79 / 147
逃げ惑う
しおりを挟む
呼気が荒くなってきた。走るのもそろそろ限界だ。
(よっよし、取り敢えず試さないよりはマシ)
走りながら顔だけは後ろを振り向いた。
「あ! あそこに人狼がいる!」
──子供騙しにもならない。
(こんなのひっかかるはずないわよね)
「え? スタンレーには人狼がいるのか」
エレーナは無駄だと思ったが、彼らには効果抜群だったらしい。一瞬足を止めて周囲を確認している。
思わず呆気にとられてしまう。
(ひっ引っかかるの!? 本に出てくるお決まりの言葉よ?!)
それも一瞬のこと。すぐに騙されたと知り、男達は額に青筋を立てた。
「てめぇ女のくせに騙しやがったな。からかって楽しかぁ?」
「ごっごめんなさいごめんなさい許して……っ!」
涙声になりながら走る。
誰かが放った矢が足を掠め、表面の皮膚がぱっくり切れた。どくどくと生暖かい液体がつたい始める。
後ろを見ると弓を引いているのか、キラリと光るものが見えた。
「ええぇい! 傷つけてもいい、殺してでも、矢にアレを使ってもいいから逃がすな! 放て!」
ビュッと背後で風を切る音がした。ほぼ同時に左腕が熱くなる。矢がエレーナの皮膚を抉ったのだ。
痛みに顔が引きつる。手を添えれば手が赤黒く染った。
これまで事件等に巻き込まれず生きてきたエレーナは、こういう弓や刃物による怪我に慣れていない。無意識に走るスピードを緩め、男達との距離が詰まっていく。
「捕まえたぞ。てめぇほんとに手間を掛けさせやがってよォ」
「いやっ!」
男に髪の毛を掴まれ、引っ張られる。揉み合った末にリボンの結び目が解け、腰ほどまである髪がはらりとかかった。
「暴れんなっ! クソっ」
ガンっと鈍い音がして、視界がチカチカとし、真っ白になる。どうやら生えていた木に頭を強打させられたらしかった。
髪の毛から手はまだ離してくれてくれていない。けれど3人はいたはずの男は1人しか居ない。あとのふたりが来てしまったら本当にエレーナは逃げられなくなってしまう。
(どうしよう……この髪さえなければ……)
上手く回らない頭を無理やり回転させる。傷ついた左腕は何故か燃えるように熱く、火傷したみたいだった。
長い髪は男たちがエレーナを捕まえやすくする物になってしまっていた。結ぶ時間などないので邪魔でしかない。
(……そうだ、これなら隙はつくれる)
1つの案が浮かんだ。躊躇している暇はない。
急にポケットを漁り始めたエレーナを男は不審がる。
「てめぇなにを……」
「私は……あなた達に捕まるわけにはいかないのよ!」
両手で握りしめたモノを振り上げた。鋭い刃は月の光に照らされて鈍く光った。ジャキリと何かを裂く音がする。
金の髪が宙を舞ってあちら側とこちら側、一瞬両者とも視界を奪われる。
先に動いたエレーナは、少しでも足しになるようにおぼつかない手つきで、よろけながら男の手に刃を向けて切りつける。
「いってぇな! なんなんだこの女!」
捕捉から逃れたエレーナは再び転げるように走り出した。ようやく追いついたらしい2人組の男の怒号が耳をつらぬく。
(時間稼ぎにしかならない……どうしよう。もう嫌だ)
体力的にも、体格的にも、見つかった時点で無謀であった。それでも逃げなければ最悪の結果になってしまう。メイリーンが逃がしてくれたのに、彼女の苦労が意味をなくしてしまう。
右髪がちらりと視界に入る。
不自然に切られた己の髪は斜めになっていた。
(多分メイリーンだったら易々と撒いてしまうんだろうな)
こんな髪を切るなんてしなくても、上手く逃げてしまうだろう。
自分自身が不甲斐なくて気分が沈む。
エレーナはできる限り障害物のある場所を走った。そうすることで自分もだが、相手も足を取られると思ったからだ。
「──視界が!」
パッと開けた場所が見えてくる。明るい。
先ほどの男達の言葉からここがスタンレー国内であることは分かったが、詳細な場所は知らなかった。
なので地形に明るくないエレーナは、村か何か人がいる場所に出たのかと思った。そうだとしたら助けを呼べるかもしれない。
期待はすぐに裏切られた。
「うそ……崖なの?」
月明かりが入らない森から、木々が消えたことによって明るくなっていただけだったのだ。
思わずへたりこんだエレーナは崖下を覗く。
高さは……3階建てくらいだろうか。下には草木が生い茂っていて、傍には清流があり、向こう側にはまだ森が続いていた。
「残念だったなぁ」
ジリジリと男たちが近づいてくる。
「刺すわよ! 来ないでっ」
短刀を突き出す。
「お嬢ちゃんに殺せるのか? 弱いくせによぉ」
クスクスと笑われる。完全に舐められていた。
(ああ、なんでこんなことに私は巻き込まれているの? 何かした覚えはないのに!)
