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「────嬢。エレーナ嬢着いたよ」
「もう……ですか」
体感的にはそれほど経っていない。
瞼を擦りながら瞳を開ければ、間近に侯爵の顔があった。息を吐けば相手にそれが届きそうなほど。一瞬ドキッとする。
「うん」
いつの間にか馬車は止まって、窓からは森林が見えていた。
小さく伸びをして、バスケットを持つ。開けられた扉から先に侯爵が外に出て、エレーナに手を差し出した。
「ありがとうございます」
その手を掴んで外に出ると、新緑の香りがした。空気が澄んでいる。遠くから小鳥のさえずりが聞こえた。
この国は夏が短く、秋が長い。王宮で開かれた夏の舞踏会から1ヶ月しか経っていないが、既にあちらこちらで紅葉が始まっている。
「天幕まで案内するよ。あと、狩りの間注意して欲しいことがある」
「何でしょう?」
「今回の天幕……自由ではないんだ。何処に誰が入るのか指定されている」
「そうなのですか」
普段だったら自由なのになにかあるのだろうか。
「エレーナ嬢は爵位と年齢的にジェニファー王女と同じ天幕になる可能性が高い。あと君の友人のラバト公爵の奥方達とも一緒だろう」
王女と一緒になるなら……粗相をしないように気をつけなければ。友人達との気軽な会話もできないだろう。
先に教えてくれた侯爵に感謝しなければならない。心の準備ができているか出来てないかで、その後の行動が変わってきたりするから。
他国の王族の前で変な真似はできない。そんなことしたらこの国の貴族の品位までもが疑われてしまう。そうなると結果的にリチャード殿下やミュリエル様にも迷惑をかけてしまう。それだけは何としても避けたかった。
「これは他の人には言わないで欲しいんだが、ジェニファー王女はこちらの国の言語が苦手らしい。そしてあちらの国の慣用的にヴェールで顔を隠している」
後者は知っている。なぜなら式典の際にヴェールで顔を隠しているのを見たからだ。前者は仕方の無いことだろう。隣国と言っても国が違う。言語だって変わってくる。
エレーナは少しだけ隣国の言語を齧った程度だが、単語や発音が全く違くて覚えるのをやめてしまおうかとも思ったことがある。最終的に周りの人に必要になるからと無理やり覚えさせられたが……。二度とあの経験はしたくなかった。
他言語は覚えれば覚えるだけ発音が混ざってややこしくなる。
分かっていると頷けば、侯爵は声のトーンを落として話を続ける。
「加えて王女殿下は人見知りが激しい。同じ天幕になった場合、急に近くにいかないようにしてくれ」
「分かりました。覚えておきます」
式典の時のジェニファー王女はそんな風に見えなかった。凛としていて芯の強い方だと思ったのだが……遠くからだったのでそう感じただけだろうか。
ヴォルデ侯爵の主──リチャード殿下はジェニファー王女の滞在中、彼女の応対を陛下や王妃様に変わってこなしている。
だから彼もジェニファー王女のことをよく知っているのだろう。でなければ、王女殿下の弱点となるようなこんな細かいことまで知っているはずがない。
「あとは……王女がいるから騎士が普段よりも人数が多いのと……エレーナ嬢」
急に真剣な目付きになった侯爵を見て、小首を傾げる。
「今日は絶対に、出来る限り1人になってはいけないよ。ほら! 血の気が騒いでいる子息達が誤射して天幕の方に矢や弾丸が来るかもしれない。1人でいると流矢に当たって動けなくなった場合、治療が遅れてしまうからね」
誤射をする可能性は残念ながら少ないとは言えない。過去の大会でも度々起きている。怪我人だって出たことがある。軽傷から重症までそれはその時になってみないとわからない。
幸い死者は出ていない。どんな怪我であろうとすぐに治療ができるよう医師が控えているからだ。ナイトの中にも医者がいて、狩りの最中でも治療にあたる。
そんなこと言っても頻繁に起きていることではなかった。エレーナの周りでそれで怪我をした人はいない。気をつけるに越したことはないが、それほど神経質にならなくてもいいだろう。
──人を守る騎士……だからかしら? こんなに心配しているのは。
「大丈夫ですよ。いつも天幕から出ることはないので」
「それならいいんだ」
ヴォルデ侯爵は安堵したかのように息を吐いた後、エレーナのバスケットを代わりに持って、歩き出した。
