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地下(2)
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クスクスと軽く笑いながらリチャードの側までやって来たジェニファー王女は王子を指す。
『もう少し待ってくれるかしら? 姉としてお願いするわ。直ぐにだと可哀想じゃない。せっかく彼らも一生懸命計画して頑張ったのに』
『……思ってもないことを』
『いやよ。ほんのすこーし砂糖の1粒くらいだけならあるわ』
人差し指と親指で示す。だがふたつの指の隙間は見えないほどだ。
『それは無いと言うことじゃないのか』
剣を下ろさず、リチャードは問う。
『まさか! わたくしの家族よ? 情はあるわよ』
言いつつ目が笑ってない。
『あ、姉上……』
王子は怯えていた。リチャードはそれを無視して、ジェニファー王女との会話を続ける。
『なら殺さないで最初の約束通り連れ帰りますか?』
『面倒くさくなるからしない。ここで終わらせる。でも、』
取り出した扇を慣れた手つきで剣と同じように王子の首筋に当てた。
『──まだよ。だってわたくしの可愛い弟だもの。ここまでわたくしを困らせた罰をじっくり考えなくては』
楽しそうにジェニファーはここに似合わない笑みを浮かべ、王子の頬を手で覆う。
『こっこれを考えたのは僕じゃない! 姉上を攫おうなんてごっ誤解だよ!』
先程までふんぞり返って威張り散らしていた王子を見ているだけに、アーネストとメイリーンが彼に向ける視線は冷ややかだ。
指一本くらい、どさくさに紛れて切り落としておけばよかったとメイリーンは考え始めていた。
『それはダメでしょう? エイディ、卑怯よ。この件だけじゃない。他にも何度貴方に毒を盛られたことか……朝食の白パンに含まれてた際は、わたくしの飼っていた小鳥が死んだわ』
いつの間にかこの場はジェニファー王女の独壇場になっていた。彼女は悲しそうに涙をためるが、瞳の奥は感情が失われている。
『わたくしも貴方にプレゼントしようかと思ったの。貴方はわたくしにたくさんのプレゼントをくれたわ。だからお返しにって』
クイッと右手でジェスチャーをして、ルヴァを呼ぶ。彼女は持っていた小瓶をジェニファー王女に手渡した。
『スタンレーに来てからわたくしが作ったとっても綺麗な毒よ』
どう? とまるで宝石のように毒の入った瓶を周りに見せた。
そして蓋を開けて振りながら、王子の口元に持ってくる。王子は液体を飲み込まないよう、固く口を閉ざす。しかし片手が空いていたジェニファー王女は無理やりこじ開けた。
ジェニファー王女の手入れされた爪が皮膚にくい込み、王子の顔から血が流れる。
『手が滑ったら口に入っちゃうわねぇ。ふふっ可愛い可愛いわたくしの弟。今日までとっても楽しかったわ。貴方とのゲームが終わってしまうのが悲しい』
そう言って小瓶を傾ける。
『いっいっや! やっやめて。悲しいと思うのならゆっ許してくださいお願いですから』
『────なぜ?』
小瓶と王子の顔にくい込んでいた手が離れる。
パリンと瓶が砕ける音がして中身が地面を濡らし、瞬く間に蒸発した。
『え、だっだって。僕が死んだら悲しいのでしょう?』
死という恐怖から僅かながら離れ、焦った王子はジェニファー王女との距離を詰めようとした。しかし腕は後ろの格子に手錠で付けられているため、無情な金属音が鳴っただけで終わる。
『首謀者は貴方でしょう? これまでわたくしの命を狙ってきていたのも貴方。面白い、楽しい、悲しいと思っても、許す余地はないわよ。だって、そうしないとわたくしが殺されるもの』
誰も何も言わない。王女が一歩、足を動かすと瓶の破片が細かく砕ける音がした。
『父上が許すはずがない! 僕が王位を継ぐ方がいいに決まってる! ハーヴィンもそう言っていた!』
ジェニファー王女のペースに飲み込まれていた王子は、ようやく我に返ったようだ。生意気なことを言い出し、唾を吐いた。
『ふふふっあはは! どーしたらそんな思考回路になるのよ。ほんとに馬鹿で、愚かで、そんな所がとっても可愛いわねエイディ』
お腹を抱えてジェニファー王女は笑ったが、次の瞬間には豹変した。
扇で強引に王子の顔を上にあげさせ、ジェニファー王女が彼を見下ろす形になる。そして心底興味が無いと言わんばかりの声色で王子の耳元に一言、囁いたのだ。
