王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
76 / 150

裏にいた者

しおりを挟む
「ご苦労だった」

歳若い男の声がした。その声の持ち主が〝王子〟と呼ばれた人なのだろう。

(状況的にルルクレッツェの王子かしら?)

ジェニファー王女が好きすぎて攫う──なんてそんな発想に至る愚かな王子は近くの国にいない……はず。
それ以外に彼女が攫われるとしたら政敵しかいない。第一王位継承権を有するジェニファー王女の下には王子が2人いるのはエレーナでも知っていた。

(でもなんでこんな簡単にジェニファー王女を…………)

王女よりも王位継承順位が低い者が彼女第一王位継承者を攫った。それさえ分かればエレーナにだって大凡おおよその状況が見えてくる。

『── 計画ではエレーナ様が捕まるはずなかったのですが』

そう言っていたメイリーンの言葉が思い出される。

(メイリーン様はこのことを知っていた? だから入れ替わっていたの?)

だとしても、彼女が──その後ろにいるらしいリチャード殿下が介入する理由が分からない。

エレーナの関わりのないところで何か大きなことが起こっていたようだ。

「これでこいつを殺せば僕が王位に付けるとそう言ったよなハーヴィン、そして──ギャロット辺境伯。貴公もよくやってくれた。全てが終わった暁にはルルクレッツェの公爵位をやろう」

「わたくしめは貴方様にお使いできて恐悦至極でございます」

エレーナから見たらわざとらしいほど、恭しく頭を垂れた男はギャロット辺境伯だった。

(…………馬鹿なの? え? なんでルルクレッツェの王子と手を組んでいるの?)

政治に詳しくないエレーナでさえ思ってしまう。
なんでわざわざ危険を冒してまで他国と手を結んでいるのだろうか。
寝返ろうとしているのだろうか。 

例え全てが上手くいっても、爵位なんて貰えるはずないだろう。口車に乗せられている。

謀反や離反者が現れるのはその国のトップ政治手腕が下手な時。そうエレーナは聞いてきた。スタンレー国は安定した統治をしているし、内戦や民から爆発するほどの不満は出ていない。つまり結構住みやすい国だと思うのだが。

辺境伯だって、それなりの地位にいる。政治の場でもいい位置にいるはず……。反旗を翻すことの利益がない。

さりげなく身体を動かして、王子の方を見る。
王子と言っても、リチャード殿下のような人柄ではないのが一瞬でわかった。

大きな椅子に、足を組んでふんぞり返って座っている。メイリーンに向ける目は嘲りと優越感のようなもの。見ているだけで気分が悪くなりそうだ。

「殿下、すぐに殺しましょう。追っ手が追いかけて来ないうちに」

(殺す? 誰を? 状況的にわたしたち……か……)

ハーヴィンと呼ばれた男が進言する。

「そんな焦るな。ここがバレるはずがない。僕はこいつの悲鳴を聴きながらじっくり殺したい。薬の効き目は残り1時間なのだろう? こいつが起きるまで待つことにする。牢屋に戻しておけ」

そう言った王子は次に舐めまわすようにエレーナを見た。吐き気を催しそうな視線にエレーナは薄目になっていることがバレなよう、瞳を閉じた。

「この令嬢は?」

「名前は存じ上げません。ただ、リリアンネが処理して欲しいと」

「あの女、僕に指図するのか? こーんな女子、殺すには勿体ないじゃないか。そうだジェニファーを殺してからたっぷり可愛がってあげよう。食後のデザートにね」

いいことを思い付いたと言わんばかりに笑った王子は席を立つ。

「僕の妾にするのもいいかなぁ」

(そんなの誰がなるものですか)

近寄ってきた王子の息が顔にかかる。手が伸びて、顎を持ち上げられた。触れられたところから全身に鳥肌が立つ。ぴくりと眉が動いたが、王子は気が付かなかったようだ。

「取り敢えず両方戻しておいて。楽しみ方を考えるから」

エレーナは生娘であるが、彼の言わんとしていることぐらい分かる。

瞳を閉じる前に見えた、どろりとした熱を孕んだ瞳。舐めまわすような視線。肌の触感を確かめるかのような触り方。恐怖から震えそうになる体をを必死に押さえつける。

その後も少しの間彼らは話していたが、エレーナの耳には入ってこなかった。

自分が起きていることが気が付かれないか不安で、地獄のような時間が終わるのを待つ。

ようやく話が終わったらしい。2人分の足音が遠ざかっていく。エレーナは行きと同じように大男に担がれ、元いた牢屋の中に入れられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...