王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
58 / 150

群がる人々

しおりを挟む
作られたスペースに座って他の人を待っていると、次に現れたのはサリアだった。

彼女も先程のエレーナと同様にジェニファー王女に挨拶をし、ブローチを受け取っていた。

「おはようサリア」

「おはようエレーナ。去年より来るの早いのね」

エレーナの隣に腰かけたサリアは声をかけてきた。

「ええそうね。サリアも朝早くからご苦労さまよ」

外が騒がしくなってきた。持っていた懐中時計を見れば、狩りが始まるまで1時間を切っている。もうそろそろエリナ達も到着するだろう。

給仕の人が運んできた紅茶を口に含む。家で飲む紅茶よりも味が濃いのと少し渋みがあるのが気になった。

だが、生産地が変われば風味等も変わる。他の地域や国では濃い茶を飲む習慣があるので、普通よりも時間を置いて入れたのだろう。

(なんだか変な感じ。私には合わない味ね)

手をつけたものを残すのはあまりしたくない。でも、エレーナには飲めそうになかったので一口飲んでカップを置いてしまった。

周りを見るとサリアもジェニファー王女も普通に飲んでいる。どうやらエレーナだけ口に合わなかったようだ。

口直しをしようと置かれていたマカロンに手を伸ばす。歯を立てればサクッと言う音とともに口の中でホロホロと外側が崩れていく。
とろりとしたチョコレートが間から出てきて、とても甘い。

エレーナは甘いお菓子が大好きだった。エルドレッドは塩辛い異国のお菓子の方が好きだというが、頰が落ちそうになるくらい甘くて柔らかいお菓子の方が美味しいと思う。まあそれは個人の味覚による好みだけれど。

天幕にはその間もどんどん人が来る。それは待機場所がこの天幕になった令嬢に加えて、ジェニファー王女に挨拶をしたい貴族も訪れる。

そのせいで普通なら十分すぎるほどの大きさの天幕も、人が多すぎて窮屈に感じる。

ジェニファー王女が狩猟大会に参加するのは事前告知がなかった。エレーナが知ったのは特例だったのだ。先に言ってしまったらもっと朝早くから人が来て、大変なことになっていただろうし、警備を増やさなければならないだろう。この時点でいつもの狩猟大会の倍は騎士が警備と待機している。

居づらそうに端に寄ったエレーナ達に気がついたのか、それとも自分のせいだと思ったのか。
ジェニファー王女はルヴァに耳打ちし、自分も紙に何かを書き付けた。

『これ以上は外でお受け致します。一旦皆様外に出てくださいませ。ここは私だけではなくて他の令嬢も使う場所なのです』

にこやかに笑って応対していたジェニファー王女は、一瞬にして迷惑そうに冷ややかな雰囲気を伴い、紙を目の前にいた貴族の鼻の先に押し付けた。

「──との事ですので皆様外に」

彼女に変わってルヴァが貴族達の追い出しにかかる。2人の雰囲気に蹴落とされた貴族達は後退していって、全員外に出ていった。

『ごめんなさい私のせいで……』

ジェニファー王女は顔の前に書いた紙を掲げる。

「大丈夫ですよ。お気になさらず」

エリナが答えた。

いつの間にいたのか。エレーナは気が付かなかった。にこにこしているが多分、彼女は先程までいた貴族達が邪魔で邪魔で仕方がなかったのだろう。誰かが落としたハンカチを足でグリグリ踏み潰しているのを、エレーナは見てしまった。

(ああいう自分の利益と権力のためだけに蟻のように群がる人、エリナは嫌いなのよねぇ)

エレーナも好きじゃない。けれどエレーナよりエリナの方がそういう欲深い貴族を毛嫌いしている。

なぜならジェニファー王女に群がる者とは少し違うが、過去に彼女の叔父が賭博で借金を作り、エリナの父──エンダー公爵に金をせびっていたからだ。

エンダー公爵は兄弟であるエリナの叔父にしつこく迫られても、お金を渡さなかった。
1度甘い汁を知ってしまった者は幾度となく迫ってくるのを知っていたからだ。

だが、そういう者は諦めが悪い。

血のかよってない冷血漢だとかエンダー公爵のことを罵り、挙句の果てには他の貴族に嘘の噂を流した。

公爵のことをよく知っているエレーナの父や他の当主達は信じなかったが、関わりのない貴族の中には一定数信じる者もいた。

そのせいで信じた貴族の子供が、娘のエリナにも酷いことを言うことがあった。エレーナは傷つくエリナを見てきた。
その時からエリナは権力やお金が好きな貴族のことを毛嫌いしていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】 男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。 少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。 けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。 少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。 それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。 その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。 そこには残酷な現実が待っていた―― *他サイトでも投稿中

【本編完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

処理中です...