヴィッグが自分達を責めている間に、エレーナの泣き声を今度は聞きつけた使用人達が集まってきた。
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