71 / 150
決定事項
しおりを挟む
「アレクサンドラ嬢、外に出てくれないか? 騎士と医師がいるから彼らと共に昏睡状態の者を介抱して欲しい」
「……分かりました失礼致します」
これからの話は、一介の令嬢が聞いてはいけないのだろう。アレクサンドラは頭を下げてこの場を去った。
「──もっと早くに潰しておけば良かったかな」
リチャード殿下の言葉は殺意がこもっている。
ギルベルトは思わず身を竦ませた。リチャード殿下の方を怖くて見れない。ここまで静かに怒っている殿下は見たことがない。
多分後にも先にも今日がいちばん怖いとこの時のギルベルトは思った。
リチャードの手は携えた剣に伸びている。今、失言をしたら問答無用で首をはね飛ばされる。
誰であっても己の身が可愛いので口を挟むものはいなかった。
「そもそも、ことが上手く運ぶよう私達が調整していたからなのに……あんな破綻した計画。成功するわけないだろう。馬鹿か?」
リチャードは思わず無意識に握り潰そうとしていた指輪を、アレクサンドラに返しそびれたことに気がつく。
仕方が無いので内ポケットにしまい、外に出た。
「多分馬鹿なのでしょう。でなければあんなことしでかさないかと……」
ビクビクとしながらギルベルトは口を挟んでしまった。誰に尋ねても満場一致でギャロット辺境伯は馬鹿判定をくらう。
そもそも自分の主の下で実行しようとしている時点で頭が弱い。主が本気で潰しにかかったら砂さえ残らないのに。
「……企てて実行していることだけで愚かなのにまだ泥で上塗りする──逃げられると思うなよ」
凍てついている瞳。その奥に激情があるのをギルベルトは見抜いていた。
──殿下は本気だ。本気で潰そうとしている。これはギャロット家は一族諸共終了のお知らせだ。
自分達の敵ながら、ギルベルトは心の中で合掌してしまいそうだった。
「ルヴァ」
「はい」
どこにいたのか。足音ひとつ立てず、一瞬でジェニファー王女の侍女──ルヴァが現れる。彼女は侍女の服装だが、その手には物騒なものを持っていた。
森の中では気が付かなかったが頬も汚れている。
「なんだそれは」
ルヴァが持っていた刃物から、滴り落ちる赤い液体。周りの視線が集まっていることに気がつき、軽く刃を振れば、ピッと鮮血が飛んだ。
「すみません。リチャード殿下方に伝えに行く際、はぐれたらしい敵勢力に出くわしまして、処理しました。遺体の場所は把握しておりますので後で回収します」
無造作に服の中に隠しながらルヴァは言った。
「それは……」
「私のことは後で詳細に報告いたしますので。殿下、何かあるならば言ってください」
ギルベルトが口を開こうとした所をルヴァは遮った。
「ああ、約束では引渡しだったが……生きていなくてもいい? もしくは無しでも」
「…………こちらの国で処理していただけるのであれば別に大丈夫です。どうぞお構いなく。王女殿下も国王陛下も許可するかと。どうせジェニファー王女は死因をでっち上げるつもりでしたし」
『どこで殺そうがゴミはゴミです。変わることはありません』と、ルヴァは冷たく、吐き出すように付け足した。
凍りついたエメラルドの瞳は地面を汚した鮮血を汚らわしいと言わんばかりに睨みつけている。
ぐりぐりと地面を踵で踏みつけているルヴァをしばらく眺め、リチャードはギルベルトと向かい合った。
「じゃあギルベルト」
「……はい」
「後処理、一体だけだったけど追加で二体もしくはそれ以上に増えてもいい?」
「……どうにかします」
それ以外の応えはできないだろう。ギルベルトだって、どうでもいい、国に不利益な人物のことよりも幼なじみのエレーナの方が大事だ。大切だ。失いたくない。
仕事量が増えるだけでエレーナが戻ってきてくれるのであれば安いものだった。
「一応確認するが、当初の目的は忘れてないよな」
アーネストが口を挟んだ。
「そんなヘマはしない。偽ジェニファー王女とレーナは一緒にいるらしい。彼女が一緒にいる限り安全だと思うが、この時点でイレギュラーだ」
おそらくだが相手にとってもエレーナを攫ったのは計画外だ。リチャードの慕う人を知って、最後に一杯食わせようとしたならば間違いなく成功だが、そんなところまで頭が回る辺境伯ではない。たとえリリアンネが首謀者だとしても、突発的な行動であることは確かだ。
「騎士をふたつに分ける。行くぞ」
自分の愛馬の横に到着し、リチャードは勢いよく馬の背中に乗る。
高くなった視界からは、既に準備を終えて控えていた騎士たちが集まっているのが見えた。
「……分かりました失礼致します」
これからの話は、一介の令嬢が聞いてはいけないのだろう。アレクサンドラは頭を下げてこの場を去った。
「──もっと早くに潰しておけば良かったかな」
リチャード殿下の言葉は殺意がこもっている。
ギルベルトは思わず身を竦ませた。リチャード殿下の方を怖くて見れない。ここまで静かに怒っている殿下は見たことがない。
多分後にも先にも今日がいちばん怖いとこの時のギルベルトは思った。
リチャードの手は携えた剣に伸びている。今、失言をしたら問答無用で首をはね飛ばされる。
誰であっても己の身が可愛いので口を挟むものはいなかった。
「そもそも、ことが上手く運ぶよう私達が調整していたからなのに……あんな破綻した計画。成功するわけないだろう。馬鹿か?」
