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訪ねてきた人
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「わたくしのせいでごめんなさい」
頭を低くして謝罪をしたのは正真正銘本物のジェニファー・ルルクレッツェ王女殿下だった。
「そんなっ頭を上げてください」
なぜこのような状況になっているのかというと、ジェニファー王女がルヴァ以外のお供もなしに公爵邸に現れたのだ。もちろん先触れはなしで。
なんでこう最近、突然要人がエレーナの前に現れるのだろうか。そろそろ心臓が持たない。
一応国賓であるからなのか、リチャード殿下が着いて来ていたが、ルイス家の面々はてんやわんやだ。
お母様もお父様もエルドレッドもいなかったのでエレーナしか指示を出せる人がいない。しかし病人扱いで、傷がまだ癒えないエレーナは一人で動くことを禁止されている。迎えのためにエントランスまで行けず、完璧にもてなすこともできない。
リチャード殿下でさえギリギリの黒に近いグレーだ。それなのに他国の王女が、一介の公爵令嬢の見舞いに来るなんて他の貴族が聞いたら嫉妬で何を言われるか……。
考えただけで頭が痛くなる。
最初、デュークは無礼を承知でお断りを入れようしたらしい。すると困ったことに、ジェニファー王女は見舞いができるまで帰らないと言う始末。
リチャード殿下もジェニファー王女を説得しようとはしなかった。何ならジェニファー王女の味方をし始めた。
結局困ったデュークはエレーナに事情を説明して判断を仰ぎ、エレーナは頭を抱えながらジェニファー王女を自室に招くことにした。
リリアンに手伝ってもらい、ネグリジェから傷に触らない袖が短い服に着替え、上に軽く羽織る。
そしてこのような形では初対面のジェニファー王女と対面した。すると彼女はエレーナの部屋に入って開口一番に、謝罪を口にして頭を下げたのだ。
リチャード殿下は外に出ていると言い、エレーナはリリアンを除けばジェニファー王女と2人っきりになってしまった。
「そうは言っても貴女は巻き込まれるはずではなかったのよ。狩猟大会を指定したのはわたくしのせいなのだから。責任はこちらにある」
申し訳ないと、再びジェニファー王女は頭を下げた。
「かっ顔をお上げください。私こそ計画? の邪魔をしてしまったようで!」
居た堪れなく、怪我をしているのも忘れ、1歩大きく足を踏み出せばよろめいた。
「お嬢様! 大丈夫ですか……?」
咄嗟にリリアンがエレーナの身体を支え、倒れることは免れる。
「大丈夫……ありがとう。一人で動くのはまだ駄目ね」
血が足りてないのか、貧血気味の身体。立とうとすれば足が痛み、歩くのはまだそんなにできない。
「貴女座りなさい。わたくしの前だからと立っていなくていいのよ」
「すみません。お言葉に甘えさせていただきます。ジェニファー王女もそこの椅子にどうぞおかけ下さいませ」
促せばこちらを心配そうに見つつ、王女も座った。
「今回の件はこちらの国に負担を強いたばかりでなく、一人の、無関係である貴女までも危険に晒してしまった」
ギュッと拳を握り、俯きながら彼女は言った。
その間にリリアンが暖かい紅茶を入れ、2人の前に出す。
「そんなこと……あれはジェニファー王女のせいではないかと」
2日前、当たり前のように2度目の見舞いに来た殿下。エレーナに事件の詳細を話したくないのか、最初は拒んだ。しかし聞く権利があるからとエレーナはあの手この手を使ってせがみ、話してもらったのだ。
仕返しとばかりのその後の態度はエレーナを困らせたが。
「いいえ。わたくしがもっと別のプランを立てればよかったのよ。違うところでぶっころ──」
「そこまでだ」
いつの間に入ってきたのだろうか。リチャード殿下は素早くジェニファー王女の口を封じた。
「…………そういうこと?」