ハンカチを拾わなければ。
天幕にいかなければ。
ヴォルデ侯爵に言われたように、1人にならなければ。
全部仮定の話だ。未来なんて誰にも分かりっこない。自分の選択肢がこの結果を招いたのだ。
手が震え、じわりと涙が出て、ギリギリのところまで後ろに後退する。
「泣いたって意味ないさ。ほら、こっちへおいで。痛いことはしないから」
「行くわけないでしょ!」
今もまだ足と腕からは血が伝い落ちていた。走っているうちに傷口が広がったようで、先程よりも多く流れている。
流しすぎたのか、それとも走りすぎて酸素が体に巡ってないのか、ふらふらする。
捕まるより先に、素人のエレーナから見れば出血死しそうな勢いだった。
(どうせ捕まるなら……死ぬしか待っていないなら……)
「嬢ちゃん、刃物を置いてくれよ」
「────いいわ」
持っていた短刀が地面に突き刺さった。両手を上げて立ち上がる。エレーナは一か八かの賭けに出ることにした。
「いい子だ。おいで」
慎重に男達は近づいてくる。
手が差し伸べられる。
エレーナはその手を取ろうと震える己の手を差し出し────
「なーんてね。貴方たちに捕まるくらいならここで死んでやる」
思いっきり叩き落とす。
驚く男達の目の前で、地面を蹴った。
(よっよし、取り敢えず試さないよりはマシ)
走りながら顔だけは後ろを振り向いた。
「あ! あそこに人狼がいる!」
──子供騙しにもならない。
(こんなのひっかかるはずないわよね)
「え? スタンレーには人狼がいるのか」
エレーナは無駄だと思ったが、彼らには効果抜群だったらしい。一瞬足を止めて周囲を確認している。
思わず呆気にとられてしまう。
(ひっ引っかかるの!? 本に出てくるお決まりの言葉よ?!)
それも一瞬のこと。すぐに騙されたと知り、男達は額に青筋を立てた。
「てめぇ女のくせに騙しやがったな。からかって楽しかぁ?」
「ごっごめんなさいごめんなさい許して……っ!」
涙声になりながら走る。
誰かが放った矢が足を掠め、表面の皮膚がぱっくり切れた。どくどくと生暖かい液体がつたい始める。
後ろを見ると弓を引いているのか、キラリと光るものが見えた。
「ええぇい! 傷つけてもいい、殺してでも、矢にアレを使ってもいいから逃がすな! 放て!」
ビュッと背後で風を切る音がした。ほぼ同時に左腕が熱くなる。矢がエレーナの皮膚を抉ったのだ。
痛みに顔が引きつる。手を添えれば手が赤黒く染った。
これまで事件等に巻き込まれず生きてきたエレーナは、こういう弓や刃物による怪我に慣れていない。無意識に走るスピードを緩め、男達との距離が詰まっていく。
「捕まえたぞ。てめぇほんとに手間を掛けさせやがってよォ」
「いやっ!」
男に髪の毛を掴まれ、引っ張られる。揉み合った末にリボンの結び目が解け、腰ほどまである髪がはらりとかかった。
「暴れんなっ! クソっ」
ガンっと鈍い音がして、視界がチカチカとし、真っ白になる。どうやら生えていた木に頭を強打させられたらしかった。
髪の毛から手はまだ離してくれてくれていない。けれど3人はいたはずの男は1人しか居ない。あとのふたりが来てしまったら本当にエレーナは逃げられなくなってしまう。
(どうしよう……この髪さえなければ……)
上手く回らない頭を無理やり回転させる。傷ついた左腕は何故か燃えるように熱く、火傷したみたいだった。
長い髪は男たちがエレーナを捕まえやすくする物になってしまっていた。結ぶ時間などないので邪魔でしかない。
(……そうだ、これなら隙はつくれる)
1つの案が浮かんだ。躊躇している暇はない。
急にポケットを漁り始めたエレーナを男は不審がる。
「てめぇなにを……」
「私は……あなた達に捕まるわけにはいかないのよ!」
両手で握りしめたモノを振り上げた。鋭い刃は月の光に照らされて鈍く光った。ジャキリと何かを裂く音がする。
金の髪が宙を舞ってあちら側とこちら側、一瞬両者とも視界を奪われる。
先に動いたエレーナは、少しでも足しになるようにおぼつかない手つきで、よろけながら男の手に刃を向けて切りつける。
「いってぇな! なんなんだこの女!」
捕捉から逃れたエレーナは再び転げるように走り出した。ようやく追いついたらしい2人組の男の怒号が耳をつらぬく。
(時間稼ぎにしかならない……どうしよう。もう嫌だ)
体力的にも、体格的にも、見つかった時点で無謀であった。それでも逃げなければ最悪の結果になってしまう。メイリーンが逃がしてくれたのに、彼女の苦労が意味をなくしてしまう。
右髪がちらりと視界に入る。
不自然に切られた己の髪は斜めになっていた。
(多分メイリーンだったら易々と撒いてしまうんだろうな)
こんな髪を切るなんてしなくても、上手く逃げてしまうだろう。
自分自身が不甲斐なくて気分が沈む。
エレーナはできる限り障害物のある場所を走った。そうすることで自分もだが、相手も足を取られると思ったからだ。
「──視界が!」
パッと開けた場所が見えてくる。明るい。
先ほどの男達の言葉からここがスタンレー国内であることは分かったが、詳細な場所は知らなかった。
なので地形に明るくないエレーナは、村か何か人がいる場所に出たのかと思った。そうだとしたら助けを呼べるかもしれない。
期待はすぐに裏切られた。
「うそ……崖なの?」
月明かりが入らない森から、木々が消えたことによって明るくなっていただけだったのだ。
思わずへたりこんだエレーナは崖下を覗く。
高さは……3階建てくらいだろうか。下には草木が生い茂っていて、傍には清流があり、向こう側にはまだ森が続いていた。
「残念だったなぁ」
ジリジリと男たちが近づいてくる。
「刺すわよ! 来ないでっ」
短刀を突き出す。
「お嬢ちゃんに殺せるのか? 弱いくせによぉ」
クスクスと笑われる。完全に舐められていた。