リチャードは思わず無意識に握り潰そうとしていた指輪を、アレクサンドラに返しそびれたことに気がつく。
仕方が無いので内ポケットにしまい、外に出た。
「多分馬鹿なのでしょう。でなければあんなことしでかさないかと……」
ビクビクとしながらギルベルトは口を挟んでしまった。誰に尋ねても満場一致でギャロット辺境伯は馬鹿判定をくらう。
そもそも自分の主の下で実行しようとしている時点で頭が弱い。主が本気で潰しにかかったら砂さえ残らないのに。
「……企てて実行していることだけで愚かなのにまだ泥で上塗りする──逃げられると思うなよ」
凍てついている瞳。その奥に激情があるのをギルベルトは見抜いていた。
──殿下は本気だ。本気で潰そうとしている。これはギャロット家は一族諸共終了のお知らせだ。
自分達の敵ながら、ギルベルトは心の中で合掌してしまいそうだった。
「ルヴァ」
「はい」
どこにいたのか。足音ひとつ立てず、一瞬でジェニファー王女の侍女──ルヴァが現れる。彼女は侍女の服装だが、その手には物騒なものを持っていた。
森の中では気が付かなかったが頬も汚れている。
「なんだそれは」
ルヴァが持っていた刃物から、滴り落ちる赤い液体。周りの視線が集まっていることに気がつき、軽く刃を振れば、ピッと鮮血が飛んだ。
「すみません。リチャード殿下方に伝えに行く際、はぐれたらしい敵勢力に出くわしまして、処理しました。遺体の場所は把握しておりますので後で回収します」
無造作に服の中に隠しながらルヴァは言った。
「それは……」
「私のことは後で詳細に報告いたしますので。殿下、何かあるならば言ってください」
ギルベルトが口を開こうとした所をルヴァは遮った。
「ああ、約束では引渡しだったが……生きていなくてもいい? もしくは無しでも」
「…………こちらの国で処理していただけるのであれば別に大丈夫です。どうぞお構いなく。王女殿下も国王陛下も許可するかと。どうせジェニファー王女は死因をでっち上げるつもりでしたし」
『どこで殺そうがゴミはゴミです。変わることはありません』と、ルヴァは冷たく、吐き出すように付け足した。
凍りついたエメラルドの瞳は地面を汚した鮮血を汚らわしいと言わんばかりに睨みつけている。
ぐりぐりと地面を踵で踏みつけているルヴァをしばらく眺め、リチャードはギルベルトと向かい合った。
「じゃあギルベルト」
「……はい」
「後処理、一体だけだったけど追加で二体もしくはそれ以上に増えてもいい?」
「……どうにかします」
それ以外の応えはできないだろう。ギルベルトだって、どうでもいい、国に不利益な人物のことよりも幼なじみのエレーナの方が大事だ。大切だ。失いたくない。
仕事量が増えるだけでエレーナが戻ってきてくれるのであれば安いものだった。
「一応確認するが、当初の目的は忘れてないよな」
アーネストが口を挟んだ。
「そんなヘマはしない。偽ジェニファー王女とレーナは一緒にいるらしい。彼女が一緒にいる限り安全だと思うが、この時点でイレギュラーだ」
おそらくだが相手にとってもエレーナを攫ったのは計画外だ。リチャードの慕う人を知って、最後に一杯食わせようとしたならば間違いなく成功だが、そんなところまで頭が回る辺境伯ではない。たとえリリアンネが首謀者だとしても、突発的な行動であることは確かだ。
「騎士をふたつに分ける。行くぞ」
自分の愛馬の横に到着し、リチャードは勢いよく馬の背中に乗る。
高くなった視界からは、既に準備を終えて控えていた騎士たちが集まっているのが見えた。
167
お気に入りに追加
5,987
あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。


【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ
基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。
わかりませんか?
貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」
伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。
彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。
だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。
フリージアは、首を傾げてみせた。
「私にどうしろと」
「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」
カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。
「貴女はそれで構わないの?」
「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」
カリーナにも婚約者は居る。
想い合っている相手が。
だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる