83 / 150
裏側(1)
しおりを挟む
「ミュリエル王妃が用意周到というか……リチャード殿下が王宮に着く前に既に整えてたらしい。客室の方だと外が騒がしいのと、こちらの方が警備上安全だから」
話を聞く限りもっと前からこの部屋は存在していたようだが、ルドウィッグは言わなかった。
「結局あれは何だったのですか。なぜルルクレッツェの王子が──」
いきなり誘拐され、いきなりメイリーンに暴露され、いきなり殺されそうになった。今もまだ、彼らの声が脳裏で再生されそうになる。
舐め回すような視線を思い出し、無意識に震えると、それに気がついたルドウィッグがエレーナの手を包むように握った。
「大丈夫。全員捕まっているからエレーナが彼らを見ることは一生ない」
(そういうことではないのだけど……)
「メイリーン様は?」
「──無事。ピンピンしている。君を1人にして怪我をさせてしまったことを悔いていた。先に会話ができるようだったら、謝っておいて欲しいと言われた」
ルドウィッグの代わりにリチャードが答えた。
「……良かった。メイリーン様に伝えてください。私が怪我したことに悔やまなくていいと」
自分が彼女の足でまといだったのだ。あの大人数を相手にしていたのに怪我がないメイリーンはエレーナと別次元の人に感じる。
「あと、私──」
一週間眠り続けたからだろう。続けて言葉を発しようとすると激しく咳き込んでしまった。
そんな愛娘を見て、ルドウィッグは背中を優しく摩った。
「エレーナ、また後で話そう。時間は沢山ある。まだ目が覚めたばかりだろう? もう少し休みなさい」
そう言って、ルドウィッグの手が問答無用でエレーナの目の上に覆いかぶさった。エルドレッドもエレーナから離れ、乱れたシーツを整える。
「は……い」
家族が言わなくても、体力を消費していてまだ本調子ではなかったエレーナ。視界が暗くなると眠気が襲い、そのまま再び夢の中に入っていった。
すぅすぅと安らかな寝息を立てながら眠りについた愛娘の頭をルドウィッグは撫でた。
「──殿下、今後このようなことは起こらないようにしてください」
鋭い声でルドウィッグはリチャードに言った。
怒っている訳では無いが、仮にもこの殿下のせいで愛娘が巻き込まれたのだ。口調が強くなってしまうのは許して欲しかった。
あの日、緊急事態だとして終了よりも前に鳴らされた喇叭。天幕まで戻ってくるとそこにはこんこんと眠り続ける妻と大勢の女性達。
困惑とともに家族の元へ戻っていく男性陣が多数だった。もちろんルドウィッグとエルドレットもその中の一人で、慌てて寝かされているヴィオレッタに駆けていった。
「どういうことだ! なぜこんなことになっている! 責任者は」
愛娘を胸に抱きしめ、怒り狂った子爵が声を荒あげる。
「寝返って逃げましたよ」
凛と通った声がその場を収めた。
「クラウス卿どういうことだ」
黒いマントをはためかせながらナイト達──男性陣の前に現れたのは、副団長であるクラウスを筆頭にした黒の騎士団。会場警備をしていたはずの者達だ。
「ギャロット辺境伯は反旗を翻して、ルルクレッツェの第1王子についたんです。ジェニファー王女を連れ去ってね。だからここに主催者はだーれもいません」
心底困った。というふうに肩を竦めて言ったのは、横から現れたコンラッド。
「親族はいますが、彼らはこの件だけに限っては知らないようですしねぇ。まあ知らなくても意味ないんですが」
奥の方で小さくなっている者を射抜きながらコンラッドは言う。
「──ギャロット一族の身柄はこの時をもって拘束されます。抵抗する者は逆賊とみなしますので大人しく捕まってください」
正式な書類を前に掲げる。それは罪状と、一族全員を例外なく拘束し、逮捕するという内容のものだった。
気がつけば騎士たちが周りを囲っている。ギャロット一族の中には逃亡を図るものもいたが、容赦なく騎士によって地面に組み伏せられた。
ルドウィッグは困惑していた。彼とてこの国では中枢の役職に就いている。黒の騎士団がギャロット一族を拘束するのは知っていた。その令状作ったのは王子から命令された自分たちなのだから。
だが、この現状は予想外であった。事前に聞いた話と違うところがある。
「クラウス卿、なぜ妻達がこのような状態になっているのですか! 話が違います!」
ルドウィッグが聞かされていたのは、〝ギャロット一族が人身売買の件で拘束される〟ただそれだけであったのである。
なので辺境伯がいないという状況は想定外であるし、妻が寝ていて、エレーナの姿が見えないのはおかしかった。
「違いません。殿下があえて言わなかっただけなので。クイーンの方々が寝ているのはギャロット辺境伯の仕業です」
すまなそうにしながらもクラウスはキッパリと言った。
話を聞く限りもっと前からこの部屋は存在していたようだが、ルドウィッグは言わなかった。
「結局あれは何だったのですか。なぜルルクレッツェの王子が──」
いきなり誘拐され、いきなりメイリーンに暴露され、いきなり殺されそうになった。今もまだ、彼らの声が脳裏で再生されそうになる。
舐め回すような視線を思い出し、無意識に震えると、それに気がついたルドウィッグがエレーナの手を包むように握った。
「大丈夫。全員捕まっているからエレーナが彼らを見ることは一生ない」
(そういうことではないのだけど……)
「メイリーン様は?」
「──無事。ピンピンしている。君を1人にして怪我をさせてしまったことを悔いていた。先に会話ができるようだったら、謝っておいて欲しいと言われた」