全てを悟ったジェニファーはリチャードを見上げる。
「耳に入れないよう周りも閉ざしている。それに一部、箝口令が敷かれている」
「先に言って欲しいわ」
「説明する前にここに特攻した人が何を言う」
「仲が、よろしいのですね」
小声で顔を近づけて話している。リチャード殿下が側近達以外とそのような感じなのは珍しい。
ジェニファー王女はキョトンとした後、何かを思案するように顎に指をあてた。
「仕事上で付き合うならば理解しやすくて好ましい……かもしれないわね。わたくしの意図、何も言わなくても分かっていただける殿方は少ないの」
「好ましく思わないでいい。もうこちら側には面倒事を持ち込まないでいただきたいから。私は貴女が嫌いだ」
2人が言ったことは真反対だ。リチャード殿下に至っては不機嫌さを隠そうともしていなかった。
「付き合いは続くのだから嫌われたくはないわね。とりあえずエレーナ様が元気そうで安心したわ。罪滅ぼしにはならないけれど良かったらこれを使って」
テーブルの上に置かれたのは星屑をつめたような透明な液体の小瓶。蜂蜜のようにトロリとしている。
「跡が残った傷が跡形もなく癒えるわ。左腕、残ってしまったのでしょう?」
目線がそちらに向いて、エレーナは思わず腕を庇った。
そんな中、一番目を輝かせたのはリリアンだった。
「すっすみません発言しても?」
「構わないわ」
「これって、1か月前とかの傷も治りますか?」
「治るわ。それがどうか?」
どうしてそんなことを聞いてくるのか分からないのだろう。だが、当事者のエレーナはリリアンが言いたいことがわかってしまった。
「私のせいでお嬢様は1か月前にも屋敷で花──」
「ストップストーップ!」
「キャッ」
立ち上がれないので彼女の裾を引っ張りソファーに落とす。
「言わないで。絶対に駄目よ。誤魔化して」
この場にはリチャード殿下もいる。彼はエレーナが怪我をしたことは知っているが、その理由は知らないのだ。このままだとボロが出てバレる可能性がある。
必死の形相のエレーナを見て、リリアンはこくこくと頷いた。
頭を低くして謝罪をしたのは正真正銘本物のジェニファー・ルルクレッツェ王女殿下だった。
「そんなっ頭を上げてください」
なぜこのような状況になっているのかというと、ジェニファー王女がルヴァ以外のお供もなしに公爵邸に現れたのだ。もちろん先触れはなしで。
なんでこう最近、突然要人がエレーナの前に現れるのだろうか。そろそろ心臓が持たない。
一応国賓であるからなのか、リチャード殿下が着いて来ていたが、ルイス家の面々はてんやわんやだ。
お母様もお父様もエルドレッドもいなかったのでエレーナしか指示を出せる人がいない。しかし病人扱いで、傷がまだ癒えないエレーナは一人で動くことを禁止されている。迎えのためにエントランスまで行けず、完璧にもてなすこともできない。
リチャード殿下でさえギリギリの黒に近いグレーだ。それなのに他国の王女が、一介の公爵令嬢の見舞いに来るなんて他の貴族が聞いたら嫉妬で何を言われるか……。
考えただけで頭が痛くなる。
最初、デュークは無礼を承知でお断りを入れようしたらしい。すると困ったことに、ジェニファー王女は見舞いができるまで帰らないと言う始末。
リチャード殿下もジェニファー王女を説得しようとはしなかった。何ならジェニファー王女の味方をし始めた。
結局困ったデュークはエレーナに事情を説明して判断を仰ぎ、エレーナは頭を抱えながらジェニファー王女を自室に招くことにした。
リリアンに手伝ってもらい、ネグリジェから傷に触らない袖が短い服に着替え、上に軽く羽織る。
そしてこのような形では初対面のジェニファー王女と対面した。すると彼女はエレーナの部屋に入って開口一番に、謝罪を口にして頭を下げたのだ。
リチャード殿下は外に出ていると言い、エレーナはリリアンを除けばジェニファー王女と2人っきりになってしまった。
