王子殿下の慕う人

夕香里

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リリアンネ・ギャロットという人物

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「殿……下……ですか? リチャード殿下!」

一気に輝きを取り戻した瞳が、これでもかと大きく開かれる。それは不気味で、おぞましい。
リリアンネは薄暗い端の方にいたが、足についた重い金属の枷を引きづりつつ、格子の間から手を出そうとした。

「無礼者!」

その手がリチャードに届くよりも早く、メイリーンが剣の柄で容赦なくたたき落とす。

「痛いです。なんで邪魔するのですか?」

赤くなった右手の甲を左手で包みながらキッと睨みつける。

「──当たり前でしょう」

続けて何か言いたげなメイリーンをリチャードは制した。

「そもそも……ええっと……確かメイリーン・クロフォードさま? なんでここに?」

ようやくそこにいると認識したかのようなリリアンネに名前を呼ばれたメイリーンは、口を引き結び、一歩後ろに下がる。

頬に手を当てながら何やら考えた彼女は、頭の中の貴族名鑑を捲ったらしい。そんなことをしなくても髪色を見れば一発だとリチャードは思う。

今のメイリーンの髪色は黒ではなく、本来の白銀だ。暗い地下ではよりいっそう目立っている。

「──私の部下だからだ」

「そうなのですね。まあどうでもいいです。殿下」

一瞬にして興味を失ったようで、リリアンネはリチャードに振り向く。

「なんだ」

メイリーンは知らないだろうが、リチャードは彼女の性格をよく知っていたので、これから始まるであろうことを想像し、既に疲れを感じていた。

「いつになったらここから出していただけるのですか?」

唖然とする部下を横目に見ながら、ほら来たとリチャードは思う。

「出すわけないだろう」

「そんな! ではどうやってそちらに行けば?」

うるうると瞳を潤ませるのが白々しい。
メイリーンは彼女のことが理解できないらしく、太腿にあるだろう暗器を取り出そうとして……いや、鎌を持ってこようとしている。

「リリアンネ、君は罪人。人身売買への加担とエレーナ・ルイスの誘拐罪だ」

分かっているのかと問えば、彼女は首を傾げるばかり。

「人身売買……? ああ、お父様が連れてきた子供や女達のことで?」

「そうだ。どこに連れていった」

「知りませんわ。興味ありませんもの」

さらりと答えたリリアンネは心底どうでもいいように、足に付けられた枷を弄った。

「……殿下」

拷問に掛けようかと言いたいのだろう。

「いい、確認したかっただけだ。大方の場所は割れているし、今回連れ去られた者達は全員保護している。元々リリアンネから聞き出せるとは思ってない」

リチャードは椅子から立ち上がり、牢の中で座り込んでいるリリアンネと同じ目線になるよう腰を低くする。

「──リリアンネ・ギャロット、エレーナ・ルイスの誘拐を指示したのは貴方だな」

「……? ああ、あの子のことですか? 誘拐したのは私ではありませんわ」

心外だとばかりに口元に手を当ててリリアンネは笑った。

「では誰がしたと言うのだ」

押し問答が続く予感がする。覚悟はしていたが、めんどくさい。

「ええっと木箱に詰めたのは我が家の近侍で、そこから牢まで運んだのはあちらの国の大男です」

「命令したのは貴方だろう」

頭が痛くなってくる。こめかみを押さえた。

「命令? ではありません。私は『一緒に、エレーナさまを誰か屋敷に連れていって』と言っただけです」

無垢な瞳は本当にそう思っているかのように透明で。悪気が全く見えない。自分のしでかしたことを理解していない。

(お前のせいでレーナは一時生死の境目を彷徨う羽目になってしまったんだ)

睨みつけても、リチャードの向ける視線は全て優しい物に変換させているのか、リリアンネはうっとりとしている。

前々から思っていたが、この女は頭が壊れている。気持ち悪い。ジェニファー王女とは違う意味で関わりたくない相手だ。

「それが命令なんだよ。もういい埒が明かない」

(こいつに時間を使うだけ無駄だ。話が通じない)

立ち上がったリチャードは苛立ちながら、懐をさぐった。

最初、剣ですっぱり切ってしまおうかと考えたがすぐに終わらせたくない。じっくり苦しませながらあの世に送る。

「リリアンネ、あげるよ」

めいいっぱい優しく言い、液体の入った小瓶を彼女に向かって投げた。 振られたことによって緋色から毒々しい紫に変化する。今のリチャードの心情と同じだ。

「これ……わ?」

地面に落とすことなく、小瓶を手の中に収めたリリアンネは不思議そうに首を傾げる。

「ルルクレッツェで造られた無臭の果実水だよ。ジェニファー王女から頂いたんだ。感想が知りたいからここで飲んでくれ」

「──勿論ですわ!」

考えることもなく、リリアンネは中身を飲んだ。

「……ここまで馬鹿なのですか?」
「元からだ。なのに他の令嬢たちには姑息な真似をする。どうしたら他の者に気が付かれず、普通に生活できるのか甚だ不思議だ」

小声で尋ねてきたメイリーンにリチャードは答えた。

「事切れるまで見張っていて。終わったら私のところまで来るように」

「了解です」

ジェニファー王女が弟のために作ったお手製の毒の副産物。彼女が考える素晴らしい毒は、服用した相手を、どれだけ苦しませて殺せるかで決まる。

だから即効性ではない。段々喉がヒリつき、掻きむしりたくなり、吐き気と涙が止まらなくなる。最終的には全身が虫に刺されたように痒く、血みどろになるとジェニファー王女は言っていた。

そんな醜態を見たいわけではないし、もう一人会わねばならない人物がいる。

毒が効いてきたのか金切り声が地下を包む。リチャードは気にもとめず、もっと奥深くの牢に向かう。

リリアンネが入っている牢よりも頑丈な造りで足は勿論、腕も枷が付けられ、後ろで拘束されている。髪はくたびれ、所々に新しい痣があった。

「気分はどうだ。反逆人め」

「…………」

「何も話さないのか」

「すみません」

憔悴しきっている男はギャロット元辺境伯だった。その変わりようにリチャードは少しだけ驚く。

尋問をした騎士によると黙秘を続けているという元辺境伯。

鍵を開けて中に入る。

「自供してもしなくても、悪事は全て分かっているから無駄だ」

本来ならば断頭台での処刑。今回は隣国を巻き込むものであり、貴族には箝口令を敷き、民には秘密裏に処分することで議会は一致した。

「…………」

元からリリアンネと違って話すつもりはなかった。愛剣を、真上にあげて勢いよく振り落とす。

「さようなら元辺境伯」

次の瞬間には辺り一面赤で染まり、リチャードは自分の頬を、手袋を着けた手で無造作に拭った。
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