王子殿下の慕う人

夕香里

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祝福少数、呻き声多数

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「終わった? ちゃんと想いは通じ合ったようで良かったよ」

「アーネスト様」

リチャードはエレーナを抱き抱えたまま、アーネストを置いていった場所に戻ってきた。

泣き腫らして腫れぼったくなっているエレーナに対し、ヴォルデ侯爵は親のような慈愛に満ちた眼差しを向ける。

「──本物の王子様が君を攫いにやって来る。そう言っただろう?」

にやっとし、あーっと言いながら手を上げ、後ろに倒れ込む。

「全て計算していたのですか」

エレーナはあれはヴォルデ侯爵なりの慰めかと思っていたのだった。

(なら、あんな条件をつけたのも……)

「だって分かりやすすぎる。両片思いなのばっればれ。なーんでこんなに拗れているのだろうと思うくらい。どちらか片方が告白すれば終わりなのにさ」

からからと笑い、伸びをする。

「まあ、全部私のおかげだろ? 感謝してよヘタレな王子殿下」

「────したくないな」

即答する。自分の情けなさは痛感したリチャードだが、この上から目線でにやにやしているのは気に食わない。

「でっ殿下……むっ」

エレーナの言葉は唇を指で塞がれることで途切れてしまった。

「レーナは殿下呼びここから禁止ね。次言ったらその可愛い唇を塞ぐよ」

「そ、それは殿────ぷはっ」

宣言通りキスされた。かぁぁぁっと赤くなったエレーナからは湯気が出そうだ。暴れたいが、がっちりと抱えられていて無理だった。

「コホンっ、そういうのは後で思う存分やってくれ」

「お前が消えればいいだろう」

さも当然とばかりにリチャードは言う。

「ハイハイ。邪魔者は退散しますよー。またねエレーナ嬢」

服に着いた葉を払ってヴォルデ侯爵は帰っていった。

「ねえレーナ」

「はい」

「僕ね、もう待てない。書類を書いて、このまま行っていい?」

「──どこに?」

嫌な予感がする。

「そうだなぁ、父上達がいる場所に闖入しようか」

今まで見た事もないほどの満面の笑顔で、リチャード殿下は言い切った。


◇◇◇



「うおっ何だ?!」

国の中枢を担う王の側近たちの視線が、開け放たれた扉の方に一斉に集まる。

「リチャードとエレーナ嬢?」

「ど、どうもご無沙汰しております陛下」

冷や汗をかきながらエレーナは頭を下げた。

「エレーナ、また怪我をしたのかい?」

抱えられたままの娘にデジャブを感じたらしい。ルドウィッグの顔は青くなっていた。

「違くてですね……」
「────父上、私はエレーナを妻にします。異論はないですよね」

「うん、異論はないがつ……妻ぁ?!」

素っ頓狂な声が上がった。音を立てて椅子から立ち、前のめりになっている。

「ようやくなのか。おめでとう我が息子よ」

陛下の切り替えは早かった。

「ありがとうございます」

事情を知らない陛下の側近たちは、読み上げていた書類を持ったまま動かない。

(誰かこの状況を突っ込まないのかしら? 普通に考えておかしいわよね?)

王子がプロポーズして、その相手を抱き抱えたまま政策の議論をしている最中の場所に乱入しているのだ。エレーナとリチャード殿下は場違いでしかない。

しかしリチャード殿下はそんな大人達を無視して、一番奥に座っていた陛下の隣に移動する。

「なら父上、玉璽持ってますよね。ここに押してください」

「分かった」

素直に玉璽を書類に押し付けた。側近達は凝視している。

──いいのかそれで。

彼が何を見せているのか知っていたので、思わずエレーナは頭の中で突っ込んだ。

「次にルイス公爵もここに判とサインを」

「分かりまし……たってこれ!」

どうやらルドウィッグは気がついたようだ。書類を二度見して、リチャード殿下に詰め寄った。

「いいから押してくれ」

説明するのも面倒くさそうに再び押し付ける。

「エレーナはいいのか、これで。こんなあっさり!」

「はい、構いません。私の欄は埋まっていますでしょう?」
「──嫌だと言っても、離さない。レーナはもう私のものだ。他の者に渡さないよ」

重なるようにリチャード殿下は言った。ギュッとエレーナを抱えている腕に力が篭もっていた。

いつも見ている王子殿下との乖離が激しいのか、王の側近達は金魚のように口をパクパクさせ、リチャードを指さしている。まるでリチャード殿下がエレーナを抱き抱えていることを、現実と受け止めたくないようなそんな感じの。

大勢いる場でリチャード殿下から放たれた言葉は、エレーナに恥ずかしさをもたらす。だが、今はそれよりも嬉しさが勝っていた。多分家に帰ったら冷静になって煩悶するだろうけど。

「……エレーナが嬉しいならいいよ。親の幸せは子供が幸せになることだから」

ヴォルデ侯爵から二人をくっつけると聞いていたルドウィッグは、幸せそうに頬を赤らめている愛娘の様子だけで、承諾する理由は十分だった。

ポンっと判が押され、再びリチャード殿下は陛下に提出した。

「──ということですので。今日中に処理してくださいね父上」

「お前のせいで捌かないといけない書類山積みなのだが……そんなに急かすものなのか」

(見ないで押したの?)

ようやく、中身を改め始めた陛下は読み進めるうちに目を開き始め、凝視する。

「優先してくださいよ」

リチャード殿下は笑顔で圧をかけている。

「──陛下、それは一体何なのですか」

ようやく口を聞けるようになった側近のひとりが尋ねた。

「ああ、婚約証明書」

さらりと告げた陛下は他の者に見えるよう書類の向きを変える。

「だれ……の?」

「エレーナ嬢のだが? そうだよな」

陛下はエレーナの方を見た。

「はい私のです」

頷くと大人達の視線が集まる。

「いや、そうではなくて……御相手の方は」

こめかみを押さえながら側近は促した。ルドウィッグ以外は聞きたくないとばかりに、耳を一斉に塞ごうとしたのだが、陛下の言葉の方が少し早かった。

「我が息子だが? めでたいだろ。それが何だ?」

陛下はにこやかに立ち上がって、質問した者の前に婚約証明書を置いた。

「──嘘だ」

全身がプルプル震えている。周りもその書類を覗き込む。しまいには頭を抱え、へたり込む者も出てきた。

「嘘じゃない。そなたたちも息子を早く結婚させろと散々苦言を呈していただろ」

何を今更と陛下は口を尖らせた。

「国のことを考えれば嬉しいですよ! 嬉しいですが!!! ただでさえ今は辺境伯の埋め合わせとルルクレッツェとの交渉で忙しいのです。タイミングを考えて下さいっ!」

「そんなことをしていたら来年になってしまう。私は待てない」

笑顔でリチャードは跳ね返した。その反応に王の側近は頭を搔く。

「──何故親子共々同じように婚約するんだ! 過労死させたいのか?!」

室内に呻き声が響き渡った。
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