「そうは言っても貴女は巻き込まれるはずではなかったのよ。狩猟大会を指定したのはわたくしのせいなのだから。責任はこちらにある」
申し訳ないと、再びジェニファー王女は頭を下げた。
「かっ顔をお上げください。私こそ計画? の邪魔をしてしまったようで!」
居た堪れなく、怪我をしているのも忘れ、1歩大きく足を踏み出せばよろめいた。
「お嬢様! 大丈夫ですか……?」
咄嗟にリリアンがエレーナの身体を支え、倒れることは免れる。
「大丈夫……ありがとう。一人で動くのはまだ駄目ね」
血が足りてないのか、貧血気味の身体。立とうとすれば足が痛み、歩くのはまだそんなにできない。
「貴女座りなさい。わたくしの前だからと立っていなくていいのよ」
「すみません。お言葉に甘えさせていただきます。ジェニファー王女もそこの椅子にどうぞおかけ下さいませ」
促せばこちらを心配そうに見つつ、王女も座った。
「今回の件はこちらの国に負担を強いたばかりでなく、一人の、無関係である貴女までも危険に晒してしまった」
ギュッと拳を握り、俯きながら彼女は言った。
その間にリリアンが暖かい紅茶を入れ、2人の前に出す。
「そんなこと……あれはジェニファー王女のせいではないかと」
2日前、当たり前のように2度目の見舞いに来た殿下。エレーナに事件の詳細を話したくないのか、最初は拒んだ。しかし聞く権利があるからとエレーナはあの手この手を使ってせがみ、話してもらったのだ。
仕返しとばかりのその後の態度はエレーナを困らせたが。
「いいえ。わたくしがもっと別のプランを立てればよかったのよ。違うところでぶっころ──」
「そこまでだ」
いつの間に入ってきたのだろうか。リチャード殿下は素早くジェニファー王女の口を封じた。
「…………そういうこと?」
全てを悟ったジェニファーはリチャードを見上げる。
「耳に入れないよう周りも閉ざしている。それに一部、箝口令が敷かれている」
「先に言って欲しいわ」
「説明する前にここに特攻した人が何を言う」
「仲が、よろしいのですね」
小声で顔を近づけて話している。リチャード殿下が側近達以外とそのような感じなのは珍しい。
ジェニファー王女はキョトンとした後、何かを思案するように顎に指をあてた。
「仕事上で付き合うならば理解しやすくて好ましい……かもしれないわね。わたくしの意図、何も言わなくても分かっていただける殿方は少ないの」
「好ましく思わないでいい。もうこちら側には面倒事を持ち込まないでいただきたいから。私は貴女が嫌いだ」
2人が言ったことは真反対だ。リチャード殿下に至っては不機嫌さを隠そうともしていなかった。
「付き合いは続くのだから嫌われたくはないわね。とりあえずエレーナ様が元気そうで安心したわ。罪滅ぼしにはならないけれど良かったらこれを使って」
テーブルの上に置かれたのは星屑をつめたような透明な液体の小瓶。蜂蜜のようにトロリとしている。
「跡が残った傷が跡形もなく癒えるわ。左腕、残ってしまったのでしょう?」
目線がそちらに向いて、エレーナは思わず腕を庇った。
そんな中、一番目を輝かせたのはリリアンだった。
「すっすみません発言しても?」
「構わないわ」
「これって、1か月前とかの傷も治りますか?」
「治るわ。それがどうか?」
どうしてそんなことを聞いてくるのか分からないのだろう。だが、当事者のエレーナはリリアンが言いたいことがわかってしまった。
「私のせいでお嬢様は1か月前にも屋敷で花──」
「ストップストーップ!」
「キャッ」
立ち上がれないので彼女の裾を引っ張りソファーに落とす。
「言わないで。絶対に駄目よ。誤魔化して」
この場にはリチャード殿下もいる。彼はエレーナが怪我をしたことは知っているが、その理由は知らないのだ。このままだとボロが出てバレる可能性がある。
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