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中と外
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「エレーナさま! 行ってください! こっちは見ないで!」
こんな血腥い光景を、表の綺麗な世界でしか生きて来なかったエレーナに、見せられるものではなかった。見たらきっと失神してしまう。それに主に殺される。
メイリーンの言葉を素直に聞いてくれたエレーナはそのまま玄関の扉を開け放ち、外に向かって足を踏み出した。それを見届けてメイリーンは目の前に意識を戻す。
「あなた早く死んでください」
不愉快そうに短刀で首を裂いた。いとも簡単に皮膚は破ける。
ギャァ! とメイリーンに切られた警備の者が悲鳴をあげる。噴水のように噴き上げた赤い液体──返り血を全身に浴びながら、メイリーンは固まっていた次のターゲットに襲いかかった。
「おい誰かこい! 牢屋にいるはずのやつが逃げてるぞ! しかも1人殺られた!」
止まっていた者が動き始め、にわかにエントランスホールは混沌に包まれた。
突然現れたメイリーンから逃げようと一目散に屋敷の奥へと走っていく。
メイリーンはじれったいように2人目に刺した暗器を抜いた。
そして応援を呼ぼうと走っていく背中に刃を投げ、突き刺す。崩れていく3人目を途中で視界から外し、残りの3人を探す。
(……逃げられた。あーあ、めんどくさくなった)
1度深呼吸をして、体勢を整える。早くアーネスト達が来てくれればいいのだが、馬の音はしないし、まだ到着しないだろう。
あの後すぐに主側が行動したとしても、タイムラグができる。
つまり、もう少し自分一人でこの場を切り抜ける必要があった。
(エレーナさまは大丈夫かしら。一人で行かせてしまったけれど……)
不安になったが、この惨状の中にいるよりはまし……なはずだ。
頭の片隅に追いやり、自分が踏みつけている身体を見る。
「殿下から殺すなって言われてないからいいわよね? もう刺しちゃったし、事切れているし」
倒れた3人目の背中に突き刺さった暗器を回収し、手の中で回す。その際に刃に付着した血液が飛ばされていった。
ドタドタと重そうな音が聞こえてきた。あちら側の応援が来たらしい。横目で見れば、「なっなんであいつが! 王女があれをやったのか!?」と驚きと取れる男達の声が、こちらまで聞こえてくる。
彼らの目に映っている王女は、どんな感じなのだろうか。
そして地面に転がっている彼らの仲間を、王女ではなくて他の者が殺ったと思うのか。はたまた王女が偽物だと気が付くのか。
(早くアーネスト来てくれないかしら。ちゃんと私の武器持ってきてくれるわよね?)
今使っている暗器も愛用品だが、やっぱり普段使っている武器の方が手に馴染む。
真っ赤に染まった袖で顔を拭い、メイリーンは腰を低くする。こちらに向かってくる男達に狙いを定め、自分から男たちの中に突っ込んで行った。
◇◇◇
一方、エレーナはメイリーンに言われた通り外に出たところで愕然とした。
(森の中!? どこに行けば……)
鬱蒼とした木々が生えており、地面もでこぼことしている。気を抜けば足を取られてしまいそうだ。
正面には馬車道がある。この道をそのまま行けばどこかにつながっているだろうが、開けているのですぐに見つかってしまうだろう。
(ええっと……どうしよう……とりあえず木々のあいだを…………)
自分の体力では遠くまで行けない。見つかりやすい場所にいたらすぐに追いつかれてしまう。だから出来る限り見つからないように、隠れながら逃げることにした。
音を立てないように慎重に森に足を踏み入れた。屋敷内にいた時はまだ太陽があると思っていたのだが、外は燦然ときらめく月が支配する宵の時間だった。
何かが土にたたきつけられた音がして、地面に目を向ける。しかし、太陽が沈んでいるのと生い茂る木々によって地面は暗く、探し物はできそうにもない。
短刀を落としたのかと思い、ポケットを探る。ひんやりと冷たい感触があった。どうやら短刀ではなかったらしい。
(短刀じゃないなら……大丈夫かしら。落としてもダメなもの持っていないはずだし)
メイリーンが時間を稼いでいる間に、とにかく逃げなければ。エレーナは捕まったら足でまといにしかならない。
自分の身分はバレていないようだし、人質にするつもり? も王子達の話からはなさそうだった。普通に手篭めにするだけらしい。それさえも吐き気がすることだが。
だが、身分がバレてしまえばどうなるだろう。人質として良いように使われてしまう可能性が高くなる。それに捕まったら自分の人生の終わりだ。
慎重に茂みをかき分け、中に入っていくが、山歩きには慣れていない。加えて足元が暗くておぼつかない。気を付けていたのに靴が枝を踏み折って、音を立ててしまう。
「そこにいるお前、誰だ」
(──見つかるの早くない?)