(ああ、なんでこんなことに私は巻き込まれているの? 何かした覚えはないのに!)
ハンカチを拾わなければ。
天幕にいかなければ。
ヴォルデ侯爵に言われたように、1人にならなければ。
全部仮定の話だ。未来なんて誰にも分かりっこない。自分の選択肢がこの結果を招いたのだ。
手が震え、じわりと涙が出て、ギリギリのところまで後ろに後退する。
「泣いたって意味ないさ。ほら、こっちへおいで。痛いことはしないから」
「行くわけないでしょ!」
今もまだ足と腕からは血が伝い落ちていた。走っているうちに傷口が広がったようで、先程よりも多く流れている。
流しすぎたのか、それとも走りすぎて酸素が体に巡ってないのか、ふらふらする。
捕まるより先に、素人のエレーナから見れば出血死しそうな勢いだった。
(どうせ捕まるなら……死ぬしか待っていないなら……)
「嬢ちゃん、刃物を置いてくれよ」
「────いいわ」
持っていた短刀が地面に突き刺さった。両手を上げて立ち上がる。エレーナは一か八かの賭けに出ることにした。
「いい子だ。おいで」
慎重に男達は近づいてくる。
手が差し伸べられる。
エレーナはその手を取ろうと震える己の手を差し出し────
「なーんてね。貴方たちに捕まるくらいならここで死んでやる」
思いっきり叩き落とす。
驚く男達の目の前で、地面を蹴った。
51
お気に入りに追加
5,560
あなたにおすすめの小説
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します
大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。
「私あなたみたいな男性好みじゃないの」
「僕から逃げられると思っているの?」
そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。
すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。
これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない!
「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」
嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。
私は命を守るため。
彼は偽物の妻を得るため。
お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。
「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」
アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。
転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!?
ハッピーエンド保証します。
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
眠りから目覚めた王太子は
基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」
ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。
「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」
王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。
しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。
「…?揃いも揃ってどうしたのですか」
王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。
永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。
伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ
基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。
わかりませんか?
貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」
伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。
彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。
だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。
フリージアは、首を傾げてみせた。
「私にどうしろと」
「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」
カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。
「貴女はそれで構わないの?」
「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」
カリーナにも婚約者は居る。
想い合っている相手が。
だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる