王子殿下の慕う人

夕香里

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脱出

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再び錠が付けられ、2人は去っていく。

いなくなると直ぐにメイリーンが身体を起こす。

「エレーナさま、こうなったら私はあなたを逃がすことが最優先事項です。指示に従ってください」

そう言って錠をいとも簡単に外し、扉を開ける。

「あなたはどうするの?」

「私ですか? ここに残りますのがお構いなく。これでも男を倒す術は持っていますし、アーネストとかが来るでしょうから」

メイリーンはヴェールを脱ぎ捨て、動きやすいようにスカートを裂いた。
縄の時と同様に火が生地を舐めていく。

「残るの? なら私も」

「ダメです。失礼を承知で言わせていただきますが、私はこういう状況に慣れていてできます。ですが、エレーナさまは自分の身を守ることはできないですよね」 

その通りだった。

ずっと誰かに守ってもらっていた。エレーナは守る者ではなくて、守られる対象だった。武器に触れたこともない。ましてや使うことなんてありはしなかった。

「でっでも貴方を置いていくなんて」

いても役に立てはしないのに、置いていくことに後ろめたさを感じてしまう。

「──では、人を殺められますか」

息が止まる。

まっすぐエレーナを射抜いたメイリーンの瞳。彼女の言葉は冗談には思えない。

「だから先にここから逃げてください。行きますよ」

何も答えられないことを最初から分かっていたのか、彼女は無理にエレーナに答えを求めなかった。

牢屋の外に出て、置かれていた朽ち果てた椅子にかけられていた布を手に取る。

所々破れ、つぎはぎされた布切れを広げるとそこそこの大きさだ。

「取り敢えず頭をこれで隠してください。これと闇夜がエレーナさまを隠してくれます。汚いですが、我慢です」

ふわりとエレーナの頭に乗せて、慣れた手つきで端と端を結べば、ケープのような役割を担ってくれる。

メイリーンはエレーナの手を握って階段を駆け上った。慎重に扉を開けて、人がいないか確認してから廊下に出る。

廊下は静かなもので先程とは違い、中の明かりを外に漏らさないようにするためか、遮光カーテンが全部の窓に敷かれていた。
ご丁寧に風で動かぬよう、テープで目貼りされている。

(最初からやっておけばいいのに)

おかげで外の様子を窺うことは出来ない。

「ここ左です。できるだけ足音は立てないように」

迷いなく走りなりながらメイリーンは言う。彼女は足音ひとつ立ててなかった。本の中で見た間諜のようだ。

「どうして知っているの?」

小声で尋ねればメイリーンは答えてくれた。

「眠ったと見せかけて、起きてましたので」

「私、紅茶を飲んだふりをして全部捨てたんですよ」と付け加えながら、1度見たらだいたいは覚えてしまう体質なのだと言った。今回もここまで連れてこられた時に経路を全部暗記したらしい。

「で、1番問題なのが最後に警備がいることです。私が相手している間にエレーナさまは外に逃げて、とにかく走ってください。走っていれば助けが来る……はずです! 私と屋敷にいるよりは安全な……うん、はず……」

間が怖い。張り付いた表情を向ければメイリーンは申し訳なさそうに視線をずらした。

あと少しで屋敷のエントランス、という所でメイリーンは暗器を取りだした。
運がいいのかここまで誰にも出会っていない。

エレーナ達を拉致、監禁したくせに緩んでいるというか、なんというか抜けている。

そうこうしているうちに本当にエントランスが見えた。扉の方を向いて剣を携えた者が6人ほどいる。
彼らはまだこちらに気がついていない。

「何が起こっても後ろを振り返らずに走ってください」

全てが足でまといになりそうで、エレーナは頷くことしか出来ない。今も自分は息を切らしているが、彼女は息一つ乱していなかった。エレーナと体格差は変わらないはずなのにどこにそんな体力を持っているのだろうか。

「行きますよ」

「分かったわ。貴方も死なないでね」

「もちろん。こんな奴らにやられるわけないですよ」

笑いながらエレーナの手を離し、脱兎のごとく警備の者に襲いかかったメイリーン。気を抜いていた警備の者は呆気に取られて動きが止まったのだった。
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