王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
64 / 150

拒否する彼女

しおりを挟む
「レーナの昼食美味しそう! ねえ、少しくれない? 私のもあげるから」

向かい合って座っていたエリナが瞳を輝かせながら聞いた。

「もちろんよ。多めに作ってもらったから」

ヴォルデ侯爵が取り終わったのを確認して、容器をエリナの方へ動かす。エリナも持ってきた物をエレーナの方に移動させた。

彼女の昼食は魚介類を使ったものが多かった。おそらくギルベルトが好きだからだろう。それに加えて激務が多い夫を食事の面でサポートできるような、バランスがとれているラインナップだ。

まあギルベルトがそんなエリナの気遣いに気が付いているのか? と問われれば多分気が付かないで食べている。チラッとギルベルトを見たが、頬張るように口を動かして喉に詰まらせていた。

──ハムスターみたいね。あの両頬の膨らみ

ゲホゲホと涙目になりながら咳き込むギルベルト。その様子を見ていたエレーナは思った。エリナはそんな彼の背中を優しくさすっている。

「あなたね、一気に口に入れたら詰まるに決まっているじゃない。まだ時間はたっぷりあるのだから急がなくて大丈夫よ」

「いや、これを食べたら席を外さないといけなくてね。出来るだけ早く食べ終わらなきゃ行けないんだ」

ごくごくと水を飲んだギルベルトは口を開いた。

「そうなの?」

今初めて聞いたのだろう。エリナは驚いていた。

「うんごめん。せっかくエリナが朝早くから起きて作ってくれたのに……味わう時間がないんだ」

言いながら懲りずに料理を口の中に入れていく。そしてまた喉に詰まらせて噎せる。

「これでも新婚なのに……殿下がこき使うから」

ぼそっとギルベルトが呟いた。

彼は可哀想だとエレーナも思う。けれどリチャード殿下の側近なら仕方ないだろう。それに辞めたいとは言わないのだから、ギルベルトは悪態こそつくもののリチャード殿下を慕っているのだ。

「小さい頃からずっと一緒にいるのだから新婚と言っても今更すぎるわ。ほら行きなさいよ」

エリナはバッサリとギルベルトの言葉を斬った。辛烈だ。

「エリナ酷くない?」

ギルベルトは一緒のテーブルに座っていた幼なじみのエレーナ達を見た。
エレーナはサリアと顔を見合せたあと、首を横に振った。

「……とにかく行ってくる」

そう言い残してギルベルトは一番最初に席を立った。そのまま天幕を出ていく。その後ろ姿は悲壮感が漂っていた。

「ギルベルト、少し可哀想じゃないか? ああ見えて王宮では優秀だと言われているよ」

一部始終を見ていたヴォルデ侯爵はエレーナに尋ねてきた。

「あれが平常運転? なので多分大丈夫ですよ」

ようやく自分も残っていたサンドイッチを取り、深皿にはエリナの作った魚介のポトフをよそう。 

パクッと頬ばれば、ぷりぷりの海老が口の中で弾ける。それがマヨネーズのコクと合わさってとても美味しい。

「……よかった」

塩と胡椒、マヨネーズをエビと一緒に混ぜただけだから不味くなる要素はどこにもないはずだが、食べてみないと不安は拭えなかったのだ。

「今度はもっと凝った料理も食べてみたい」

ペロリと口元についたソースを下で舐めとってヴォルデ侯爵は呟いた。

「そうですね。機会があれば」

婚約するからあるだろう。そうなると練習した方がいいだろうか。リリアンを説得させないとなぁ……とエレーナは考えて、ポトフに差し込んでいたスプーンを止めた。

「──私にもくれないかな」

「でっ殿下?!」

ビクリと驚きで軽く椅子から腰が浮いた。

気がつけば横にリチャード殿下がいる。何だこのデジャブ。舞踏会の時と同じだ。次、同じことが起こったら心臓が止まりそうだ。

「サンドイッチの方が食べたいな」

そんなエレーナをリチャード殿下は気にもとめていない。

「いっいや、こんなの食べさせられません。食べるのであればこちらを」

慌ててサンドイッチの入った容器を後ろに隠し、サラダや肉料理が入っている方をリチャード殿下の前に出す。

「なんで?」

「なんでって……リチャード殿下のお口には合いません」

他の令嬢はおそらく最初からリチャード殿下のために作ってきていて、彼に差し出しているのだ。しかしエレーナは違う。舌が肥えているはずのリチャード殿下には出せないような物だ。

──具材を挟んだだけのもの。シェフ達が作った物の方がいいに決まっているわ。

だからエレーナはサンドイッチを隠す。さりげなく蓋をしてバスケットに戻した。

「私が頼んでいるのにそれでもダメなのかい」

「……ダメです。絶対にダメです」

残念そうにされて、ズキズキと心が痛い。好きな人が悲しそうにしているのはエレーナだってキツいのだ。

心を鬼にして首を横に振る。

「そうかぁじゃあ諦める代わりに、こっちをレーナが私に食べさせてよ」

いいことを思い付いたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべられてエレーナは固まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

【本編完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

処理中です...