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ふたつの要因
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「これを使っていたの?」
蓋をとって中身を確認する。部屋に充満している甘ったるい香りはどうやらこれのようだった。
アレクサンドラは知識を総動員して、頭の中にある植物図鑑をめくる。
──睡眠を誘うアロマは多分この国では取れない希少な植物。プチグレンだ。だけどそれにしては甘ったるい。ということはプチグレンを誤魔化すように他の香油がブレンドされている。
そして誰もこの状態になるまで気が付かなかったということは、1つだけが原因じゃない。複数が合わさって、分かりにくくしながらこの状態が作られている。
ひとつは、アロマ。もうひとつあるとすれば出された紅茶だ。
『──隣国の紅茶らしいわよ。エレーナは少し苦かったって』
サリアは何も苦さを感じなかったと言っていた。きっとエレーナだがら気がついたのだろう。つまりほんの些細な違いか、色んな茶を飲み慣れていることで気がつく違い。
紅茶の茶葉も言ってしまえば植物だし、薬草だ。味は分からなくても、知識として頭に入っているはず。
(アレクサンドラ、思い出すのよ)
苦く入れる紅茶、もしくは茶葉。
このアロマと一緒に飲むと強制的に眠るくらい強烈な睡眠作用あり。
〝隣国〟というのがポイント。恐らくこの国では作られていない。流通が少ない。アロマと紅茶のセットで絞る。あまり知られていない作用。
そこまで考えてひとつだけ浮かび上がる。
「なんで私気が付かなかったの!? 馬鹿!!! 私の推測が合っているとしたら混ぜるな危険のセットだわ」
気が付かなかった己が悔しい。
推測される茶葉が正しかった場合、自分は遅刻してきて紅茶を飲まなかったから、効かなかったのだ。
それは運がいいのか悪いのか。まだ分からないけれど、この状況を作った人にとってアレクサンドラが起きているのは予定外だろう。
すれ違ったあの侍女。ここと同じ匂いが微かにした。サリアの言葉からきっとあの天幕内の令嬢達も紅茶を飲んでいる。
今戻ったら、アレクサンドラが居た天幕も同じ状況になっているだろう。
第三者の者が警備の隙を突いてこんな大人数に仕掛けることは難しい。
しかもここはリリアンネの天幕だ。主催者側の天幕で皆寝ている。
そこでようやくアレクサンドラはおかしなことに気が付いた。
「リリアンネ様、居なくない?」
単に席を外しているのかもしれない。しかしこの状況でリリアンネが居ない。というのが疑惑をふくらませる。
もし、彼女が黒幕ならば……。いや、彼女にこれほどのリスクを侵してまで得られる利益はない。責任を追求されるだけだ。おそらく黒幕は別にいるのだろう。
「確か奥の方に缶が置いてあったはず……」
慌てて缶のラベルを調べる。そこにはきちんと茶葉の銘柄が書かれていた。
──ルオンミーレ
アレクサンドラの推測はあたった。
だとすると生産国はルルクレッツェ。ジェニファー王女の国だ。
「これどういうことなのよ。ここまで想定してたってわけ……?」
どのような形であれ、これは完全にルルクレッツェのジェニファー王女とリチャード殿下が関係している気がする。
アレクサンドラは茶葉の缶を抱えて外に出た。
やはり誰も歩いていない。声が聞こえない。
「もう! 近衛騎士は何処にいるの」
そこまで言ってアレクサンドラは止まった。
ここまで大掛かりにするのはこうしないと行けない理由があるから。殺すのではなくて寝かしたのは、殺戮がしたいのではなくて、見られたくなかったから。もしくはクイーンの女性陣を誘拐又は人質にしたかったと考えるのが妥当だろう。
男性陣は騎士以外狩りに出払っている。力で抵抗することは敵わない。全員寝てしまえばなんでも出来てしまう。
盗人は人目につかない夜に行動する。それと同じだ。
──何か価値があるものを持っていこうとした? 主催者側にとって咎めを受けるに決まっている危険を侵してでも価値のあるものは。
エレーナを攫うにしては規模に疑問が残る。
「まさか……いや、そんなことって」
ここはルルクレッツェではないのだ。全員を眠らせるというリスクを冒してまでルルクレッツェではなく、こちらの国の貴族がすることだろうか。
ひとつの可能性が頭に浮かび、さぁぁっと青ざめたアレクサンドラは走り出す。
反逆罪では足りない。見つかれば極刑だ。目的も分からない。それに遅くても夕方には発覚する。つまりそれまでに逃げ切れる算段なのだろう。
──裏で他にも手引きする者がいる?
