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消えてしまった彼女
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「アーネスト。お前何してるんだ」
「部下達の状況確認?」
後から入ってきたリチャードにアーネストは答えた。
「……叱るだけ無駄か。アーネスト、団を予定通りに動かして」
「はいはい。クラウス」
呼ばれたクラウス卿は外に出て周りの騎士に視線で指示をだす。
「──まだ森だ。準備出来次第行くよ」
懐中時計らしき物を見たリチャード殿下は、そう言った。
「分かっているよ。早く助けないと『助けに来るのが遅い! 無能!』って怒られてしまう」
「団長! 貴方の準備が1番出来てないじゃないですか!!!」
外からコンラッド卿の声が聞こえてきて、ヴォルデ侯爵はリチャードに睨まれながら出ていった。
「…………ギルベルト」
「はい、なんでしょう。一応先に言いますが、私は準備できてますよ?」
気が付けばリチャード殿下の隣にギルベルトがいた。
「どうでもいい。それよりも華の爵位は」
懐中時計を見せながらリチャード殿下は言う。
「公爵以上の家ですが……おかしいですね。なんでここに2つ目が?」
眉間に皺を寄せながら、睨むようにギルベルトは覗き込んだ。
「確認を急げ。アーネスト! どうせ聞いているのだろう? 蒼の天幕の様子を」
外に向かってリチャードは声を張り上げた。
「分かった」
駆けていく音が聞こえる。
──蒼の天幕? それってまさか。
何が起きているのか分からなくて、棒立ち状態になっていたアレクサンドラは口を開いた。
「だっ誰かいないのですか」
天幕を確認しに行った。そして彼らは公爵家と言った。貴族は爵位が高くなるにつれて人も少なくなる。この国で公爵の爵位に属する家はほんのひと握り。
言葉が震えてしまう。
「…………誤動作ではないのなら。ひとり、ここにいるはずの人が居ない。何か知っているのか」
リチャード殿下の声が機械のように冷たく、冷ややかな視線は、静かな怒りを持っているようで、自分に向けられているものでは無いとわかっていても足が竦む。
「それ、レーナかも知れません。わたし、ここに来たのも元々レーナを探しててっ!」
途端2人の目が見開かれる。
「これが落ちてたんです」
慌てて震える手でポケットを漁り、拾ったエレーナの指輪を取り出す。
「どこでそれを」
リチャード殿下もエレーナが付けていた姿を見たことがあるのか、切羽詰まったように促した。
「りっリリアンネ様の天幕で」
射抜く視線が怖くて吃ってしまう。
「──娘もバカなのか?」
「……よりにもよってなんでエレーナを」
リチャードの言葉に被せるようにギルベルトが呟く。そして沈黙が訪れた。
程なくしてヴォルデ侯爵が帰ってきた。今か今かと待っていた3人は次に出てくる言葉に神経を尖らせていた。
「想定通りギャロット辺境伯一家が消えている。そして──エレーナ嬢が何処にもいない。行きそうなところは全部探したよ。準備が出来た騎士も動員させたが……」
微かな希望も砕け、アレクサンドラは息を呑んだ。
「アレクサンドラ嬢がこれを拾ったと。辺境伯の娘の天幕で」
光る指輪を見て、ヴォルデ侯爵は思い出したように急いで懐を探った。
「……すまない。計画を知っていたから、まさか最後の最後まで自分を貶める愚かな行動はしないだろうと。別の人物かと思って後で渡そうと思ったんだが……」
懐から取り出したのはエレーナから借りた手紙。広げてリチャードに渡す。
「──あの娘の手跡だ。なぜアーネストが持っているんだ」
リチャードは全貴族の手跡を覚えていた。これは人によって癖が出るし、中々直せるものでは無い。宛名が書かれていなくても手跡で誰からなのか分かるのだ。覚えていると結構色んなところで役に立つ。
「今日の馬車の中でエレーナ嬢から相談されて。最近送られて来ていて困っていると」
中身を確認したリチャードは、見たそうにしていたアレクサンドラに手紙を渡す。
奪い取るように受け取ったアレクサンドラは震える声で言った。
「先日会った時はレーナは一言もそんなことを言ってなかったのに!」
誰がエレーナを連れ去ったのか。もう目に見えている。分かりきっていた。
ここにいるはずなのにいない。ギャロット辺境伯の娘──リリアンネ。彼女がエレーナを連れ去ったのだ。
でも何故? と何も知らないアレクサンドラは思う。たとえ舞踏会の一件でリリアンネの逆鱗に触れたとしても、ここまでのことをするのだろうか。
(バレたらリチャード殿下にこてんぱんにやられる未来しかないのに……)
そんなこと言ったらジェニファー王女の誘拐の件もそうだ。リチャード殿下達の話を聞く限り、破滅への道を親であるギャロット辺境伯も突き進んでいるらしかった。つまりギャロット家全体が今回の件に手を染めているのだ。
ぐるぐるとアレクサンドラが考える傍ら、アーネストが押し殺して言葉を紡ぐ。
「実害はないから大事にしたくなかったらしい。たった今、出たが……」
暗雲が垂れ篭める。
連れ去られた令嬢の行方は大方3つ。
ひとつ、他の国に愛人または奴隷として人身売買される。
ふたつ、男によってその身の純潔を散らされる。
みっつ、殺される。
それ以外に身代金目的の場合もあるが、今回は違うだろう。どちらにせよ早くエレーナを助け出さなければ、待ち受けるのはのは残酷かつ、悲惨な未来。
