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裏側(2)
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「な……に?」
「女性の方々に出された紅茶と、昼休憩後の時間帯を楽しませるため持ち込まれたアロマの作用です」
部下から手渡された物──左手にアロマポット、右手に紅茶缶を持ちながらクラウスは話を続ける。
「カランド公爵令嬢がこの手の薬草類に詳しいので詳細は令嬢が話してくれます」
さっと横にクラウスは避け、後ろにいたアレクサンドラが1歩前に出る。突如現れた唯一、眠りについていない令嬢に注目が集まる。
「あー、えっと、アレクサンドラ・カランドです。クラウス卿が持っている紅茶とアロマ、どちらも個々に楽しめば大丈夫な薬草が使われているんですが、一緒に使うと強力な睡眠作用があるのです」
尻込みしながらもアレクサンドラは続ける。
「ですが、身体には大きな悪影響は起きません。副作用なく目が覚めますよ。あと2時間ほど待てば……ですが」
「──名前は」
一人が発した。
「え?」
「だからその使われた薬草の名前を教えてくれ。輸入輸出、市場売買禁止にしてやる」
静かに怒り狂っていたのは経済を担当していて、ルドウィッグもよく知っているバトラー侯爵だった。
「えーと、禁止するも何も、希少価値が高すぎて普通は売買できるほど市場に出回っていなくてですね……オークションの目玉にするために確保するのも厳しいほどで……」
「いいから」
「茶葉がルオンミーレで、アロマの方はプチグレンです。どちらも生産国はルルクレッツェです」
アレクサンドラは言い終わると、バトラー侯爵の勢いに怯えながら後ろに戻っていった。
ルドウィッグは茶葉の方にだけ聞き覚えがあった。だが、アレクサンドラが言った通り希少であり、公爵である自分でさえ手に入れることが出来ない。名前だけ知っている代物だ。
この国でも飲んだことがある者は、下手したらいないのではないだろうか。
バトラー侯爵の怒りに蹴落とされ、広場は静まり返っていた。黙らせる必要が無くなったことに感謝しつつ、クラウスはその場にいたナイト達にギャロット辺境伯が逃げた経緯を説明した。
「どうして辺境伯は……」
聞き終わると、貴族達はそれぞれ顔を見合せた。どう考えても馬鹿だとしか思えない。わざわざルルクレッツェにつくなんて正気の沙汰ではなかった。
「それは知りません。私たちには理解できないので。リチャード殿下が捕まえて連れてくるのを待ちましょう」
言いつつも黒の騎士団はテキパキと役割をこなしていく。まず、お縄についたギャロット一族を一箇所に集め、身体検査をして逃げられないように監視を置く。そしてまだ天幕内で寝ているままになっている者達を、即席で作った簡易ベッドに寝かせていった。
そんな中、ルドウィッグとエルドレッドの所にコンラッドが険しい顔で近づいてくる。
「ルイス公爵、お話したいことが」
神妙な面持ちで話を切り出す。
「構わないが、エレーナはどこかね?」
「その件で謝罪したいことが。ここで話すのは憚られますので場所を移しましょう」
ルドウィッグは胸騒ぎがした。それはエルドレッドも同様で、落ち着かない様子だ。
「私は姉上を先程から探しています。なのに、見つからない……それと何か関係が?」
我慢できなくなったエルドレッドが悲痛な叫び声を上げた。
そうなのだ。まだ愛娘の姿が見えない。寝ているだけならここにいていいはずなのに。運ばれているはずなのに。
「…………こちらの不手際で公爵令嬢はジェニファー王女と共に攫われました」
淡々としているが、どこか悔しさを滲ませるようにコンラッドは言った。
「お昼休憩が終わり、その後にリリアンネ・ギャロットの天幕に行くところまでは確認が取れています。ですがその後忽然と」
「大変申し訳ございません」と深く頭を下げるコンラッドを見ながら、ルドウィッグは世界から色が失われていくように感じた。
「どうしてだ。何故私の娘だけ」
「分かりません。おそらくリリアンネ様が連れ去ったのかと。ギャロット辺境伯の計画には入ってませんでしたので」
──娘が攫われた。しかも不手際だと言って、目の前の騎士は謝罪している。
親である自分は、本来なら怒鳴り散らしていい場面だろう。
しかし、ルドウィッグは彼らを責められなかった。もちろん騎士たちの主、リチャード殿下に対してもだった。
他の人から見たら甘い、と思われるかもしれない。理解が出来ないとも。
だがあの方はたとえ国の為だとしても、娘を危険に晒す真似は絶対にしない。そういう確信がルドウィッグの中にあった。