ああ、そんなことを考えるのはアレクサンドラの仕事じゃない。
彼女もきっと飲んでいる。出されている。そして効能を知らないはず。毒ではないから毒味をしても気が付かない。
「──ジェニファー王女殿下はいらっしゃいますか!?」
寝ているだろうが、いてもたってもいられず声を張り上げながら天幕の中に入る。
案の定全員机に突っ伏していた。ピクリとも動かない。ほんの少し前まではうら若い令嬢たちの声で満たされていたのに。静まり返った内部は、リリアンネの天幕と同じ匂いがする。
アレクサンドラは周りを見渡した。
王女殿下が座っていたはずの席。蛻の殻になっていた。
蓋をとって中身を確認する。部屋に充満している甘ったるい香りはどうやらこれのようだった。
アレクサンドラは知識を総動員して、頭の中にある植物図鑑をめくる。
──睡眠を誘うアロマは多分この国では取れない希少な植物。プチグレンだ。だけどそれにしては甘ったるい。ということはプチグレンを誤魔化すように他の香油がブレンドされている。
そして誰もこの状態になるまで気が付かなかったということは、1つだけが原因じゃない。複数が合わさって、分かりにくくしながらこの状態が作られている。
ひとつは、アロマ。もうひとつあるとすれば出された紅茶だ。
『──隣国の紅茶らしいわよ。エレーナは少し苦かったって』
サリアは何も苦さを感じなかったと言っていた。きっとエレーナだがら気がついたのだろう。つまりほんの些細な違いか、色んな茶を飲み慣れていることで気がつく違い。
紅茶の茶葉も言ってしまえば植物だし、薬草だ。味は分からなくても、知識として頭に入っているはず。
(アレクサンドラ、思い出すのよ)
苦く入れる紅茶、もしくは茶葉。
このアロマと一緒に飲むと強制的に眠るくらい強烈な睡眠作用あり。
〝隣国〟というのがポイント。恐らくこの国では作られていない。流通が少ない。アロマと紅茶のセットで絞る。あまり知られていない作用。
そこまで考えてひとつだけ浮かび上がる。
「なんで私気が付かなかったの!? 馬鹿!!! 私の推測が合っているとしたら混ぜるな危険のセットだわ」
気が付かなかった己が悔しい。
推測される茶葉が正しかった場合、自分は遅刻してきて紅茶を飲まなかったから、効かなかったのだ。
それは運がいいのか悪いのか。まだ分からないけれど、この状況を作った人にとってアレクサンドラが起きているのは予定外だろう。
すれ違ったあの侍女。ここと同じ匂いが微かにした。サリアの言葉からきっとあの天幕内の令嬢達も紅茶を飲んでいる。
今戻ったら、アレクサンドラが居た天幕も同じ状況になっているだろう。
第三者の者が警備の隙を突いてこんな大人数に仕掛けることは難しい。
しかもここはリリアンネの天幕だ。主催者側の天幕で皆寝ている。
そこでようやくアレクサンドラはおかしなことに気が付いた。
「リリアンネ様、居なくない?」
単に席を外しているのかもしれない。しかしこの状況でリリアンネが居ない。というのが疑惑をふくらませる。
もし、彼女が黒幕ならば……。いや、彼女にこれほどのリスクを侵してまで得られる利益はない。責任を追求されるだけだ。おそらく黒幕は別にいるのだろう。
「確か奥の方に缶が置いてあったはず……」
慌てて缶のラベルを調べる。そこにはきちんと茶葉の銘柄が書かれていた。
──ルオンミーレ
アレクサンドラの推測はあたった。
だとすると生産国はルルクレッツェ。ジェニファー王女の国だ。
「これどういうことなのよ。ここまで想定してたってわけ……?」
どのような形であれ、これは完全にルルクレッツェのジェニファー王女とリチャード殿下が関係している気がする。
アレクサンドラは茶葉の缶を抱えて外に出た。
やはり誰も歩いていない。声が聞こえない。
「もう! 近衛騎士は何処にいるの」
そこまで言ってアレクサンドラは止まった。
ここまで大掛かりにするのはこうしないと行けない理由があるから。殺すのではなくて寝かしたのは、殺戮がしたいのではなくて、見られたくなかったから。もしくはクイーンの女性陣を誘拐又は人質にしたかったと考えるのが妥当だろう。
男性陣は騎士以外狩りに出払っている。力で抵抗することは敵わない。全員寝てしまえばなんでも出来てしまう。
盗人は人目につかない夜に行動する。それと同じだ。
──何か価値があるものを持っていこうとした? 主催者側にとって咎めを受けるに決まっている危険を侵してでも価値のあるものは。
エレーナを攫うにしては規模に疑問が残る。
「まさか……いや、そんなことって」
ここはルルクレッツェではないのだ。全員を眠らせるというリスクを冒してまでルルクレッツェではなく、こちらの国の貴族がすることだろうか。
ひとつの可能性が頭に浮かび、さぁぁっと青ざめたアレクサンドラは走り出す。
反逆罪では足りない。見つかれば極刑だ。目的も分からない。それに遅くても夕方には発覚する。つまりそれまでに逃げ切れる算段なのだろう。
──裏で他にも手引きする者がいる?
ああ、そんなことを考えるのはアレクサンドラの仕事じゃない。
彼女もきっと飲んでいる。出されている。そして効能を知らないはず。毒ではないから毒味をしても気が付かない。
「──ジェニファー王女殿下はいらっしゃいますか!?」
寝ているだろうが、いてもたってもいられず声を張り上げながら天幕の中に入る。
案の定全員机に突っ伏していた。ピクリとも動かない。ほんの少し前まではうら若い令嬢たちの声で満たされていたのに。静まり返った内部は、リリアンネの天幕と同じ匂いがする。
アレクサンドラは周りを見渡した。
王女殿下が座っていたはずの席。蛻の殻になっていた。
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