どうやら外にも見張りがいたようだった。当たり前のことなのに頭の中になかった。
背筋が凍った。怖くて振り向けない。可能性は低いが、引っ掛けだと信じて息を潜めた。
「無駄だ! お前は誰だ大人しく出て来い」
鞘から剣を抜く音がした。このままでは遅かれ早かれ不審者として切られてしまう。
(…………逃げる! 走る! それに尽きるわ!)
考えるより先に足が動いた。
エレーナに戦闘なんてできっこない。大人しく出てこい、なんて言われて出てくるのは絵本の中のポンコツな登場人物のみだ。今どき小さな子でも信用しない。
見つかったなのならば、静かにする必要も消えた。地面に出ている根っこに足を取られながらも全速力で草木をかき分け、奥に入っていく。
(あっ! まずいわ)
木々に引っかかり、メイリーンが頭に被せてくれた布がするりと解けて離れていった。少しだけ差し込む月明かりがエレーナの髪を照らしだす。
「おい、いたぞ! 暇な奴ら来い! 金髪の女だ! 攫った女が逃げている!」
仲間を呼んでいるらしい。
(このままでは直ぐに捕まってしまう……)
今の呼び掛けで、後ろ以外に左右からも人の気配がする。エレーナは徐々に囲まれていることを悟った。
こんな血腥い光景を、表の綺麗な世界でしか生きて来なかったエレーナに、見せられるものではなかった。見たらきっと失神してしまう。それに主に殺される。
メイリーンの言葉を素直に聞いてくれたエレーナはそのまま玄関の扉を開け放ち、外に向かって足を踏み出した。それを見届けてメイリーンは目の前に意識を戻す。
「あなた早く死んでください」
不愉快そうに短刀で首を裂いた。いとも簡単に皮膚は破ける。
ギャァ! とメイリーンに切られた警備の者が悲鳴をあげる。噴水のように噴き上げた赤い液体──返り血を全身に浴びながら、メイリーンは固まっていた次のターゲットに襲いかかった。
「おい誰かこい! 牢屋にいるはずのやつが逃げてるぞ! しかも1人殺られた!」
止まっていた者が動き始め、にわかにエントランスホールは混沌に包まれた。
突然現れたメイリーンから逃げようと一目散に屋敷の奥へと走っていく。
メイリーンはじれったいように2人目に刺した暗器を抜いた。
そして応援を呼ぼうと走っていく背中に刃を投げ、突き刺す。崩れていく3人目を途中で視界から外し、残りの3人を探す。
(……逃げられた。あーあ、めんどくさくなった)
1度深呼吸をして、体勢を整える。早くアーネスト達が来てくれればいいのだが、馬の音はしないし、まだ到着しないだろう。
あの後すぐに主側が行動したとしても、タイムラグができる。
つまり、もう少し自分一人でこの場を切り抜ける必要があった。
(エレーナさまは大丈夫かしら。一人で行かせてしまったけれど……)
不安になったが、この惨状の中にいるよりはまし……なはずだ。
頭の片隅に追いやり、自分が踏みつけている身体を見る。
「殿下から殺すなって言われてないからいいわよね? もう刺しちゃったし、事切れているし」
倒れた3人目の背中に突き刺さった暗器を回収し、手の中で回す。その際に刃に付着した血液が飛ばされていった。
ドタドタと重そうな音が聞こえてきた。あちら側の応援が来たらしい。横目で見れば、「なっなんであいつが! 王女があれをやったのか!?」と驚きと取れる男達の声が、こちらまで聞こえてくる。
彼らの目に映っている王女は、どんな感じなのだろうか。
そして地面に転がっている彼らの仲間を、王女ではなくて他の者が殺ったと思うのか。はたまた王女が偽物だと気が付くのか。
(早くアーネスト来てくれないかしら。ちゃんと私の武器持ってきてくれるわよね?)
