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突撃訪問
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「レーナっっっ!!!」
「あー来ると思った」
読んでいた本から顔を上げて、開け放たれた扉の方を見る。どうやら穏やかな時間は終わりのようだ。
「昨日リチャード殿下がここに来たって本当?!!」
どかどかと入り込んだエリナが息を荒くしてエレーナに詰め寄った。
「そうね。エリナ、近いわ。もうちょっと離れてくれないかしら」
言えば、即座に離れていった。
「ごっごめんなさい。ちょっと今、周りが見えてなくて」
「そのようね。大声で私の家に乗り込んでくるなんて」
彼女のこのような行動は珍しくなかった。
本を閉じてテーブルの上に置く。
エリナの夫ギルベルトはリチャード殿下の側近だ。日中はずっと近くにいるであろうギルベルトに何も言わずに、ルイス公爵家に来れるわけがない。いくらお忍びだとしても、だ。
それにギルベルトのことだ。機密事項以外エリナに全て話していてもおかしくない。
昨日の件はエリナが飛びつきそうな案件だった。絶対に近日中に当事者から根掘り葉掘り聞くために、来るだろうと思っていた。
「でもエリナのことだから午前中に来るかと思っていたわ」
「ああ、ギルベルトにそれはやめなさいと言われたの」
──中途半端な制しだわ。いっその事、明日まで引き伸ばしてくれればよかったのに……。
あのほわほわしているギルベルトのことだ。エリナに丸め込まれたのだろう。彼はエリナに頭が上がらないから。
「……取り敢えず座れば?」
向かいの席を示して、リリアンにお茶を頼もうかと姿を探すと既にいなかった。多分言われるのを察して、準備しに行ったのだ。
「ありがとう。座らせていただくわ」
被っていた帽子を隣においてエリナは座った。
「で、何を聞きたいの?」
彼女に下手なはぐらかしは通用しない。自分からは吐いた方が後々身のためだ。
「リチャード殿下と何の話をしたのか」
瞳がキラキラ光っている。
「会話らしい会話は何も。殿下よりヴォルデ侯爵様と話していたわ」
「侯爵様ね。一緒に行ったと聞いたわ。でもなぜ?」
「一昨日、私を見つけてくれたのが侯爵様だったから」
その言葉に彼女の視線は足元に向く。
包帯でグルグル巻きの両足。他の者から見たら──特に傷を身体に作らない貴族令嬢からしたら痛々しい。思わず顔を顰めてしまう。もしくは失神する者も出るくらいの傷。
だけど彼女は表情を変えなかった。
エリナは私よりもお転婆娘として名を馳せていたから、同じような傷を何度も作っているのを見た事がある。だから驚かないのだ。
「殿下はそれに着いてきたらしいわ。忙しいのに……」
ヴォルデ侯爵が殿下を煽ったらしいのは伏せる。
「ははん~! そういうことねぇ。ギルベルトが疲れてしまったのも仕方ないわ。こっちの方が大事だもの。私が殿下の立場でもきっと同じ行動に出るわ」
「どうして?」
小首を傾げる。
「そりゃあ2人っきりにさせないためでしょうが」
「もちろん2人っきりにならないわよ。リリアン達がいるもの」
「そういう問題じゃなくってよ……」
運ばれてきた紅茶のカップをエリナは手に取る。
「ではどんな問題なの?」
「分からないの?」
「……分からないわ」
ムスッとすればエリナは呆れたようにため息をついた。その手はテーブルに置かれたお菓子に伸びる。
「──他に殿下から何もされなかった? あの方はレーナが侯爵様とずっと話してたら行動するはずだけど」
「ええなに……も…………っ!」
思い出してしまって頬が赤くなるのを止められない。変に間を置いて答えてしまった。
まずい。これはバレてしまう。詰められる。
「──その表情わかりやすすぎるわ。何をされたのよ」
悪魔のような笑みだ。
「……額と……頬に。殿下の唇が──」
「もうっ! まどろっこしい。要は口付けされたのね。リチャード殿下大胆~!」
「おっ大きいわよ。誰かに聞かれたらどうするの!」
思わず2人っきりの部屋なのにキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
「あなたの家だからどうもしないわ。使用人達は知っているでしょうに」
「そうね……そうだわ」
リチャード殿下は王族だ。だから昨日は一同総出でお見送りをした。あの場にいなかったのは皿洗いをしていたメイドとシェフくらいだ。
今更ながらあんな大勢に見られていたなんて穴があったら入りたい。いや、自分から穴を掘って埋まりたい。今朝も朝食を取りに下に降りれば、使用人達に生暖かい視線を向けられた。とても居心地が悪かった。
「私ね。レーナが幸せになれるならあの方がどうしようと貴方のことを応援しようと思ってた」
唐突にエリナは話し始める。
「うっうん?」
「でもねやめた! 私はリチャード殿下の味方になるわ。と言っても傍観する立ち位置になるだろうけど……。レーナも意地を張るのはやめなさいよね」
それだけ言うとエリナは立ち上がる。
「もう帰るの?」
あと1時間くらいは根掘り葉掘り聞かれると思っていた。エレーナは拍子抜けする。
「言いたいことと聞きたいことは聞けたから帰るわ。じゃあまたね」
通り雨のように去っていくエリナ。エレーナは完全に置いてきぼりをくらった。
──えっと、エリナはリチャード殿下と花嫁がくっつくのを応援するってこと? 別に私には関係ないことよね。花嫁は別だもの。
もはや鈍感を通りこして、わざとなのかと周りにしてみれば疑いたくなってしまうほどだが、エレーナはまた1つ勘違いを増やしたのだった。
「あー来ると思った」
読んでいた本から顔を上げて、開け放たれた扉の方を見る。どうやら穏やかな時間は終わりのようだ。
「昨日リチャード殿下がここに来たって本当?!!」
どかどかと入り込んだエリナが息を荒くしてエレーナに詰め寄った。
「そうね。エリナ、近いわ。もうちょっと離れてくれないかしら」
言えば、即座に離れていった。
「ごっごめんなさい。ちょっと今、周りが見えてなくて」
「そのようね。大声で私の家に乗り込んでくるなんて」
彼女のこのような行動は珍しくなかった。
本を閉じてテーブルの上に置く。
エリナの夫ギルベルトはリチャード殿下の側近だ。日中はずっと近くにいるであろうギルベルトに何も言わずに、ルイス公爵家に来れるわけがない。いくらお忍びだとしても、だ。
それにギルベルトのことだ。機密事項以外エリナに全て話していてもおかしくない。
昨日の件はエリナが飛びつきそうな案件だった。絶対に近日中に当事者から根掘り葉掘り聞くために、来るだろうと思っていた。
「でもエリナのことだから午前中に来るかと思っていたわ」
「ああ、ギルベルトにそれはやめなさいと言われたの」
──中途半端な制しだわ。いっその事、明日まで引き伸ばしてくれればよかったのに……。
あのほわほわしているギルベルトのことだ。エリナに丸め込まれたのだろう。彼はエリナに頭が上がらないから。
「……取り敢えず座れば?」
向かいの席を示して、リリアンにお茶を頼もうかと姿を探すと既にいなかった。多分言われるのを察して、準備しに行ったのだ。
「ありがとう。座らせていただくわ」
被っていた帽子を隣においてエリナは座った。
「で、何を聞きたいの?」
彼女に下手なはぐらかしは通用しない。自分からは吐いた方が後々身のためだ。
「リチャード殿下と何の話をしたのか」
瞳がキラキラ光っている。
「会話らしい会話は何も。殿下よりヴォルデ侯爵様と話していたわ」
「侯爵様ね。一緒に行ったと聞いたわ。でもなぜ?」
「一昨日、私を見つけてくれたのが侯爵様だったから」
その言葉に彼女の視線は足元に向く。
包帯でグルグル巻きの両足。他の者から見たら──特に傷を身体に作らない貴族令嬢からしたら痛々しい。思わず顔を顰めてしまう。もしくは失神する者も出るくらいの傷。
だけど彼女は表情を変えなかった。
エリナは私よりもお転婆娘として名を馳せていたから、同じような傷を何度も作っているのを見た事がある。だから驚かないのだ。
「殿下はそれに着いてきたらしいわ。忙しいのに……」
ヴォルデ侯爵が殿下を煽ったらしいのは伏せる。
「ははん~! そういうことねぇ。ギルベルトが疲れてしまったのも仕方ないわ。こっちの方が大事だもの。私が殿下の立場でもきっと同じ行動に出るわ」
「どうして?」
小首を傾げる。
「そりゃあ2人っきりにさせないためでしょうが」
「もちろん2人っきりにならないわよ。リリアン達がいるもの」
「そういう問題じゃなくってよ……」
運ばれてきた紅茶のカップをエリナは手に取る。
「ではどんな問題なの?」
「分からないの?」
「……分からないわ」
ムスッとすればエリナは呆れたようにため息をついた。その手はテーブルに置かれたお菓子に伸びる。
「──他に殿下から何もされなかった? あの方はレーナが侯爵様とずっと話してたら行動するはずだけど」
「ええなに……も…………っ!」
思い出してしまって頬が赤くなるのを止められない。変に間を置いて答えてしまった。
まずい。これはバレてしまう。詰められる。
「──その表情わかりやすすぎるわ。何をされたのよ」
悪魔のような笑みだ。
「……額と……頬に。殿下の唇が──」
「もうっ! まどろっこしい。要は口付けされたのね。リチャード殿下大胆~!」
「おっ大きいわよ。誰かに聞かれたらどうするの!」
思わず2人っきりの部屋なのにキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
「あなたの家だからどうもしないわ。使用人達は知っているでしょうに」
「そうね……そうだわ」
リチャード殿下は王族だ。だから昨日は一同総出でお見送りをした。あの場にいなかったのは皿洗いをしていたメイドとシェフくらいだ。
今更ながらあんな大勢に見られていたなんて穴があったら入りたい。いや、自分から穴を掘って埋まりたい。今朝も朝食を取りに下に降りれば、使用人達に生暖かい視線を向けられた。とても居心地が悪かった。
「私ね。レーナが幸せになれるならあの方がどうしようと貴方のことを応援しようと思ってた」
唐突にエリナは話し始める。
「うっうん?」
「でもねやめた! 私はリチャード殿下の味方になるわ。と言っても傍観する立ち位置になるだろうけど……。レーナも意地を張るのはやめなさいよね」
それだけ言うとエリナは立ち上がる。
「もう帰るの?」
あと1時間くらいは根掘り葉掘り聞かれると思っていた。エレーナは拍子抜けする。
「言いたいことと聞きたいことは聞けたから帰るわ。じゃあまたね」
通り雨のように去っていくエリナ。エレーナは完全に置いてきぼりをくらった。
──えっと、エリナはリチャード殿下と花嫁がくっつくのを応援するってこと? 別に私には関係ないことよね。花嫁は別だもの。
もはや鈍感を通りこして、わざとなのかと周りにしてみれば疑いたくなってしまうほどだが、エレーナはまた1つ勘違いを増やしたのだった。
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