ルドウィッグの代わりにリチャードが答えた。
「……良かった。メイリーン様に伝えてください。私が怪我したことに悔やまなくていいと」
自分が彼女の足でまといだったのだ。あの大人数を相手にしていたのに怪我がないメイリーンはエレーナと別次元の人に感じる。
「あと、私──」
一週間眠り続けたからだろう。続けて言葉を発しようとすると激しく咳き込んでしまった。
そんな愛娘を見て、ルドウィッグは背中を優しく摩った。
「エレーナ、また後で話そう。時間は沢山ある。まだ目が覚めたばかりだろう? もう少し休みなさい」
そう言って、ルドウィッグの手が問答無用でエレーナの目の上に覆いかぶさった。エルドレッドもエレーナから離れ、乱れたシーツを整える。
「は……い」
家族が言わなくても、体力を消費していてまだ本調子ではなかったエレーナ。視界が暗くなると眠気が襲い、そのまま再び夢の中に入っていった。
すぅすぅと安らかな寝息を立てながら眠りについた愛娘の頭をルドウィッグは撫でた。
「──殿下、今後このようなことは起こらないようにしてください」
鋭い声でルドウィッグはリチャードに言った。
怒っている訳では無いが、仮にもこの殿下のせいで愛娘が巻き込まれたのだ。口調が強くなってしまうのは許して欲しかった。
あの日、緊急事態だとして終了よりも前に鳴らされた喇叭。天幕まで戻ってくるとそこにはこんこんと眠り続ける妻と大勢の女性達。
困惑とともに家族の元へ戻っていく男性陣が多数だった。もちろんルドウィッグとエルドレットもその中の一人で、慌てて寝かされているヴィオレッタに駆けていった。
「どういうことだ! なぜこんなことになっている! 責任者は」
愛娘を胸に抱きしめ、怒り狂った子爵が声を荒あげる。
「寝返って逃げましたよ」
凛と通った声がその場を収めた。
「クラウス卿どういうことだ」
黒いマントをはためかせながらナイト達──男性陣の前に現れたのは、副団長であるクラウスを筆頭にした黒の騎士団。会場警備をしていたはずの者達だ。
「ギャロット辺境伯は反旗を翻して、ルルクレッツェの第1王子についたんです。ジェニファー王女を連れ去ってね。だからここに主催者はだーれもいません」
心底困った。というふうに肩を竦めて言ったのは、横から現れたコンラッド。
「親族はいますが、彼らはこの件だけに限っては知らないようですしねぇ。まあ知らなくても意味ないんですが」
奥の方で小さくなっている者を射抜きながらコンラッドは言う。
「──ギャロット一族の身柄はこの時をもって拘束されます。抵抗する者は逆賊とみなしますので大人しく捕まってください」
正式な書類を前に掲げる。それは罪状と、一族全員を例外なく拘束し、逮捕するという内容のものだった。
気がつけば騎士たちが周りを囲っている。ギャロット一族の中には逃亡を図るものもいたが、容赦なく騎士によって地面に組み伏せられた。
ルドウィッグは困惑していた。彼とてこの国では中枢の役職に就いている。黒の騎士団がギャロット一族を拘束するのは知っていた。その令状作ったのは王子から命令された自分たちなのだから。
だが、この現状は予想外であった。事前に聞いた話と違うところがある。
「クラウス卿、なぜ妻達がこのような状態になっているのですか! 話が違います!」
ルドウィッグが聞かされていたのは、〝ギャロット一族が人身売買の件で拘束される〟ただそれだけであったのである。
なので辺境伯がいないという状況は想定外であるし、妻が寝ていて、エレーナの姿が見えないのはおかしかった。
「違いません。殿下があえて言わなかっただけなので。クイーンの方々が寝ているのはギャロット辺境伯の仕業です」
すまなそうにしながらもクラウスはキッパリと言った。
185
お気に入りに追加
5,987
あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。


【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ
基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。
わかりませんか?
貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」
伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。
彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。
だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。
フリージアは、首を傾げてみせた。
「私にどうしろと」
「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」
カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。
「貴女はそれで構わないの?」
「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」
カリーナにも婚約者は居る。
想い合っている相手が。
だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる