72 / 150
失態
しおりを挟む「当初の予定の通りヴォルデ侯爵に付く予定だった者は彼を先頭に隊列を組め。私の方はそのまま着いてこい」
騎士たちに命令し、リチャードはまだ下にいたアーネストにだけ付け加える。
「着いたら偽のジェニファー王女を探せ。私はレーナを探す。剣は思う存分振り回していい。居場所は探知できているな? 最速で見つけ出して」
「建物の損害は? 思う存分って手加減なし? あれ使っていい?」
自身が乗ってきた馬車を指さし、アーネストはリチャードに訊ねた。
「──全部ギルベルトがどうにかするし、咎めはしない。何か言ってくる貴族達は押さえつける」
この時のためではないが、こういう場合に備えて力を付けてきたのだ。権力を笠に着るのは好きではない。しかし、ここで使わねばどこで使うんだとリチャードは思っていた。だから思う存分自分の地位と権力を使わせてもらう。
「了解」
アーネストは自分の馬の元へかけて行った。
「殿下」
馬に乗ったギルベルトが入れ替わるようにやってくる。
ギルベルトは出来れば主はここにいて欲しかった。エレーナのことになると時折見境が無くなるが、彼は一応王位継承者。
万が一、主が怪我をしたら元も子もない。
今上陛下と王妃殿下の御子はリチャード殿下しかいない。陛下の妹姫の息子であるアーネストがいるので王家の血筋が途絶えることはないが、直系は1人だけなのだ。
主の身の安全は臣下にとって1番大切なこと。脅かされるのならば本来は止めなければならない。
しかし苦言を呈したところで、こっちがやられるのが目に見えているし、やめてくれるとは思わないので口には出さなかった。
後ろを見れば騎士達がリチャードが出発するのを待っていた。
リチャード達はこの狩猟大会で何が起きるのか知っていた。いや、起こるように仕向けていた。ジェニファー王女をギャロット辺境伯が誘拐するのも、予定であった。だからわざと引っかかったふりをして、わざと眠る騎士を作ったのだ。
天幕を爵位ごとに指定したのもこのためだ。万が一、トラブルが生じた場合自体を把握しやすいように。そして相手方の出方が分かりやすいように。
ジェニファー王女が出席するから今年は特例でと、最もらしい理由で王家がさりげなく介入したのだ。
辺境伯は何も言わず、素直にこちら側の提案を受け入れた。
おかしいとは思っていたのだ。ここ数年で辺境伯は急速に力をつけていた。あの国境沿いはそれほど資源が豊かなわけでも、農作物が育ちやすい場所でもない。おまけに、辺境伯は……今の状況からも見て取れる通り、あまり頭がいいとは思えなかった。
だからリチャードはギャロット辺境伯の周辺を探っていた。国にとって毒になるのであれば容赦なく切り捨てるつもりで。
調べれば調べるほどきな臭い。あらが出てくる。どうやら不正を働いているようだった。
彼らは──身寄りのない子供を連れ去って、奴隷として売っていたのだ。つまり人身売買。
この国では人身売買はとても重い犯罪として扱われている。関わった者は貴族であれ、平民であれ、身分関係なく死罪となることが普通だ。
だからリチャードはギャロット辺境伯を家ごと潰すつもりで動いていた。国や民に害になるのは目に見えている。
ならば必要ない。
要らない。
捨ててしまえ。
領地を没収し、もっと誠実で真面目だが領地を持てなかった者に爵位と共に渡した方が恩を売れるし、国的にも良い。
加えて、前に舞い込んできた面倒事が何の因果か繋がっていた。だから一刀両断するためにこの場を設けたのだった。
なのにエレーナを巻き込んでしまうなんて。
(最後の最後で……あと少しだったのに。こうなるならば、レーナが狩猟大会に参加出来ないよう手を回せばよかった)
リチャードは事前に今日、相手がどう動くか知っていた。紛れ込ませた間者が上手く働いてくれていたのだ。だから……少し油断したのかもしれない。
事前情報通りならば、全員眠らされてジェニファー王女だけが連れ去られるはずだった。眠らされるだけならばエレーナには危害が加わらないと思ったのだ。それが命取りになった。
ギリッと奥歯が擦れて音を立てた。手網を握る手に爪がくい込む。
後悔したところでここには何も無い。エレーナはギャロット家とその後ろにいる者に連れ去られ、一刻の猶予もないのだ。
「──すぐ助けるから。守れなくてごめん」
風を切る音が耳に入る。リチャードはもっと早く走るよう馬を操作した。
171
お気に入りに追加
5,987
あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。


【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ
基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。
わかりませんか?
貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」
伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。
彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。
だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。
フリージアは、首を傾げてみせた。
「私にどうしろと」
「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」
カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。
「貴女はそれで構わないの?」
「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」
カリーナにも婚約者は居る。
想い合っている相手が。
だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる