82 / 150
家族との再会
しおりを挟む
「侍医が……助かったとしても目を覚ます確率は高くないと。レーナが受けた矢じりにルルクレッツェ特有の毒が塗られてて……それが意識が戻らない原因って。でも容態は安定してきたから公爵邸に移動する話が────」
声とエレーナの頭の後ろに添えた手が震えている。いつもの殿下とは違う。
「僕がもっと早く着いていれば。早く見つけてあげられていたら。あちら側の事情なんて無視して、こんなまどろっこしい方法で潰さなければって君が目を覚まさない間何度も」
怖い思いをさせてごめんと謝る殿下に何と返せばいいのか分からなくて、抱き着かれたままになった。
「──家ではないのですねここ」
言えたのは、当たり障りのないことだった。道理で見たこともない部屋だったわけだ。
「宮の中だ。こんなことしてる場合じゃないね。すぐに侍医と出勤しているルイス公爵達を呼んでくるから」
思い出したように扉を出て行こうとするのを引き止める。
「待って、あの、お水を頂いても? 喉が乾いてて」
「もちろんだ。そこにあるから注ぐよ」
硝子の水差しからコップに水が注がれていく。
「動かなくていい。飲ませるよ。右手もそれほど動くわけではないだろう?」
受け取ろうとしたエレーナを遮り、上半身を起こすのを手伝ってくれた。
身を起こして気がついたのだが、エレーナは真っ白なネグリジェに着替えていた。袖口は膨らみ、胸元がきつくないようにゆったりとしている。自分の物ではないので、王宮の備品だろうか。
「ありがとうございます」
水を飲んだらガラガラだった声も幾らかいつもの声に戻ってくる。
「これぐらい君を巻き込んでしまったことに比べたら…………早く呼んでくるよ」
今度こそ本当にリチャード殿下は部屋を出ていった。
しばらくして扉が開かれた時には足音が複数に増えていた。
「姉上! 姉上の意識が戻ったって! 姉上! どこ!?」
連呼し、転びながらエルドレッドが入ってきた。
「姉上ぇぇぇ」
扉の所にいるエルドレッドに向かって微笑みかけたエレーナを見て、号泣している。被っていた帽子を投げ捨ててエレーナ目掛けて走ってきた。
「そんなに泣かなくても……」
エルドレッドをゆっくり右腕だけ動かして抱きとめた。弟は自分の胸の中でずっと涙を零している。
「一週間目が覚めなくて、心配で夜も眠れなかったこちらの身にもなってください! しっ死んでしまうかと、もう話ができないのかと思ったのですよ」
「死なないわよ」
自分で言いつつ、苦笑する。あれは死と隣り合わせだった。走馬灯は死に際にしかよぎらない。
「エレーナ」
「お父様?」
お父様がベッド脇に来ていた。
「身体は……」
「何ともないですって言えればいいんですけど……あいにく左腕が動かないですし、全身が重くて痛いです」
「リチャード殿下から聞いたか分からないが毒の影響だ。じきに抜けると言っていたよ。他はないかい?」
「今のところは。あの、なぜ私は王宮に?」
不思議に思って尋ねればお父様は教えてくれる。
「傷自体はそれほど深くないんだが、生死の境を彷徨うほど出血が止まらなくてね。王宮にいる医者の方が腕がいいからと。リチャード殿下がその場で判断し、そのまま運ばれたんだよ」
「そう……なのですね。ええっと……崖から飛び降りたのは朧げに記憶があります。そこからは……ごめんなさい思い出そうとすると頭が痛くなるの」
本当に……覚えてない。誰かに抱きとめられた記憶はあり、そのあと何かあったはずなのに、ポッカリと記憶が空いている。空白だ。今の言葉からその〝誰か〟はリチャード殿下なのだろうが。
ちらりと殿下の方を見れば、彼は困ったような、安堵したような、悲しいような、複雑な表情をしていた。癖である左斜め上に視線が泳いだので、言いたくないことなのだろう。
(何か私がしでかしてしまったのかしら?)
