王子殿下の慕う人

夕香里

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地下(1)

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「──最初からあの薬を出してくれればいいものの」

「無理ね。効果が強い治療薬は時に毒に成り変わる。生死の境目では死を早めるだけ。目が覚めているのは大前提。体調が安定しないとあれは使えないのよ」

帰り道、馬車の中で2人は言葉を交えていた。ジェニファー王女の隣には微動だにしないルヴァが座っている。

「そもそもあの薬は年に2本しか作れないのを分かってらして?」

「それがどうしました? 貴女から提供すると言ったでしょうに。これで貸しを無くすつもりはないからご覚悟をジェニファー王女」

外向けの笑みを貼り付け、早口にまくしたてれば、ジェニファー王女は観念したかのように息を吐いた。

「分かっているわよ。貴方の大切な人は巻き込まない約束だったのに大怪我までさせてしまったもの。わたくしの懐からの無償よ。あと……」

持っていた別の小瓶をリチャードに投げて寄こした。

「何だこれ」

小瓶を左右に揺らせば、中身の色が変化する。

「弟用に作っていた時にできた副産物。使う相手いないから、研究室を貸してもらったお礼にあげるわ」

ジェニファー王女は手の中にあるもう一つの小瓶を振る。

「なるほど。ルルクレッツェの王族はその手の物が得意だと聞いたことはあったが……」

紫水色になっていたのを再び振れば、今度は緋色に変わる。
何に使うのか見当が付いたリチャードは小瓶を懐にしまった。

そこでふと思う。

「──第一王子も作るのか?」

リチャードが想定していたよりもあっさりと提供された治療薬。もしそれが、ルルクレッツェとして王子の尻拭い分が含まれているとするならば。

ジェニファー王女は一瞬リチャードと視線を合わせた。

「王族に産まれた者は習うわ。さあ、後は可愛い可愛い弟に対する仕上げね」

曖昧な返答だったが、大方リチャードの考えた推測であっているのだろう。

窓の外の王城を見つめるジェニファー王女と対象に、リチャードは溜息をつきたかった。

「ルルクレッツェではなくていいのか」

「まあ、貴方最初、ルヴァから承諾されていたからってわたくしの意見を聞く前に、その場で殺ろうとしていたくせに?」

「わたくしが来なかったらどうなっていたかしら」とジェニファー王女は扇で口元を隠しながら言う。ピリッと張り詰めた空気になり、名前を出されたルヴァは口を挟むこともなく、瞳を閉じて座っていた。


◆◆◆


ミュリエルから部屋を追い出され、書類全てを捌きながら報告を待っていたリチャード。アーネストからルルクレッツェの第一王子とその臣下、加えてギャロット辺境伯を捕まえたことを知らされた。

(絶対に殺してやる)

そして彼女の視界には一生入れさせない。

罪人が収容された地下に着くと全身返り血を浴びているメイリーンが、鎌を持ったまま立っていたが、声を掛けずに通り抜けた。

『貴様、死ぬ覚悟は出来ているな』

『ひっ』

腰に携えていた剣を抜いて、首筋に当てる。
力加減を誤り、ツーっと赤い液体が首から流れ始めた。

リチャードが剣を向けた対象──ルルクレッツェの第一王子はそれだけで涙をこぼした。

『殿下、さすがに何も聞かずに殺るのはどうかと……』

命を投げ出す覚悟で苦言を呈したのは側近のギルベルトだった。

『殺してもいいとルヴァからは許可をもらったが?』

感情が抜け落ちたかのような声でリチャードは言う。

『言われましたが、捕まえたのだからいつでも殺せますよ! もう少し待ってください』

ギルベルトは殺すことに対しては否定しない。ここで殺そうがあちらで殺そうが、結局最後は死ぬ運命だと決まっているのだ。この馬鹿王子は。

『──こんばんは。皆さんお疲れのようで。わたくしだけのんびりしていたのが申し訳ないわ』

この場に似合わない華やかな声が頭上から降ってくる。一同が振り向くと階段を下りてきたのは本物のジェニファー王女。ヴェールも付けず、ルヴァを付き添えている彼女の服装は質素だった。

アーネストとメイリーンが頭を下げながら道を譲る。

(今、真夜中のはずなのだが)

既に日付は回り、普通の王女であれば寝ている時間。知らせか何かが行かない限り、起きてこないはずだ。

「私がお知らせ致しました。殿下、そのまま殺しそうな勢いだったので」

リチャードの不機嫌さに耐えかねて、ギルベルトは自ら白状したのだった。
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