王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
103 / 150

友人の結婚式

しおりを挟む
「──綺麗よ。おめでとうサーシャ」

「ありがとうレーナ」

目の前にいるのは幸福に包まれている新婦。手にはブーケを両手で持っている。ブーケには薔薇はもちろんのこと芍薬や鈴蘭が使われ、白で纏められていた。

「挨拶に来たのは私が最後かしら」

「そうね。エリナ達はさっき来てくれたし、もうすぐ呼ばれるだろうから……」

そうアレクサンドラが言った次の瞬間、閉じられていた扉が軽くノックされた。

「──アレクサンドラお嬢様、そろそろお時間です」

「分かったわ。あー緊張してきた」

アレクサンドラは胸に手を当てて深呼吸をした。

今日は彼女にとって一生に一度の日。

これから向かう先には彼女の夫になるアルフレッドと式の参列者が待っているのだ。緊張しないはずがない。

「ねえ変なところないかしら? 顔は? ウェディングドレスは似合ってる?」

「大丈夫、とっても綺麗よ。今日の主役はサーシャなのだから胸を張ってね」

この日のためにいつもより肌の手入れを彼女がしていたのを知っている。甘いものが好きなはずなのに、制限して体重を落としたことも。
友人の頑張りを見てきたからこそ、お世辞ではなくて、本当に綺麗で、可愛いとエレーナは思った。

「じゃあ私は先に行くわね。堂々と入ってくるのよ? 改めておめでとうサーシャ」

ハグをしたらウェディングドレスが汚れてしまう可能性があるので、エレーナは握手に留めた。

廊下に出ると、一人の女性がアレクサンドラの方に歩いて来ていた。その後ろに子供が二人、女性の影に隠れている。

「エディスお姉様! それにデリクとローズ」

エレーナを見送ろうと扉から顔を出したアレクサンドラ。こちらに来る人たちが誰なのか知って名前を呼んだ。すると隠れていた子供達が彼女に駆け寄ってきた。

女の子の方は新婦と同じ純白の装いで、頭には花冠、手には花びらの入った籐のバスケット。男の子の方は黒のタキシードを着ている。

「アレクサンドラおばさま結婚おめでとう」

「ありがとうローズ」

言いながらアレクサンドラは姪のローズの頭を優しく撫でる。その様子を見たエレーナは、邪魔しないようにそっと場を離れた。

そのままエリナ達と合流し、座席に座る。

「いよいよね。なんだか色んなことがあったわ」

エレーナは新郎のアルフレッドがソワソワとしているのを見ながら呟いた。

「色々ありすぎよ。まさかギャロット一族が皆、あのようなことをしていたなんて……」

声を潜め、隣に座っていたエリナは言う。嫌悪感からかその口調は少し刺々しい。

主犯の辺境伯とその家族以外のギャロット一族に対しては公開裁判が開かれた。と言っても傍聴できたのは貴族だけで、民には彼らの罪も、何故領主が交代したのかも明かされなかった。

エレーナは参加していないが、他の人から聞いた話によると見苦しいものだったらしい。

「私は眠らされただけで済んだけれど、貴女は怪我まで負ったわ。友人が危険にさらされて許せるわけない」

そう言ってエリナはエレーナの右手を取り、少しの間ぎゅっと両手で握られた。

(結局会えていないけれど、リリアンネ様は今頃何をしているのかしら……)

人身売買に対する求刑は軽くて牢屋行き。重くて死罪。リチャード殿下にはぐらかされたが、エレーナはリリアンネが牢屋にいると思っていた。

一部例外を除いて、囚人に会うことは手続きを踏めば制度上可能。リリアンネの口から攫った理由を聞きたかったエレーナは申請した。しかし許可が下りなかった。
そうなるとコネがないエレーナが彼女と会うことなど不可能で、知りたかったことは分からなかった。

ほどなくして周りから拍手の音が聞こえてきた。その音で我に返ったエレーナは、花嫁を迎えるために手を叩いた。


◇◇◇


式は滞りなく終わり、カランド公爵邸に場所を移して披露宴となる。本来ならば嫁ぎ先の邸宅で行うものだが、アレクサンドラによると彼女の父が譲らなかったらしい。

公爵令嬢の結婚ということで、披露宴はとても豪華で参加者も多かった。少し周りを見渡しても、男爵から自分と同じ公爵家の人々までワイン片手に談笑している。

今宵の主役のアレクサンドラとアルフレッドは、披露宴終盤に差し掛かった今も、絶えず挨拶に来る貴族達の相手をしていた。

「レーナ、はぐれてしまうわよ」

「え? あ、ごめんなさい」

気が付けば一緒にいたはずのエリナが奥の方で呼んでいた。慌てて人の間を縫って彼女の方に移動する。

サリアとイヴォナは幼い子供がいるので披露宴の途中で先に帰っていた。そのため今はエリナしかいない。彼女の夫のギルベルトはつい先程慌てた様子で会場の外へ行ってしまった。

「今日はほんとうにぼーっとしているわね。熱でもあるの? それとも眠い?」

「そういう訳じゃないわ。ただ、サーシャが結婚かぁって」

(もう1ヶ月経ったのか)

しみじみとしてしまうのだ。

「ふーん、ならいいけど。レーナは自分のことを心配しなさいよね」

「どうして?」

意味がわからず小首を傾げれば、エリナの眉間に少し皺がよる。

「あんなに婚約するー! って言っていたのに、あれから何もないじゃない」

「それは……その、色々と────」

エレーナの言葉は乱入者によって遮られた。

「エレーナ・ルイス公爵令嬢ちょっとよろしいですか!」

見ればお酒に酔っているのか、足がふらついている。

「なに……か?」

「──貴女のことが好きですっ! 婚約してください!」

子息はエレーナの手を取って跪いた。

大声だったのが悪く働き、周りの者が驚きつつこちらに振り向く。突然すぎてエレーナは状況が把握できない。

「酔いの戯言ですよね? ほら立ち上がってくださいまし」

顔が真っ赤だ。正常な判断ができていないように見受けられた。

「いえ! 酒に酔っても酔わなくても私は本気ですっ!」

手を離してくれない。冷やかすつもりなのか、口笛を吹いて囃し立てる者もいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

さよなら、私の初恋の人

キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。 破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。 出会いは10歳。 世話係に任命されたのも10歳。 それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。 そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。 だけどいつまでも子供のままではいられない。 ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。 いつもながらの完全ご都合主義。 作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。 直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。 ※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』 誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。 小説家になろうさんでも時差投稿します。

冷遇王女の脱出婚~敵国将軍に同情されて『政略結婚』しました~

真曽木トウル
恋愛
「アルヴィナ、君との婚約は解消するよ。君の妹と結婚する」 両親から冷遇され、多すぎる仕事・睡眠不足・いわれのない悪評etc.に悩まされていた王女アルヴィナは、さらに婚約破棄まで受けてしまう。 そんな心身ともボロボロの彼女が出会ったのは、和平交渉のため訪れていた10歳上の敵国将軍・イーリアス。 一見冷徹な強面に見えたイーリアスだったが、彼女の置かれている境遇が酷すぎると強く憤る。 そして彼が、アルヴィナにした提案は──── 「恐れながら王女殿下。私と結婚しませんか?」 勢いで始まった結婚生活は、ゆっくり確実にアルヴィナの心と身体を癒していく。 ●『王子、婚約破棄したのは~』と同じシリーズ第4弾。『小説家になろう』で先行して掲載。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...