「もう……ですか」
体感的にはそれほど経っていない。
瞼を擦りながら瞳を開ければ、間近に侯爵の顔があった。息を吐けば相手にそれが届きそうなほど。一瞬ドキッとする。
「うん」
いつの間にか馬車は止まって、窓からは森林が見えていた。
小さく伸びをして、バスケットを持つ。開けられた扉から先に侯爵が外に出て、エレーナに手を差し出した。
「ありがとうございます」
その手を掴んで外に出ると、新緑の香りがした。空気が澄んでいる。遠くから小鳥のさえずりが聞こえた。
この国は夏が短く、秋が長い。王宮で開かれた夏の舞踏会から1ヶ月しか経っていないが、既にあちらこちらで紅葉が始まっている。
「天幕まで案内するよ。あと、狩りの間注意して欲しいことがある」
「何でしょう?」
「今回の天幕……自由ではないんだ。何処に誰が入るのか指定されている」
「そうなのですか」
普段だったら自由なのになにかあるのだろうか。
「エレーナ嬢は爵位と年齢的にジェニファー王女と同じ天幕になる可能性が高い。あと君の友人のラバト公爵の奥方達とも一緒だろう」
王女と一緒になるなら……粗相をしないように気をつけなければ。友人達との気軽な会話もできないだろう。
先に教えてくれた侯爵に感謝しなければならない。心の準備ができているか出来てないかで、その後の行動が変わってきたりするから。
他国の王族の前で変な真似はできない。そんなことしたらこの国の貴族の品位までもが疑われてしまう。そうなると結果的にリチャード殿下やミュリエル様にも迷惑をかけてしまう。それだけは何としても避けたかった。
「これは他の人には言わないで欲しいんだが、ジェニファー王女はこちらの国の言語が苦手らしい。そしてあちらの国の慣用的にヴェールで顔を隠している」
後者は知っている。なぜなら式典の際にヴェールで顔を隠しているのを見たからだ。前者は仕方の無いことだろう。隣国と言っても国が違う。言語だって変わってくる。
エレーナは少しだけ隣国の言語を齧った程度だが、単語や発音が全く違くて覚えるのをやめてしまおうかとも思ったことがある。最終的に周りの人に必要になるからと無理やり覚えさせられたが……。二度とあの経験はしたくなかった。
他言語は覚えれば覚えるだけ発音が混ざってややこしくなる。
分かっていると頷けば、侯爵は声のトーンを落として話を続ける。
「加えて王女殿下は人見知りが激しい。同じ天幕になった場合、急に近くにいかないようにしてくれ」
「分かりました。覚えておきます」
式典の時のジェニファー王女はそんな風に見えなかった。凛としていて芯の強い方だと思ったのだが……遠くからだったのでそう感じただけだろうか。
ヴォルデ侯爵の主──リチャード殿下はジェニファー王女の滞在中、彼女の応対を陛下や王妃様に変わってこなしている。
だから彼もジェニファー王女のことをよく知っているのだろう。でなければ、王女殿下の弱点となるようなこんな細かいことまで知っているはずがない。
「あとは……王女がいるから騎士が普段よりも人数が多いのと……エレーナ嬢」
急に真剣な目付きになった侯爵を見て、小首を傾げる。
「今日は絶対に、出来る限り1人になってはいけないよ。ほら! 血の気が騒いでいる子息達が誤射して天幕の方に矢や弾丸が来るかもしれない。1人でいると流矢に当たって動けなくなった場合、治療が遅れてしまうからね」
誤射をする可能性は残念ながら少ないとは言えない。過去の大会でも度々起きている。怪我人だって出たことがある。軽傷から重症までそれはその時になってみないとわからない。
幸い死者は出ていない。どんな怪我であろうとすぐに治療ができるよう医師が控えているからだ。ナイトの中にも医者がいて、狩りの最中でも治療にあたる。
そんなこと言っても頻繁に起きていることではなかった。エレーナの周りでそれで怪我をした人はいない。気をつけるに越したことはないが、それほど神経質にならなくてもいいだろう。
──人を守る騎士……だからかしら? こんなに心配しているのは。
「大丈夫ですよ。いつも天幕から出ることはないので」
「それならいいんだ」
ヴォルデ侯爵は安堵したかのように息を吐いた後、エレーナのバスケットを代わりに持って、歩き出した。
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