王子殿下の慕う人

夕香里

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目を覚ます

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誰かの声がする。怒号や悲鳴、嘆きに憂い。沈んだ声に切迫した声。それはもう様々で、個々に違う感情が宿っている。

瞳を開けて確認したい。そう思っても糊か何かを付けられたのか、瞼は開けられなかった。

大きな音がするが、うるさいとは感じなかった。心地よい微睡みの中にいるようだった。

時折ふわふわと宙に浮く感じがして、それに身を委ねてしまいそうになる。だけど何処からか自分を呼ぶのが聞こえて、見ることの叶わない何かに引っ張られることの繰り返し。

途中から声はあまり聞こえなくなった。ただ地面に足をつくことはなくて、若干浮いている感じ。そのどっちつかずの状態にしびれを切らし始めた頃。ようやく地面に足が着いた感触があった。

そして目を開けられたと思ったら知らない天蓋が見えた。花の模様が描かれている。垂れ下がっている淡紅色のカーテンは、同類色の紅リボンで纏められていた。

気だるく、全身が重い。痛い。さっきまでふわふわしていたのが嘘のようだ。

「ど……こ……」

見覚えがあるようでなかった。ずっと水を飲んでいなかったのか、喉がカラカラに乾いている。

掠れた声が部屋に消えていく。とても静かな空間だ。足音も、声も、ヒューヒューといつもより少し引っかかる自分の呼吸音以外は、聞こえない。

(わたし──)

腕が……動かない。左腕は包帯でぐるぐる巻き。右は──だるさ以外にシーツの下で何かに掴まれているらしかった。

暖かな感触がある。人肌のような。そんな感じの。

ゆっくり顔だけを動かす。

「でん……か……だよ……ね」

見るからにさらりとした金の髪。カーテンの隙間から射し込む陽光に当たって天使の輪ができ、顔はエレーナが横たわるシーツに埋まっている。どうやら寝ているらしい。

しばらくその珍しい姿を目に焼き付ける。リチャード殿下が誰かの前で寝ているなんて見たことがない。よほど疲れていたのだろうか。目の下に隈がある。一か月前に見た時はうっすらだったのに、今はくっきりだ。少しの寝不足では出来ないくらいの。

(殿下がいるということは……王宮かしら)

ようやく周りに目を向けられ、室内の様相を見渡す。エレーナの自室ではない。寝ていた寝台の左には小窓があり、右にある長机には、薬品が入っていると思われる小瓶が何本も置かれていた。

(取り敢えず手を……離さなきゃ)

そう思ったエレーナが握られた手を若干動かした。するとぐっすり寝ていたはずのリチャード殿下が身動ぎをして顔が上がる。

「──ああ、寝てしまっていたのか」

キョロキョロと辺りを見て、目を擦り、空いていた手を支えに立ち上がろうとした。

エレーナは咄嗟にするりと抜けそうだった手に力を込めた。

ハッとした殿下は慌ててシーツをめくり、エレーナを掴んだままになった己の手の先を見る。

そこにあるのは、しっかりとエレーナの意志で捕まえられているリチャード自身の手首。

スローモーションで殿下の目線がこちらに向く。

彼の瞳がエレーナの瞳を射抜き、みるみるうちに見開かれていく。

「レー、ナ」

「はい」

エレーナは弱々しく微笑んだ。

「起きたの?」

「ええ、ついさきほど」

「僕が見えている?」

「はっきりと見えていますよ」

「夢の中かい?」

「私が死んだわけではないのなら、現実ですよ。リチャード殿下」

首を横に傾けながら、もう一度、さっきよりも笑みを深めた。

それでもリチャード殿下は信じられないみたいだ。おそるおそる手が伸びてきて、エレーナの頬を優しく触った。少し擽ったい。

「あったかいね」

「それはそうです。わたし、生きていますから」

殿下の手が滑る。前髪を整えられ、不揃いな髪に触れた。そのまま手がエレーナの後ろに回って、覆い被さるように寝台の中で優しく抱きしめられる。

ふんわりと爽やかな柑橘の匂いが鼻を掠めた。
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