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落ちついている彼ら
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「ねえエリナ、サリア起きてよ。エレーナもジェニファー王女も居ないのよ」
友人達を揺さぶるが起きるはずがない。それはアレクサンドラ自身がいちばんよく知っていた。
──プチグレンとルオンミーレ。
2つとも単体でならそれほど大きい効能は発揮しない。順番も関係ない。だが、1日以内に2つを体内に取り込むと、身体にとても大きな影響が出るのだ。
それは睡眠薬よりも強烈な睡魔に襲われ、忽ち眠りについてしまうというもの。
アレクサンドラも父から教えてもらった程度でしか知らなかった。本や文献にはあまり詳しく書かれていないし、どちらもとても希少で普通のルートでは手に入らない代物。だから注意するべく覚える必要も無いのだ。
しかも気がつくのも大変だ。ルオンミーレはこの国で一般的に飲まれる紅茶より少し独特の渋みや苦味だけが見分けるポイント。飲み慣れていて、茶葉に詳しい者にしか分からないほどの些細な違いだ。プチグレンに至っては、他の香りによってほとんど匂いを抑えられていた。
アレクサンドラだって、彼女たちが寝ていなかったら、薬草について詳しくなかったら、気が付かなかった。
たった1人だ。目が覚めているのは。動けるのは。
自分に何が出来るのだろうか。男でもないアレクサンドラは握力だって、体力だって、全然無いのに。
第一、何か知っていそうなリリアンネも、ジェニファー王女も、エレーナも忽然と姿を消している。
「何処かには騎士がいるはずよね……とりあえず彼らを探すしか」
夕方になれば男性陣が帰ってくる。もし、ジェニファー王女が攫われたのだとしたらそれでは遅い。
外に行く。快晴で雲ひとつない空は狩猟大会にはピッタリだが、今置かれている状況からすれば忌々しい。
「騎士の休憩所にいけばわんちゃん嗅いでない人が居るかも……」
警備交代で彼らの休憩所は人が出たり入ったりしている。騎士は職務中は出された料理や紅茶に手を出さないと聞いたことがある。もしかしたら意識を保っている人が居るかもしれない。
休憩所に向かって走り出す。彼らは馬を繋ぐ場所の近くに天幕を張っていた。
「誰かいらっしゃいませんか」
少しだけ幕を上げて中を覗き込む。明かりが灯ってないのか、薄暗くて目が慣れない。ようやく慣れてくると騎士達も机に突っ伏していた。
「ここもみんな寝てるの……」
落胆で思わず天を仰ぐ。さて、どうしたものかと幕を下げようとしたその時だった。
「おや、アレクサンドラ様ではないですか」
寝ていたはずのひとりが顔を上げた。
「こっコンラッド卿!?」
「どうも~」
この場にそぐわない気の抜けた返事だ。
「おい、みんな起きていいぞ。この人はこっち側の人だ」
パンパンと手を叩きながらコンラッド卿は言った。すると机に突っ伏していた騎士達が続々と顔を上げる。
アレクサンドラは思わず悲鳴をあげたが、コンラッド卿に口を押えられ、くぐもった声がもれた。
「すみませんね。今はまだ大声出されると困るんですよ」
「これはどういうことなのですか」
目の前には他の天幕と同様にアロマポットと紅茶が置かれていた。たぶん茶葉はルオンミーレだろう。サリア達と同じように摂取していると受け取れるが、彼らは起きている。
「ああ、飲んだフリをしただけです。分かりやすいですけどこれが結構バレないんですよ」
そう言ってコンラッド卿は袖の中に隠していたチューブをアレクサンドラに見せた。他の騎士もゴソゴソとチューブと繋がれたパックを取り出す。
透明なパックの中では色付きの液体が揺れていた。状況から鑑みるにルオンミーレの紅茶だろう。
「でっですが、寝ている方もいらっしゃるようで……」
「彼らはカモフラージュのためにわざと寝てもらいました。戦力は足りてますからご安心を。ところでアレクサンドラ様」
「はい」
「どうして貴方は寝ていないのですか?」
パックとチューブをテーブルの上に置いてコンラッド卿は訊ねる。
「遅刻してきて飲まなかったんです。他の方は最初に出されたらしく……」
「なるほど。外を歩いている者はいましたか?」
「いませんでした」
「ありがとうございます。そろそろ殿下と団長も帰ってくるでしょう。攫われたと同時にルヴァさんが伝えているはずですから」
黒い手袋をコンラッド卿は付け直す。
周りの騎士達もどこかに行くのか準備を始めていた。
彼らは大声で呼び掛け合いながら天幕内と外を出たり入ったりしている。アレクサンドラには困ると言っていたのにもういいのだろうか。
「ルヴァさんってジェニファー王女の……」
「そうです。侍女の方ですね。まあ、あれを侍女と言っていいのか……すみません。話しすぎました」
一瞬遠くを見たコンラッド卿はすぐにかぶりを振った。
すると馬の駆ける音がする。それはどんどん近づいてきて、天幕が少し揺れる。
「偽はちゃんと攫われた? ほんとにみんな寝てて笑っちゃうよ」
この場に似つかわしくない笑顔で中に入ってきたヴォルデ侯爵。つんつんっと部下である騎士達の頬をつつく。
「団長……あれは攫われるもんじゃないんですよ……」
はぁ、とコンラッド卿はため息をついた。
「そうだね。いや~久しぶりに骨が折れる仕事だ。おや、アレクサンドラ嬢もいるのか」
「さっ先程ぶりです」