「頭を強く打ってここに着いた時には出血していたらしいからね。無理して思い出そうとしなくていいんだよ」
ルドウィグは気遣うように娘の背中に手を回した。そして包帯を巻いているエレーナの額を優しく撫でた。
「お母様は?」
「ヴィオレッタは公爵邸だ。エレーナを明日移そうと思って、準備していたところだった。目覚めたことを知ったら喜んで、嬉し涙を零すはずさ」
家族の中で一番気を張っていたのがヴィオレッタだ。いつもなら自分を窘め、落ち着つかせるのが妻なのに、今回ばかりは立場が反対になった。
「あっあと、ここは客室ですか? 王宮の中だとは教えてもらったのですが、医務室には見えませんので」
「客室とも少し違うが……まあエレーナだけの部屋だ。他の者は許可がないと無理だ。私達でも滅多なことでは入れない。──陛下達、王家の方々が寝起きする区域だから」
「そんな奥に?」
エレーナは瞬いた。
声とエレーナの頭の後ろに添えた手が震えている。いつもの殿下とは違う。
「僕がもっと早く着いていれば。早く見つけてあげられていたら。あちら側の事情なんて無視して、こんなまどろっこしい方法で潰さなければって君が目を覚まさない間何度も」
怖い思いをさせてごめんと謝る殿下に何と返せばいいのか分からなくて、抱き着かれたままになった。
「──家ではないのですねここ」
言えたのは、当たり障りのないことだった。道理で見たこともない部屋だったわけだ。
「宮の中だ。こんなことしてる場合じゃないね。すぐに侍医と出勤しているルイス公爵達を呼んでくるから」
思い出したように扉を出て行こうとするのを引き止める。
「待って、あの、お水を頂いても? 喉が乾いてて」
「もちろんだ。そこにあるから注ぐよ」
硝子の水差しからコップに水が注がれていく。
「動かなくていい。飲ませるよ。右手もそれほど動くわけではないだろう?」
受け取ろうとしたエレーナを遮り、上半身を起こすのを手伝ってくれた。
身を起こして気がついたのだが、エレーナは真っ白なネグリジェに着替えていた。袖口は膨らみ、胸元がきつくないようにゆったりとしている。自分の物ではないので、王宮の備品だろうか。
「ありがとうございます」
水を飲んだらガラガラだった声も幾らかいつもの声に戻ってくる。
「これぐらい君を巻き込んでしまったことに比べたら…………早く呼んでくるよ」
今度こそ本当にリチャード殿下は部屋を出ていった。
しばらくして扉が開かれた時には足音が複数に増えていた。
「姉上! 姉上の意識が戻ったって! 姉上! どこ!?」
連呼し、転びながらエルドレッドが入ってきた。
「姉上ぇぇぇ」
扉の所にいるエルドレッドに向かって微笑みかけたエレーナを見て、号泣している。被っていた帽子を投げ捨ててエレーナ目掛けて走ってきた。
「そんなに泣かなくても……」
エルドレッドをゆっくり右腕だけ動かして抱きとめた。弟は自分の胸の中でずっと涙を零している。
「一週間目が覚めなくて、心配で夜も眠れなかったこちらの身にもなってください! しっ死んでしまうかと、もう話ができないのかと思ったのですよ」
「死なないわよ」
自分で言いつつ、苦笑する。あれは死と隣り合わせだった。走馬灯は死に際にしかよぎらない。
「エレーナ」
「お父様?」
お父様がベッド脇に来ていた。
「身体は……」
「何ともないですって言えればいいんですけど……あいにく左腕が動かないですし、全身が重くて痛いです」
「リチャード殿下から聞いたか分からないが毒の影響だ。じきに抜けると言っていたよ。他はないかい?」
「今のところは。あの、なぜ私は王宮に?」
不思議に思って尋ねればお父様は教えてくれる。
「傷自体はそれほど深くないんだが、生死の境を彷徨うほど出血が止まらなくてね。王宮にいる医者の方が腕がいいからと。リチャード殿下がその場で判断し、そのまま運ばれたんだよ」
「そう……なのですね。ええっと……崖から飛び降りたのは朧げに記憶があります。そこからは……ごめんなさい思い出そうとすると頭が痛くなるの」
本当に……覚えてない。誰かに抱きとめられた記憶はあり、そのあと何かあったはずなのに、ポッカリと記憶が空いている。空白だ。今の言葉からその〝誰か〟はリチャード殿下なのだろうが。
ちらりと殿下の方を見れば、彼は困ったような、安堵したような、悲しいような、複雑な表情をしていた。癖である左斜め上に視線が泳いだので、言いたくないことなのだろう。
(何か私がしでかしてしまったのかしら?)
「頭を強く打ってここに着いた時には出血していたらしいからね。無理して思い出そうとしなくていいんだよ」
ルドウィグは気遣うように娘の背中に手を回した。そして包帯を巻いているエレーナの額を優しく撫でた。
「お母様は?」
「ヴィオレッタは公爵邸だ。エレーナを明日移そうと思って、準備していたところだった。目覚めたことを知ったら喜んで、嬉し涙を零すはずさ」
家族の中で一番気を張っていたのがヴィオレッタだ。いつもなら自分を窘め、落ち着つかせるのが妻なのに、今回ばかりは立場が反対になった。
「あっあと、ここは客室ですか? 王宮の中だとは教えてもらったのですが、医務室には見えませんので」
「客室とも少し違うが……まあエレーナだけの部屋だ。他の者は許可がないと無理だ。私達でも滅多なことでは入れない。──陛下達、王家の方々が寝起きする区域だから」
「そんな奥に?」
エレーナは瞬いた。
188
お気に入りに追加
5,987
あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。


【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中

【本編完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
2025.2.14 後日談を投稿しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる