王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
73 / 150

正体(1)

しおりを挟む
「──さま! エレーナさま」

大きく体を揺すられる。

「んっう」

(…………誰? まだ眠いわ)

「起きてください! お願いですから! エレーナさま!」

頭にかかっていた靄が晴れ、鮮明になる音。自分に対する呼び掛けのようだ。

ようやく目を開けるとそこは暗闇の中だった。数度瞬きをすれば段々と暗闇に目が慣れてくる。身体中どこかに打ち付けたようにあちこち痛い。

(なんで……わたし何を……)

横たわっていたらしく、身体を起こす。

どうやら室内にいるようだ。ジメッとした湿気と饐えた臭いに思わず顔を顰めた。すきま風でも入ってきているのか、足は凍りついたかのように冷えていた。

甘ったるい匂いが消えていたので、天幕内ではないらしい。

顔にかかっていた髪が横にずらされる。

「お怪我はございませんか」

はっきりと聞こえた声。
目に入ってきたのはおぼろげに見える人の姿。
白いほっそりとした手が自分の髪を掴んでいた。

「メイリーン様? ────っ!しっ失礼いたしました」

メイリーンの声だったので咄嗟に彼女の名前が口に出た。だが、そこにいるのは艶やかな黒髪を垂らし、ヴェールを被った紛れもないジェニファー王女だった。

薄暗い室内にエレーナの声が反響する。

(なっなんという失態を! 目の前に王女殿下がいるのに寝ているなんて! 穴があったら入りたいわ)

未だ状況が把握出来ていないエレーナはうなだれながら、慌てて距離をとろうとする。しかし後ろは壁であり、頭をしたたかに打ちつけただけだった。
それに何故か両手は前で縄できつく縛られていた。

無理やり動かそうとしたからか、縄が皮膚にくい込んで、転んで擦りむいた時のようにひりつく。

「大きな怪我は……見た感じないようですね。よかったです」

ジェニファー王女のはずなのに、彼女の安堵した声はメイリーンのものだった。ジェニファー王女は喉を痛めて声が出ないはずだ。なのに今はスラスラと話をしているし、こちらの言語で話しかけてきていた。

(どうして? メイリーン様がジェニファー王女なの?)

口をパクパク動かすだけでは声は出ない。エレーナの様子を見て、ジェニファー王女は苦笑した。

一歩後ろに下がり、エレーナと少しだけ距離をとる。

「疑問にお答えしたい所なのですが……今は時間が無いので。あっでもひとつだけ、私はです。ジェニファー王女は王宮にいらっしゃいますのでご安心を。今日狩猟大会にいたのはこの私ですので」

──そんなこと言ってる場合じゃないんですけどね。とジェニファー王女に変装したメイリーンは付け加えた。

「言葉より物的証拠を見せた方が信用して貰えると思うんですが……あいにくですね。髪も瞳もこうなので」

彼女はパサリとヴェール外す。そこに現れたのは見間違えるはずのない黒髪で、ジェニファー王女の髪色だ。
メイリーンは白銀なので真反対。瞳の色も紫水で、栗色ではなかった。

目の見えない者以外は容姿を間違えるはずがない。穏やかに微笑む顔つきはメイリーンに似ているかもしれないが。

「メイリーン様と言ったけれど……仮にそれが本当だとしてその髪は──」

「この日のために染めました。瞳の色も変えました」

頭に乗っていたティアラが石の床に落ちて、カツンっと金属音が響いた。

「リリアンネ様は?」

エレーナの頭はパンク寸前だった。目を開けたら牢屋のような場所にいるし、目の前には変装したらしいメイリーンがいる。意味がわからない。

(私監禁されてない? 牢屋に入れられてるのってそうよね?)

拘置されたことの無いエレーナにとって初めての経験。心得なんてあるはずもなく、自分がまさか牢の中に入るなんて想像をしたこともない。

読んだことのある本で、多少造りと何をされるのかを知っている程度だった。

「あーリリアンネはエレーナさまを私と同じ木箱に入れたのを確認したあと、他の馬車に乗りましたよ」

「木箱……?」

「はい。木箱に私と2人すしづめ状態でした。しかも道が悪い場所を通るからあっちこっちぶつけて……人を人として扱ってくれない外道です」

言いつつメイリーンはエレーナの髪に付着していたらしい木くずを摘んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...