王子殿下の慕う人

夕香里

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地下(3)

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『エイディ、貴方の頭でも頑張ってフル回転させれば分かるはずよ』

ジェニファー王女は弟に問う。

『なに……を』

『そもそも、王位継承第一位はこのわたくし。エイディじゃないわ』

自分で自分を指差し、弟に向かって微笑む。

『だが、姉上の性別はだ!』

『だから?』

グッと扇を首に押し込めば、王子は咳き込んだ。

『──女は上に立つ者じゃない』

確信しているようだ。瞳の中に迷いが生じていなく、ジェニファー王女を睨みつけている。

『…………こんなに馬鹿だったかしら。ルヴァ、どう思う?』

『──ハーヴィンに吹き込まれたのかとお見受けします』

前に出て言った後、再び後ろに控える。

『ねえ、エイディ。一つ教えてあげる。貴方が尊敬しているお父様はエイディのことを見限ったわ』

『嘘だァ!』

『おかしなこと言うのね。わたくしの独断専行でスタンレー国をルルクレッツェの王位継承争いに巻き込めないわ』

ジェニファー王女はどこからともなく書類を取り出し、王子の目の前にかざす。リチャードは王子が見やすいように、ランプで明かりを増やした。

『お父様も貴方の言動に限界だったようね。王位を継ぐのはわたくしだと決まっているも当然なのに、危害を加えようとするからこうなるのよ』

彼女が持っているのはスタンレーに送られてきた書簡の控えだ。書かれているのは、ジェニファー王女に仕向けられる暗殺を阻止し、逆に首謀犯である王子を処分するのを手伝って欲しいとのこと。

見返りとしてこちら側が有利になる条約に加えて、かねてよりスタンレーが望んでいた同盟国になると書いてあった。

王位継承争いに巻き込まれる以外はスタンレー側には利点しかなく、ルルクレッツェ側からすれば不利益である。そんなことをしてまでなぜ他国を巻き込むのかと書簡で問えば、自国だとジェニファー王女が動きにくく、自らの手で仕留めにくいからだという。

『──話を呑んでくれてありがとう。おかげで楽しくなりそうだわ』

水面下で各方面を調整し、式典に合わせて国賓としてスタンレーに来たジェニファー王女は初対面で嬉しそうにそう言ってきた。

そんなジェニファー王女を見て、ギルベルトは顔を引き攣らせたし、リチャードも愛想笑いが危うく剥がれるところだった。

自身も人のことを言えないが、ジェニファー王女の性格はタチが悪く、非道で冷血な分類の人間だと思っている。

式典に王女が出席したことで、国内ではリチャードに嫁ぐのではないと言われているらしいが、そんなの政治的関係を知らない者たちの戯れ言だ。もしくは王位継承権を無視して王子達が王位を継ぐと思っているのか。

(あんな王女を妻に……なんて誰が思う? 絶対に嫌だ。一緒に仕事もしたくない)

家族で同じ血を継いでいるはずなのに、情けをかけるつもりがないのはまあ理解出来る。しかしそのうえで悲しいと嘘を平気で吐き、可愛いと言いながら殺す気満々だ。言葉と動きがまるっきり違う。

『大丈夫。寂しくはないわよ? すぐにもう2人、貴方の弟達も同じところに送ってあげるから』

ほら、言わないことではない。嬉嬉として王子全員を継承争いから蹴落とすつもりだ。彼女のこれまでの言動からルルクレッツェ王も容認しているらしいし、隣国は一体どうなっているのだろうか。

『あと、ちょっと貴方の殺す毒は改良するわ。手持ちの中で一番素晴らしい出来だったのは今、落としてしまったから。もう少し待っててね』

ジェニファー王女はにっこりと笑う。そしてハンカチを取りだし、王子の傷から垂れていた血を優しく拭いた。

それを見ているとリチャードは段々冷静さを取り戻してきた。

『ジェニファー王女、上に戻ろう』

リチャードにとって王子はもはやどうでもよかった。多分自分よりジェニファー王女の方が残虐なことを考えていそうだし、もっと怒りをぶつけたい相手は他にいる。

それにここにいるよりも、追い出されてしまったがエレーナの傍にいたかった。

『それもそうね。またねエイディ』

ひらひらと弟王子に手を振りながらジェニファー王女はリチャードの後に続き、地下を出たのだ。


◆◆◆


「わたくしは弟のところに最後のお別れを言いに行くけれど、貴方は別の牢に行くのでしょう?」

「そうですが」

ギルベルトに念には念を入れてもっと重い罪をでっち上げるまで待ってくださいと言われたのだ。ようやく、彼による偽造工作が終わり好きにしていいと言われた。

「可哀想よねぇ。夫人は知らなかったのに」

目の前に出した白魚のような己の手を見ながら、ジェニファー王女はつぶやく。が、言葉とは裏腹に気持ちはこもっていない。

「知らないはずがないだろう。最低でも勘づいてはいたはずだ。見て見ぬふりも同罪」

といっても、ギャロット元辺境伯夫人はこれからの生涯を牢の中で過ごすだけ。人身売買の罪では比較的軽い。

馬車から先に降りて一応手を差し出す。
洗練された動作でジェニファー王女は降りる。その部分だけ見れば、変わったところの無い普通の美しい王女だ。

エントランスに立って王宮を警備している騎士達が、職務を忘れてジェニファー王女の所作に魅入っている。それに気付いた彼女は、騎士たちに向かってゆっくりと手を振った。

(──人は見かけによらない)

暗殺や毒殺を跳ね返し、むしろその状況を楽しんでる時点で狂人だが、そういう性格でなければ女性が王位を継ぐのは難しいのだろう。

親であるルルクレッツェ王がどのような教育を施して来たのか少しだけ興味が湧いたが、面倒なことになりそうなのでジェニファー王女に尋ねることは止めた。

3人は無言で地下への道を歩く。そして階段を降りたところで別れた。

「リチャード殿下」

「……メイリーン」

牢の前でリチャードを待ち伏せしていたのは部下である。

「下がった方がよろしいでしょうか」

「いいや。他の人の意見も聞きたい」

それを聞くと、一方後ずさってメイリーンは控える。

「さて、リリアンネ・ギャロット久しぶりだな」

先に用意されていた椅子に腰かけ、見下ろす形でリリアンネに話しかけた。

牢の中にいる彼女の瞳からは光が潰え、ぼんやりと虚空を見つめていた。
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