王子殿下の慕う人

夕香里

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目覚めると

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エレーナの意識が戻ったのは夜のことだった。

はっと目が覚めたのは自室の寝台の上。天蓋に描かれた星座が目に入った。横に頭をずらせば、ずっと横に控えていたのか、リリアンが座りながら眠っていた。

近くにある燭台の炎が揺れる。どうやら明かりはそれだけのようだ。きっともっと明るくしたらエレーナが起きてしまうからと気を使ったのだろう。

「それでも寝ているのに火をつけたままなんて危ないわ」

リリアンは几帳面な性格だ。普段ならこんなミスは犯さない。おそらく寝るつもりがなかったからつけたままだったのだろう。まあ寝ているのでなんとも言えないが。

ふっと軽く息を吹きかけて火を消す。煙はすぐにたち消えた。薄い闇に包まれた室内は今のエレーナにとって心地いい。

上半身を起こして状況把握をする。あれほど熱かった額も頬も、孕んだ熱は消えている。
意識を手放している間に着替えさせてくれたのか、服装はネグリジェに変わっていた。

「訳が分からない……ほんとに」

サイドテーブルに置かれているテディベアを抱きしめて顔を埋める。これは10歳の誕生日にリチャード殿下から頂いたものだった。その時からいつも寝台の隣に置いていて、一緒に寝ることもあった。
何度か洗っているのでくたびれてきているが、今でも大切にしている宝物の1つだ。

「心臓がもたないわよ。はちきれちゃう」

おかげで意識を手放してしまった。

でも、悪い気はしなかった。周りに見られて恥ずかしかったけど嫌だとは思わなかった。

殿下は他の人にもこんなことしてるのだろうか。頬にキスするのは親しい者に対する挨拶でもある。だから親しい人だとは思って……くれていると……。

意味もなく寝台から外を眺めると、満天の星が空を彩り、夜空を創っていた。

「んっ」

「おはようリリアン。目が覚めた?」

「お嬢様……? うわっ暗い! 何で?!」

リリアンは仰け反る。

「あなた寝ていたわ。それなのに火がついていたから消したの」

「……お嬢様が起きたのなら消す必要ないのではございませんか?」

「あっ! それもそうね」

危ないから消してしまえと思ったけど、私が起きているのなら必要なかった。

「お嬢様昼のことは──」

「何も言わないで」

言葉を制する。彼女の言わんとすることは聞かなくても分かる。どうしてなのか知らないが、自分の事のように嬉しそうだった彼女のことだ。余計なことを言ってくるに違いない。

「私の意思は変わらないわ。ヴォルデ侯爵様と婚約する」

再度告げればリリアンは口を固く閉ざした。

「では事務報告のみに。当主様がデュークさんと奥様に説教を受けられています。なので今はお会いになれません」

──まあ当たり前ね。あれで怒られないはずがないわ

お母様は笑顔で、デュークは顔に青筋を立てて、叱りつけている2人の姿が容易に想像できる。

「お嬢様には今から3つの選択肢があります。ひとつ、夕食を食べるか食べないか。ふたつ、入浴するか。みっつ、このまま寝るか」

3本の指を立てられる。置き時計を見れば、既にいつもなら寝ている時間だった。

今から入浴すれば夜中になってしまう。それは美容に悪影響だ。加えてこの時間から夕食を食べるのも……。

「寝る」

「かしこまりました。では就寝の準備のみで」

リリアンは衣装部屋に続くドアを開けた。3分程で出てきて、エレーナに椅子に座るよう促した。

霧吹きでエレーナの髪にミントの香油を溶かした水を吹きかける。そして優しく櫛で梳かす。
絡まった髪がなくなり、艶が出てきたら緩くまとめて右下で結わえる。こうすることで、寝癖がつくのを抑えているのだ。

「できました」

「ありがとう」

寝台に戻ってシーツを手繰り寄せる。枕の所に置いてあったテディベアをサイドテーブルに戻した。

「おやすみリリアン」

「おやすみなさいませお嬢様」

出て行くリリアンにひらひらと手を振り、見送ったあと、エレーナは瞳を閉じた。
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