想像しただけでアレクサンドラは瞳に涙をためていた。
「部下達の状況確認?」
後から入ってきたリチャードにアーネストは答えた。
「……叱るだけ無駄か。アーネスト、団を予定通りに動かして」
「はいはい。クラウス」
呼ばれたクラウス卿は外に出て周りの騎士に視線で指示をだす。
「──まだ森だ。準備出来次第行くよ」
懐中時計らしき物を見たリチャード殿下は、そう言った。
「分かっているよ。早く助けないと『助けに来るのが遅い! 無能!』って怒られてしまう」
「団長! 貴方の準備が1番出来てないじゃないですか!!!」
外からコンラッド卿の声が聞こえてきて、ヴォルデ侯爵はリチャードに睨まれながら出ていった。
「…………ギルベルト」
「はい、なんでしょう。一応先に言いますが、私は準備できてますよ?」
気が付けばリチャード殿下の隣にギルベルトがいた。
「どうでもいい。それよりも華の爵位は」
懐中時計を見せながらリチャード殿下は言う。
「公爵以上の家ですが……おかしいですね。なんでここに2つ目が?」
眉間に皺を寄せながら、睨むようにギルベルトは覗き込んだ。
「確認を急げ。アーネスト! どうせ聞いているのだろう? 蒼の天幕の様子を」
外に向かってリチャードは声を張り上げた。
「分かった」
駆けていく音が聞こえる。
──蒼の天幕? それってまさか。
何が起きているのか分からなくて、棒立ち状態になっていたアレクサンドラは口を開いた。
「だっ誰かいないのですか」
天幕を確認しに行った。そして彼らは公爵家と言った。貴族は爵位が高くなるにつれて人も少なくなる。この国で公爵の爵位に属する家はほんのひと握り。
言葉が震えてしまう。
「…………誤動作ではないのなら。ひとり、ここにいるはずの人が居ない。何か知っているのか」
リチャード殿下の声が機械のように冷たく、冷ややかな視線は、静かな怒りを持っているようで、自分に向けられているものでは無いとわかっていても足が竦む。
「それ、レーナかも知れません。わたし、ここに来たのも元々レーナを探しててっ!」
途端2人の目が見開かれる。
「これが落ちてたんです」
慌てて震える手でポケットを漁り、拾ったエレーナの指輪を取り出す。
「どこでそれを」
リチャード殿下もエレーナが付けていた姿を見たことがあるのか、切羽詰まったように促した。
「りっリリアンネ様の天幕で」
射抜く視線が怖くて吃ってしまう。
「──娘もバカなのか?」
「……よりにもよってなんでエレーナを」
リチャードの言葉に被せるようにギルベルトが呟く。そして沈黙が訪れた。
程なくしてヴォルデ侯爵が帰ってきた。今か今かと待っていた3人は次に出てくる言葉に神経を尖らせていた。
「想定通りギャロット辺境伯一家が消えている。そして──エレーナ嬢が何処にもいない。行きそうなところは全部探したよ。準備が出来た騎士も動員させたが……」
微かな希望も砕け、アレクサンドラは息を呑んだ。
「アレクサンドラ嬢がこれを拾ったと。辺境伯の娘の天幕で」
光る指輪を見て、ヴォルデ侯爵は思い出したように急いで懐を探った。
「……すまない。計画を知っていたから、まさか最後の最後まで自分を貶める愚かな行動はしないだろうと。別の人物かと思って後で渡そうと思ったんだが……」
懐から取り出したのはエレーナから借りた手紙。広げてリチャードに渡す。
「──あの娘の手跡だ。なぜアーネストが持っているんだ」
リチャードは全貴族の手跡を覚えていた。これは人によって癖が出るし、中々直せるものでは無い。宛名が書かれていなくても手跡で誰からなのか分かるのだ。覚えていると結構色んなところで役に立つ。
「今日の馬車の中でエレーナ嬢から相談されて。最近送られて来ていて困っていると」
中身を確認したリチャードは、見たそうにしていたアレクサンドラに手紙を渡す。
奪い取るように受け取ったアレクサンドラは震える声で言った。
「先日会った時はレーナは一言もそんなことを言ってなかったのに!」
誰がエレーナを連れ去ったのか。もう目に見えている。分かりきっていた。
ここにいるはずなのにいない。ギャロット辺境伯の娘──リリアンネ。彼女がエレーナを連れ去ったのだ。
でも何故? と何も知らないアレクサンドラは思う。たとえ舞踏会の一件でリリアンネの逆鱗に触れたとしても、ここまでのことをするのだろうか。
(バレたらリチャード殿下にこてんぱんにやられる未来しかないのに……)
そんなこと言ったらジェニファー王女の誘拐の件もそうだ。リチャード殿下達の話を聞く限り、破滅への道を親であるギャロット辺境伯も突き進んでいるらしかった。つまりギャロット家全体が今回の件に手を染めているのだ。
ぐるぐるとアレクサンドラが考える傍ら、アーネストが押し殺して言葉を紡ぐ。
「実害はないから大事にしたくなかったらしい。たった今、出たが……」
暗雲が垂れ篭める。
連れ去られた令嬢の行方は大方3つ。
ひとつ、他の国に愛人または奴隷として人身売買される。
ふたつ、男によってその身の純潔を散らされる。
みっつ、殺される。
それ以外に身代金目的の場合もあるが、今回は違うだろう。どちらにせよ早くエレーナを助け出さなければ、待ち受けるのはのは残酷かつ、悲惨な未来。
想像しただけでアレクサンドラは瞳に涙をためていた。
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