王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
57 / 150

王女殿下

しおりを挟む
「ジェニファー・ルルクレッツェ王女殿下、お初にお目にかかります。エレーナ・ルイスです。お会いできて光栄です」

ルルクレッツェ国の言語でエレーナは挨拶の言葉を紡ぐ。たどたどしくなってしまっただろうか。こういう場で他国の言語を使ったのは初めてで、不安になってしまう。

ジェニファー王女はエレーナとおなじ17歳だ。この大陸では珍しく、隣国は男女関係なく王位継承権が出生順になる。
王女の下には3人の王子がいるが、彼女は長女であり、王位継承順位が1位。つまり未来の女王となる人だった。
だからこの前の式典で、王の名代として参加していたのだ。

そんな人が目の前いる。エレーナは緊張せずにはいられない。

持っていたバスケットを地面において、カーテシーをする。指の先まで神経を尖らせる。

式典よりも生地が厚いヴェールを付けているのだろうか。あの時うっすらと見えていた瞳の色は、分からなかった。それに伴って表情も窺えない。

衣擦れの音がする。王女殿下の手が視界の端で動いた。

視線を上げて相対すると、腰掛けていた王女のヴェールが揺れた。頭に乗った小ぶりのティアラ。隣国特有の艶やかな黒髪は下の方で紅いリボンで緩く結ばれている。

立ち上がった彼女はお付きの侍女に耳打ちした。

「王女殿下は〝こちらこそ会えて嬉しいわ。今日1日よろしくね〟とおっしゃっています」

侍女はこちら側の言語をその口から紡いだ。
どうやら王女の言葉を代弁したようだ。直接お声を聞けないのはらなにか事情があるのだろうか。

エレーナのそんな疑問はすぐに解消された。

「申し訳ないのですが、ジェニファー王女殿下は喉を痛めていまして、わたくしが代わりにお答え致します」

侍女が答える傍らで、王女は両手を口元近くで合わせてすまなさそうにしていた。

「そうですか。季節の変わり目ですのでお身体ご自愛くださいませ」

隣国とこの国では気候に差がある。今は夏から秋に移る時期、朝夕の気温差も激しい。加えて慣れない長旅をして王女は来ているのだから、体調を崩してしまったのかもしれない。

ジェニファー王女は机上に置かれていた紙にスラスラと何かを綴った後、こちらに見やすいよう掲げた。

『ごめんなさい。こちらに来て喉の調子をおかしくしてしまったの。今日は他の方とお話ができると聞いて楽しみにしていたのだけど……』

見事な手跡だった。ヴォルデ侯爵は、王女殿下がこちらの言語が苦手だと言っていたがそのようには見えない。文字を書く際止まった様子はなかったし、文法も完璧だ。

『筆談だったらゆっくりになってしまうけれど話すことが可能だわ。あとはルヴァを通してになってしまうけどよろしくね』

ルヴァとは状況的にお付の侍女の名前だろう。
隣にいた彼女が軽く頭を下げた。

『そうそうお近付きの印に』

王女はルヴァに何かを持ってくるように指示した。一旦外に出たルヴァは数分で戻ってきた。その手には小箱がある。

ルヴァから渡される小箱を受け取る。

『開けてみて。気に入ってくれると嬉しいわ』

言われて蓋を開ける。パカっと小気味いい音がして開かれた小箱の中にあったのはブローチだった。
金の細工が施され、カランコエという花の形を模した真ん中に、宝石が嵌め込まれていた。

「事前にどの御方がどの天幕なのか確認していたジェニファー王女殿下が、用意された物です。天幕が違う方にも用意しております」

ルヴァが補足してくれる。つまり、みんなに送られるものということ。大盤振る舞い? でよくこんな大人数に配れるものだ。

「頂いてよろしいのですか?」

『もちろん』

大きく頷かれた。

『私が付けてあげるわ』

滑るようにエレーナの方へ近寄り、白魚のような手がエレーナの持っていたブローチを摘む。 
王女殿下が付けられている香水なのか、爽やかな柑橘類の匂いが鼻をくすぐった。

ヴェールで視界がよくないからか、少しだけもたつきながらエレーナの左胸にブローチを付けてくださる。

「ありがとうございます」

きっちり付けられたブローチは、室内の灯りを反射して煌めいている。

(可愛い。まさか王女殿下から直接頂けるなんて)

ちょんっと王女殿下の前だが思わずブローチをつついてしまった。

「──どういたしまして。とおっしゃっています。あと似合っているとも」

ずっと固い表情をしていたルヴァは、王女殿下に代わってか、少しだけ表情を緩めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...