現に妻を含め、エレーナ以外の令嬢たちは、傷一つなく気持ちよさそうに眠っているだけなのだ。
「女性の方々に出された紅茶と、昼休憩後の時間帯を楽しませるため持ち込まれたアロマの作用です」
部下から手渡された物──左手にアロマポット、右手に紅茶缶を持ちながらクラウスは話を続ける。
「カランド公爵令嬢がこの手の薬草類に詳しいので詳細は令嬢が話してくれます」
さっと横にクラウスは避け、後ろにいたアレクサンドラが1歩前に出る。突如現れた唯一、眠りについていない令嬢に注目が集まる。
「あー、えっと、アレクサンドラ・カランドです。クラウス卿が持っている紅茶とアロマ、どちらも個々に楽しめば大丈夫な薬草が使われているんですが、一緒に使うと強力な睡眠作用があるのです」
尻込みしながらもアレクサンドラは続ける。
「ですが、身体には大きな悪影響は起きません。副作用なく目が覚めますよ。あと2時間ほど待てば……ですが」
「──名前は」
一人が発した。
「え?」
「だからその使われた薬草の名前を教えてくれ。輸入輸出、市場売買禁止にしてやる」
静かに怒り狂っていたのは経済を担当していて、ルドウィッグもよく知っているバトラー侯爵だった。
「えーと、禁止するも何も、希少価値が高すぎて普通は売買できるほど市場に出回っていなくてですね……オークションの目玉にするために確保するのも厳しいほどで……」
「いいから」
「茶葉がルオンミーレで、アロマの方はプチグレンです。どちらも生産国はルルクレッツェです」
アレクサンドラは言い終わると、バトラー侯爵の勢いに怯えながら後ろに戻っていった。
ルドウィッグは茶葉の方にだけ聞き覚えがあった。だが、アレクサンドラが言った通り希少であり、公爵である自分でさえ手に入れることが出来ない。名前だけ知っている代物だ。
この国でも飲んだことがある者は、下手したらいないのではないだろうか。
バトラー侯爵の怒りに蹴落とされ、広場は静まり返っていた。黙らせる必要が無くなったことに感謝しつつ、クラウスはその場にいたナイト達にギャロット辺境伯が逃げた経緯を説明した。
「どうして辺境伯は……」
聞き終わると、貴族達はそれぞれ顔を見合せた。どう考えても馬鹿だとしか思えない。わざわざルルクレッツェにつくなんて正気の沙汰ではなかった。
「それは知りません。私たちには理解できないので。リチャード殿下が捕まえて連れてくるのを待ちましょう」
言いつつも黒の騎士団はテキパキと役割をこなしていく。まず、お縄についたギャロット一族を一箇所に集め、身体検査をして逃げられないように監視を置く。そしてまだ天幕内で寝ているままになっている者達を、即席で作った簡易ベッドに寝かせていった。
そんな中、ルドウィッグとエルドレッドの所にコンラッドが険しい顔で近づいてくる。
「ルイス公爵、お話したいことが」
神妙な面持ちで話を切り出す。
「構わないが、エレーナはどこかね?」
「その件で謝罪したいことが。ここで話すのは憚られますので場所を移しましょう」
ルドウィッグは胸騒ぎがした。それはエルドレッドも同様で、落ち着かない様子だ。
「私は姉上を先程から探しています。なのに、見つからない……それと何か関係が?」
我慢できなくなったエルドレッドが悲痛な叫び声を上げた。
そうなのだ。まだ愛娘の姿が見えない。寝ているだけならここにいていいはずなのに。運ばれているはずなのに。
「…………こちらの不手際で公爵令嬢はジェニファー王女と共に攫われました」
淡々としているが、どこか悔しさを滲ませるようにコンラッドは言った。
「お昼休憩が終わり、その後にリリアンネ・ギャロットの天幕に行くところまでは確認が取れています。ですがその後忽然と」
「大変申し訳ございません」と深く頭を下げるコンラッドを見ながら、ルドウィッグは世界から色が失われていくように感じた。
「どうしてだ。何故私の娘だけ」
「分かりません。おそらくリリアンネ様が連れ去ったのかと。ギャロット辺境伯の計画には入ってませんでしたので」
──娘が攫われた。しかも不手際だと言って、目の前の騎士は謝罪している。
親である自分は、本来なら怒鳴り散らしていい場面だろう。
しかし、ルドウィッグは彼らを責められなかった。もちろん騎士たちの主、リチャード殿下に対してもだった。
他の人から見たら甘い、と思われるかもしれない。理解が出来ないとも。
だがあの方はたとえ国の為だとしても、娘を危険に晒す真似は絶対にしない。そういう確信がルドウィッグの中にあった。
現に妻を含め、エレーナ以外の令嬢たちは、傷一つなく気持ちよさそうに眠っているだけなのだ。
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