王子殿下の慕う人

夕香里

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はまらなかった例外

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「遅いわね」

エレーナがリリアンネの天幕に行って1時間は経っていた。明らかに遅すぎる。

「確かリリアンネ様のところに行くって」

マカロンを食べていたアレクサンドラは飲み込んだ後言った。

「あの人のところ行ったの?」

顔を上げたサリアはアレクサンドラの方を見た。

「うっうん。落し物を返したいって」

「……連れ戻さないと」

「なんで?」

この様子ではアレクサンドラは知らないらしい。

「リリアンネ様は……近寄っては行けないのよ。特にリチャード殿下関連では」

言いながらサリアは立ち上がる。

「見ていたでしょう。舞踏会の出来事」

リチャード殿下がエレーナを連れて外に出た。それは瞬く間に社交界中の噂になっていたが、誰かが無理やり圧力をかけたようで、すぐに話をするものはいなくなった。大方、圧力はリチャード殿下だろう。

リリアンネ・ギャロットという人物は、リチャード殿下を慕っている。どうやったら勘違いするのかと思ってしまうほど、リチャード殿下は自分の物だと──婚約者になれると思っている節があるのだ。

ここ6年ほどで力をつけてきている辺境伯の令嬢なので、現実的に不可能ではない。しかしそのせいで周りの者が迷惑を被っている。

リチャード殿下に近づく令嬢達に対してことごとく嫌がらせを施すのだ。ここ1、2年ほどは池に突き落としたり、夜会で色つきの飲み物をわざと零したり。それらを全て笑顔で行い、偶然を装うのが彼女のやり方。

それを知ってか知らずか。多分知っていて、リチャード殿下はリリアンネを刺激しないように、周りに気を配っていた。夜会では令嬢達と平等に接し、エレーナの近くに来ることもない。

だからエレーナは何か勘違いしていたようだが、あれは近づかないことでリチャード殿下なりに彼女を守っていたのを友人達は知っていた。
リリアンネさえいなければ、多分堂々とエレーナをダンスに毎夜誘うだろう。

最近のエレーナはリチャード殿下といなかったから対象にならなかったのだ。だが舞踏会の件でターゲットになる可能性があった。
エレーナは自分に降りかかるものに対して鈍すぎるのでリリアンネの性格を知らない。

「なら私が見てくるわ。私が一人で行かせてしまったようなものだし……どこの天幕か知っているから」

サリアを制してアレクサンドラが立ち上がった。

「そう。ならお願い」

頷いてアレクサンドラは外に出ようと幕をずらすと、今まさに入ってこようとした1人の侍女にぶつかってしまう。

「ごめんなさい。中身大丈夫?」

「大丈夫です。ぶつかってしまい申し訳ございません」

彼女は抱えるようにバスケットを持っていた。当たった拍子に中に陶器でも入っているのか、カチャンとガラス同士がぶつかる音がする。

「それは良かったわ。失礼するわ」

横を通り過ぎると彼女からふわりと甘い匂いがした。それが気になって後ろを振り向く。しかし侍女はそのまま天幕の中に入り、見えなくなってしまった。

──あの匂い。何処かで…………

記憶を辿るが思い出せない。が、とても引っかかる。

アレクサンドラの家は薬になる材料を領地で作っている。だから周りの人より薬草ら辺の知識が豊富だった。

自分が匂いに引っ掛かりを覚えたのならば、薬草の類だろう。

「兎に角、レーナを連れ戻さなきゃ」

足取りを早める。途中誰かに会うかと思ったが誰とも会わない。遭遇しない。天幕の前にいたコンラッド卿や他の騎士たちもどこに行ってしまったのだろうか。

(嫌な予感がする。こういう予感いっつも当たるから嫌いなのよ……)

全体的に静かすぎる。去年とかこんなに静かだっただろうか? 耳に入るのは木々のこすれる音と小鳥のさえずり、遠くで微かに聞こえる獲物を追い詰めるための笛の音。

だが、人の声がしない。笑う声も、話す声も。

気が付いたら走り始めていた。

変だ。おかしい。何かが起こっている。

「だっ誰かいないの!?」

大声で言葉を発するが返答はない。

ドクンドクンと心臓が早なる。

「レーナっ! ここにいるわよね!?」

ようやく天幕に到着して、転げるように飛び込んだアレクサンドラは悲鳴を呑み込んだ。

「なっ何よこれ。ねえ貴方大丈夫?」

むわりと甘い香りが漂う天幕内。目の前に広がっているのは少しも動かない令嬢達の姿。
おそるおそる1番近くにいた令嬢の肩を叩く。だらりと腕と頭が下がっている令嬢は、アレクサンドラの呼び掛けに応じない。

状況把握ができないアレクサンドラは、身体を揺すってみる。だが、起きない。他の者にも同様に声を掛けるが、無反応。

「れっレーナはどこ? ここに居るはずなのに」

一旦奥の方へ向かう。眠っている令嬢達を一人一人確認していく。しかしエレーナはいない。

ありえないと思っても一応しゃがんでテーブルの下も見てみる。

「…………あっあれは」

服が汚れるのも無視して地面に擦るように手を伸ばした。

掴んだのは宝石がはめ込まれた指輪。見覚えがある。

「私たちがレーナにあげたやつだわ」

誕生日に似合いそうだからとプレゼントした物だ。いつも自分達と会う時は付けてくれているもの。特注品なので、他の人とデザインが被るはずがない。裾で土を拭えば輝きを取り戻す。

「ここにレーナはいたってことね。落としてしまったのか、故意なのか、分からないけれど……」

落とさないようにポケットにしまって立ち上がると、テーブルに置かれたアロマポットが目に付いた。
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