『──だから一番最初に潰そうと思ったのだったわ』と
『もう少し待ってくれるかしら? 姉としてお願いするわ。直ぐにだと可哀想じゃない。せっかく彼らも一生懸命計画して頑張ったのに』
『……思ってもないことを』
『いやよ。ほんのすこーし砂糖の1粒くらいだけならあるわ』
人差し指と親指で示す。だがふたつの指の隙間は見えないほどだ。
『それは無いと言うことじゃないのか』
剣を下ろさず、リチャードは問う。
『まさか! わたくしの家族よ? 情はあるわよ』
言いつつ目が笑ってない。
『あ、姉上……』
王子は怯えていた。リチャードはそれを無視して、ジェニファー王女との会話を続ける。
『なら殺さないで最初の約束通り連れ帰りますか?』
『面倒くさくなるからしない。ここで終わらせる。でも、』
取り出した扇を慣れた手つきで剣と同じように王子の首筋に当てた。
『──まだよ。だってわたくしの可愛い弟だもの。ここまでわたくしを困らせた罰をじっくり考えなくては』
楽しそうにジェニファーはここに似合わない笑みを浮かべ、王子の頬を手で覆う。
『こっこれを考えたのは僕じゃない! 姉上を攫おうなんてごっ誤解だよ!』
先程までふんぞり返って威張り散らしていた王子を見ているだけに、アーネストとメイリーンが彼に向ける視線は冷ややかだ。
指一本くらい、どさくさに紛れて切り落としておけばよかったとメイリーンは考え始めていた。
『それはダメでしょう? エイディ、卑怯よ。この件だけじゃない。他にも何度貴方に毒を盛られたことか……朝食の白パンに含まれてた際は、わたくしの飼っていた小鳥が死んだわ』
いつの間にかこの場はジェニファー王女の独壇場になっていた。彼女は悲しそうに涙をためるが、瞳の奥は感情が失われている。
『わたくしも貴方にプレゼントしようかと思ったの。貴方はわたくしにたくさんのプレゼントをくれたわ。だからお返しにって』
クイッと右手でジェスチャーをして、ルヴァを呼ぶ。彼女は持っていた小瓶をジェニファー王女に手渡した。
『スタンレーに来てからわたくしが作ったとっても綺麗な毒よ』
どう? とまるで宝石のように毒の入った瓶を周りに見せた。
そして蓋を開けて振りながら、王子の口元に持ってくる。王子は液体を飲み込まないよう、固く口を閉ざす。しかし片手が空いていたジェニファー王女は無理やりこじ開けた。
ジェニファー王女の手入れされた爪が皮膚にくい込み、王子の顔から血が流れる。
『手が滑ったら口に入っちゃうわねぇ。ふふっ可愛い可愛いわたくしの弟。今日までとっても楽しかったわ。貴方とのゲームが終わってしまうのが悲しい』
そう言って小瓶を傾ける。
『いっいっや! やっやめて。悲しいと思うのならゆっ許してくださいお願いですから』
『────なぜ?』
小瓶と王子の顔にくい込んでいた手が離れる。
パリンと瓶が砕ける音がして中身が地面を濡らし、瞬く間に蒸発した。
『え、だっだって。僕が死んだら悲しいのでしょう?』
死という恐怖から僅かながら離れ、焦った王子はジェニファー王女との距離を詰めようとした。しかし腕は後ろの格子に手錠で付けられているため、無情な金属音が鳴っただけで終わる。
『首謀者は貴方でしょう? これまでわたくしの命を狙ってきていたのも貴方。面白い、楽しい、悲しいと思っても、許す余地はないわよ。だって、そうしないとわたくしが殺されるもの』
誰も何も言わない。王女が一歩、足を動かすと瓶の破片が細かく砕ける音がした。
『父上が許すはずがない! 僕が王位を継ぐ方がいいに決まってる! ハーヴィンもそう言っていた!』
ジェニファー王女のペースに飲み込まれていた王子は、ようやく我に返ったようだ。生意気なことを言い出し、唾を吐いた。
『ふふふっあはは! どーしたらそんな思考回路になるのよ。ほんとに馬鹿で、愚かで、そんな所がとっても可愛いわねエイディ』
お腹を抱えてジェニファー王女は笑ったが、次の瞬間には豹変した。
扇で強引に王子の顔を上にあげさせ、ジェニファー王女が彼を見下ろす形になる。そして心底興味が無いと言わんばかりの声色で王子の耳元に一言、囁いたのだ。
『──だから一番最初に潰そうと思ったのだったわ』と
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