王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
53 / 150

馬車の中で

しおりを挟む

「……ここで見て見ぬふりをしたら。私がまずいんだよね。お願いだ。私を助けると思ってこの手紙を貸してくれないか」

……彼がなぜまずいことになるのだろう。これはエレーナの問題であって、身に覚えがないのなら別に何もならないと思うのだが。

「ですが大事にしたくないのです。他の方の手に渡るとなると──」

貴族たちは少しの噂でも、話でも、地獄耳のように聞いている。今は何も流れてなくても、彼に手紙を預けたせいでどこからか漏れて、嫌な噂を立てられてしまう可能性だってある。

眉間にシワを寄せたエレーナを見てヴォルデ侯爵は口を開く。

「大丈夫。細心の注意を払うし、彼はそういうの許さないタイプだから。それにあの方は国一の情報網を持っている」

確信めいてヴォルデ侯爵は言いきった。すごい自信だ。

「それなら。私のだとは伏せてくださいませ」

相手が誰であってもこんな汚点になりそうなものをばらしたくない。

「うん」

そう言ったヴォルデ侯爵は懐に差出人不明の手紙をしまった。

そしてしばらく馬車の中は静かになる。

エレーナは侯爵に話してしまったのは最善の選択だったのかと考え始めていた。

人に相談するのは苦手だ。自分の心をさらけ出すようで、不安になってしまう。それでも、今回はヴォルデ侯爵に関係することだと思ったから話した。それに、周りの親しい人達にバレるのも時間の問題だろう。何度も差出人不明の手紙がエレーナに届いていたら流石にデューク達も不審に思うに違いない。

──これで誰からなのか分かればいいのだけれど……

こっそりとため息をつく。エレーナは結構精神的に参っていた。日によって変わるが、ほぼ毎日送られてきている。中には血で書かれている手紙だってあった。受け取った日は思わず悲鳴をあげそうになった。先程考えていたように、事態は悪化しているように思う。

うつむき加減にそんなことを考えていたからだろうか。
心配そうに覗き込まれる。

「昨日は眠れたのか?」

「はい」

「ホントに? とっても眠たそうだが」

クスクスとヴォルデ侯爵は笑っている。からかうように言ってきたのはこの空間を和ませるためだろう。気遣わせてしまって申し訳ない。

──ああ、眠たいのバレてるわ

「昨日は早く寝台に入ったのですが、いつもより朝が早かったので……」

言っている最中にも欠伸が出てきそうになる。
彼を待っていた時と同じように噛み殺せば、じわりと涙が出てきて視界が少しだけぼやけた。

「じゃあ心配で眠れてないとかではないんだな」

「そうですね。すぐに寝てしまいました」

本当は少しの間考え事をしていたのだが、考えるだけ無駄だろうとやめてしまったのだ。その後すぐに睡魔が来てそのまま夢の中に入っていた。

エレーナの取り柄は寝つきがいいことと、エルドレッドと違って起こされれば直ぐに起きられること。

今日も、リリアンが「お嬢様、朝です。起きてください」の声で一瞬で目が覚めた。

元々物音ひとつでも起きることがあったエレーナ。最近は人の声以外ではあまり起きなくなったが、小さい頃は色んな音で起きてしまって寝不足気味だった。

デュークからはエレーナとエルドレッドを足して2で割りたいとよく言われる。
エレーナも、もしそんなことができるならば是非やりたい。

「会場に着くまでまだ時間はある。寝ててもいいよ。何なら肩を貸そうか?」

ヴォルデ侯爵はぽんぽんと己の肩を軽く叩いた。

「いえ、肩は大丈夫です。ですがお言葉に甘えて一眠りしても?」

さすがに侯爵の肩は借りられない。窓により掛かれば寝れるだろう。端のほうに寄って尋ねた。

「いいよ。騎士だとこのくらいの時間帯から起きることもあるんだが、令嬢にはまだ朝早いよね」

「ほんとうにすみません……着いたら声をかけて下さりますと助かります」

「わかった」

了承の言葉と共に侯爵は軽く微笑む。

それを見てエレーナは身体から力を抜いた。窓から差し込む陽光が気持ちいい。瞼を閉じたらすぐに寝てしまった。

すぅすぅと寝息を立てているエレーナを見ながら、侯爵は険しい顔つきになっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています

氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。 それは、絵に描いたような契約結婚だった。 しかし、契約書に記された内容は……。 ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。 小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。 短編読了済みの方もぜひお楽しみください! もちろんハッピーエンドはお約束です♪ 小説家になろうでも投稿中です。 完結しました!! 応援ありがとうございます✨️

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

処理中です...