──なっなに……この、異様な光景なのに焦りが無いのは
暢気な雰囲気で、とても国賓が攫われたようには思えない。アレクサンドラは愕然とした。
友人達を揺さぶるが起きるはずがない。それはアレクサンドラ自身がいちばんよく知っていた。
──プチグレンとルオンミーレ。
2つとも単体でならそれほど大きい効能は発揮しない。順番も関係ない。だが、1日以内に2つを体内に取り込むと、身体にとても大きな影響が出るのだ。
それは睡眠薬よりも強烈な睡魔に襲われ、忽ち眠りについてしまうというもの。
アレクサンドラも父から教えてもらった程度でしか知らなかった。本や文献にはあまり詳しく書かれていないし、どちらもとても希少で普通のルートでは手に入らない代物。だから注意するべく覚える必要も無いのだ。
しかも気がつくのも大変だ。ルオンミーレはこの国で一般的に飲まれる紅茶より少し独特の渋みや苦味だけが見分けるポイント。飲み慣れていて、茶葉に詳しい者にしか分からないほどの些細な違いだ。プチグレンに至っては、他の香りによってほとんど匂いを抑えられていた。
アレクサンドラだって、彼女たちが寝ていなかったら、薬草について詳しくなかったら、気が付かなかった。
たった1人だ。目が覚めているのは。動けるのは。
自分に何が出来るのだろうか。男でもないアレクサンドラは握力だって、体力だって、全然無いのに。
第一、何か知っていそうなリリアンネも、ジェニファー王女も、エレーナも忽然と姿を消している。
「何処かには騎士がいるはずよね……とりあえず彼らを探すしか」
夕方になれば男性陣が帰ってくる。もし、ジェニファー王女が攫われたのだとしたらそれでは遅い。
外に行く。快晴で雲ひとつない空は狩猟大会にはピッタリだが、今置かれている状況からすれば忌々しい。
「騎士の休憩所にいけばわんちゃん嗅いでない人が居るかも……」
警備交代で彼らの休憩所は人が出たり入ったりしている。騎士は職務中は出された料理や紅茶に手を出さないと聞いたことがある。もしかしたら意識を保っている人が居るかもしれない。
休憩所に向かって走り出す。彼らは馬を繋ぐ場所の近くに天幕を張っていた。
「誰かいらっしゃいませんか」
少しだけ幕を上げて中を覗き込む。明かりが灯ってないのか、薄暗くて目が慣れない。ようやく慣れてくると騎士達も机に突っ伏していた。
「ここもみんな寝てるの……」
落胆で思わず天を仰ぐ。さて、どうしたものかと幕を下げようとしたその時だった。
「おや、アレクサンドラ様ではないですか」
寝ていたはずのひとりが顔を上げた。
「こっコンラッド卿!?」
「どうも~」
この場にそぐわない気の抜けた返事だ。
「おい、みんな起きていいぞ。この人はこっち側の人だ」
パンパンと手を叩きながらコンラッド卿は言った。すると机に突っ伏していた騎士達が続々と顔を上げる。
アレクサンドラは思わず悲鳴をあげたが、コンラッド卿に口を押えられ、くぐもった声がもれた。
「すみませんね。今はまだ大声出されると困るんですよ」
「これはどういうことなのですか」
目の前には他の天幕と同様にアロマポットと紅茶が置かれていた。たぶん茶葉はルオンミーレだろう。サリア達と同じように摂取していると受け取れるが、彼らは起きている。
「ああ、飲んだフリをしただけです。分かりやすいですけどこれが結構バレないんですよ」
そう言ってコンラッド卿は袖の中に隠していたチューブをアレクサンドラに見せた。他の騎士もゴソゴソとチューブと繋がれたパックを取り出す。
透明なパックの中では色付きの液体が揺れていた。状況から鑑みるにルオンミーレの紅茶だろう。
「でっですが、寝ている方もいらっしゃるようで……」
「彼らはカモフラージュのためにわざと寝てもらいました。戦力は足りてますからご安心を。ところでアレクサンドラ様」
「はい」
「どうして貴方は寝ていないのですか?」
パックとチューブをテーブルの上に置いてコンラッド卿は訊ねる。
「遅刻してきて飲まなかったんです。他の方は最初に出されたらしく……」
「なるほど。外を歩いている者はいましたか?」
「いませんでした」
「ありがとうございます。そろそろ殿下と団長も帰ってくるでしょう。攫われたと同時にルヴァさんが伝えているはずですから」
黒い手袋をコンラッド卿は付け直す。
周りの騎士達もどこかに行くのか準備を始めていた。
彼らは大声で呼び掛け合いながら天幕内と外を出たり入ったりしている。アレクサンドラには困ると言っていたのにもういいのだろうか。
「ルヴァさんってジェニファー王女の……」
「そうです。侍女の方ですね。まあ、あれを侍女と言っていいのか……すみません。話しすぎました」
一瞬遠くを見たコンラッド卿はすぐにかぶりを振った。
すると馬の駆ける音がする。それはどんどん近づいてきて、天幕が少し揺れる。
「偽はちゃんと攫われた? ほんとにみんな寝てて笑っちゃうよ」
この場に似つかわしくない笑顔で中に入ってきたヴォルデ侯爵。つんつんっと部下である騎士達の頬をつつく。
「団長……あれは攫われるもんじゃないんですよ……」
はぁ、とコンラッド卿はため息をついた。
「そうだね。いや~久しぶりに骨が折れる仕事だ。おや、アレクサンドラ嬢もいるのか」
「さっ先程ぶりです」
──なっなに……この、異様な光景なのに焦りが無いのは
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