王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
104 / 150

愛しい婚約者

しおりを挟む
(どうしよう)

「ごめんなさい。私、他に好きな人がいるの。貴方の気持ちには答えられないわ」

暫しどうやって切り抜けようか考えた後、無難に断ってみた。手が取られている状態を逆手にとって、立ち上がらせようとしたが上手くいかない。

「大丈夫です! 他に好きな人がいても気にしませんので! なので私と婚約してください」

「ねえちょっと貴方、ずうず────」

エレーナの代わりに強く出ようとしたエリナを手で制する。大丈夫だからと微笑めば、彼女は不満げだが留まってくれた。

(まだ誰にも言ってはいけないと言われたけど……ぼかせば大丈夫かしら)

「ごめんなさい好きな人がいるから貴方の気持ちを受け取れない。というのは半分本当で半分嘘なの」

「でっでは!」
「ちょっとレーナ何を言って」

当たりが再びざわめいてエレーナの方を見ている。まだ何も言っていないのに、周りの貴族は目を見開き、固まっている。中央にいたはずのアレクサンドラとアルフレッドでさえ、こちらに移動しようとしていた。

「私、婚約の話が────キャッ!」

視界が揺れてお腹の辺りに腕が回る。そして何者かにグイッと引き寄せられた。

「──人の婚約者を口説くなんて覚悟は出来ているのか? セバスチャン・ラグダス」

「でっ殿下何故ここに──むっ」

視界と口を塞がれた。それを見た女性陣から悲鳴が上がる。

「約束したじゃないか。殿下呼びは禁止だと」

顔を近づけてくる。

「約束した覚えはありませんっ! リー様が殿下呼びすると問答無用でキ、キスしてくるので仕方なくですよ!」

真っ赤になりながら小声で反論した。

(恥ずかしい。こんな大衆の前で)

「その顔誰にも見せたくない」

言い終わる前に、エレーナはリチャード殿下の胸の中に押し込まれた。視界は皺ひとつない白いシャツで埋まって、トクトクと規則正しい鼓動が聞こえてくる。

逃げようともがくが、殿下はビクともしなかった。

「すまないね。場を乱してしまって」

愛想笑いをしながらリチャードは周りに対して言った。どう反応するのが正解なのか分からない貴族達は、首を横に振ることしかできなかった。

「それについてはまあ、別に。ですが今、殿下はレーナのことを」

アレクサンドラがアルフレッドと手を繋いでリチャードの前に立っていた。

「ああ、正式発表はまだだったね。近々発表しようと思っていたのだが……」

腕の中から解放したエレーナの手を取って隣に立たせた。周りの視線が全てエレーナに集まる。とても居心地が悪い。

「──彼女が私の花嫁だ」

突然の発表に場が静まり返ったと思ったら、にわかに話し声で騒がしくなる。
元から知っていたリドガルドの側近達は、心の中で何故ここで言ってしまうのだ……と嘆いた。

「レーナいつの間に……ギルベルトにも聞いてないわ」

さりげなく近寄って来たエリナが問う。

「あの、一か月前なの。伝えられてなくてごめんね」

はにかみながら答えた。

「ああ、謝らないで。それはいいのよ。一番丸く収まってくれて私はとっても嬉しいから!」

エリナが両手を広げたので、エレーナは彼女に抱きついた。

「レーナ、おめでとう」

そう言ってアレクサンドラも抱擁に加わってきた。

「ありがとう。だけどサーシャの披露宴なのに……」

こんなつもりではなかったのだ。今宵の主役は彼女なのに、リチャード殿下の発言が目立ってしまって申し訳なくなる。

「気にしなくて大丈夫。親しくない貴族達の相手をしなくてむしろ助かった。アルフレッドもそう思ってる」

にっこりとアレクサンドラは笑い、新郎を小さく指した。彼は彼女の言った通り、ほっとした様子で壁の方に移動していた。

「いずれ爵位を継がなければいけないのに、あれで伯爵になれるのかしらね?」

はぁ、とアレクサンドラはため息をつく。

「ああ、アルガーノン様は騎士になったのだっけ」

「そう、お義兄様は別で爵位を頂いたから、タウンゼント伯爵は後継者をアルフレッドに決めたの」

「そうなると今は少し……頼りないわね。そのうち貫禄がつくわよ」

エリナはハンカチで汗を拭いているアルフレッドを見ながら言った。

エレーナが友人達と話している中、リチャードはセバスチャンに凍った視線を送った。

「──まさか人の婚約者に手を出すバカはいないよね」

「ひっ! お酒が回って変なこと言ってしまったようです。冗談です」

転びそうになりながらセバスチャンは人混みに紛れる。

「邪魔をしてすまなかった。彼女は連れていくが、これで失礼するよ。二人とも結婚おめでとう」

笑いながら、エリナ達との抱擁を終えたエレーナを連れてリチャードはさっさと退場した。

「後はよろしく」

「また面倒くさくなる退場の仕方を……わかりました」

扉のところにいたギルベルトに言付ければ、彼の顔には諦めが浮かんだ。


◇◇◇


「リー様何故ここにいらっしゃったのですか。来ないと仰っていたのに」

外に出たエレーナは、人がいないことをいいことにリチャードに不満げに尋ねた。

「臣下の門出だ。最後だけでも参加しようと頑張ったんだよ。それに迎えに行こうと思って」

「必要ないです。エリナがいましたもの」

「ならどうして他の子息に絡まれている。不用心だよ。僕が来なかったらどうしていたのさ」

「1人で対処出来ましたし、披露宴、最後の最後で台無しにしましたよね」

「もう終盤だっただろう? レーナ達の会話が聞こえていたけれど、怒っているようには思えなかったし」

そういう問題ではないと思うのだが……。

「それにあの場でバラしてしまうことでは」

婚約自体はあの時結ばれている。しかし周りには話していなかったのだ。当たり前だが、正式に発表するまでは誰にも言ってはいけないと決まっていたから。

「どうせ明日正式発表するつもりだった。それが1日早まっただけだ。それよりも」

エレーナの左手を掴んだ。

空いていた片手で懐から取り出した小箱を開け、中から指輪を取りだした。

「職人を急かしてようやく完成したんだ」

薬指に指輪をはめるとサイズはピッタリだった。

「綺麗」

薔薇の花びらをモチーフにした指輪はガーネットの宝石と、金細工によってできていた。デザインが薔薇なのはあの絵本を意識しているのだろうか。

自分は本当にリチャード殿下の婚約者なのだと実感がわいてくる。

色んな角度から月に透かして左手を眺めていると、不意に再び掴まれ、リチャード殿下は跪いた。

「リー様?」

「──もう一度きちんと言わせて。エレーナ・ルイス公爵令嬢。貴女のことを愛してる。だから私と結婚していただけませんか」

目を瞬かせ、少しの間リチャード殿下を見つめた。

「──はい、貴方の花嫁にしてくださいませ」

愛する人は花が綻ぶように頬を緩ませた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...