今使っている暗器も愛用品だが、やっぱり普段使っている武器の方が手に馴染む。
真っ赤に染まった袖で顔を拭い、メイリーンは腰を低くする。こちらに向かってくる男達に狙いを定め、自分から男たちの中に突っ込んで行った。
◇◇◇
一方、エレーナはメイリーンに言われた通り外に出たところで愕然とした。
(森の中!? どこに行けば……)
鬱蒼とした木々が生えており、地面もでこぼことしている。気を抜けば足を取られてしまいそうだ。
正面には馬車道がある。この道をそのまま行けばどこかにつながっているだろうが、開けているのですぐに見つかってしまうだろう。
(ええっと……どうしよう……とりあえず木々のあいだを…………)
自分の体力では遠くまで行けない。見つかりやすい場所にいたらすぐに追いつかれてしまう。だから出来る限り見つからないように、隠れながら逃げることにした。
音を立てないように慎重に森に足を踏み入れた。屋敷内にいた時はまだ太陽があると思っていたのだが、外は燦然ときらめく月が支配する宵の時間だった。
何かが土にたたきつけられた音がして、地面に目を向ける。しかし、太陽が沈んでいるのと生い茂る木々によって地面は暗く、探し物はできそうにもない。
短刀を落としたのかと思い、ポケットを探る。ひんやりと冷たい感触があった。どうやら短刀ではなかったらしい。
(短刀じゃないなら……大丈夫かしら。落としてもダメなもの持っていないはずだし)
メイリーンが時間を稼いでいる間に、とにかく逃げなければ。エレーナは捕まったら足でまといにしかならない。
自分の身分はバレていないようだし、人質にするつもり? も王子達の話からはなさそうだった。普通に手篭めにするだけらしい。それさえも吐き気がすることだが。
だが、身分がバレてしまえばどうなるだろう。人質として良いように使われてしまう可能性が高くなる。それに捕まったら自分の人生の終わりだ。
慎重に茂みをかき分け、中に入っていくが、山歩きには慣れていない。加えて足元が暗くておぼつかない。気を付けていたのに靴が枝を踏み折って、音を立ててしまう。
「そこにいるお前、誰だ」
(──見つかるの早くない?)
どうやら外にも見張りがいたようだった。当たり前のことなのに頭の中になかった。
背筋が凍った。怖くて振り向けない。可能性は低いが、引っ掛けだと信じて息を潜めた。
「無駄だ! お前は誰だ大人しく出て来い」
鞘から剣を抜く音がした。このままでは遅かれ早かれ不審者として切られてしまう。
(…………逃げる! 走る! それに尽きるわ!)
考えるより先に足が動いた。
エレーナに戦闘なんてできっこない。大人しく出てこい、なんて言われて出てくるのは絵本の中のポンコツな登場人物のみだ。今どき小さな子でも信用しない。
見つかったなのならば、静かにする必要も消えた。地面に出ている根っこに足を取られながらも全速力で草木をかき分け、奥に入っていく。
(あっ! まずいわ)
木々に引っかかり、メイリーンが頭に被せてくれた布がするりと解けて離れていった。少しだけ差し込む月明かりがエレーナの髪を照らしだす。
「おい、いたぞ! 暇な奴ら来い! 金髪の女だ! 攫った女が逃げている!」
仲間を呼んでいるらしい。
(このままでは直ぐに捕まってしまう……)
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