王子殿下の慕う人

夕香里

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アーネストのからかい

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「おい、リチャード聞いてるのか?」

リチャードはアーネストのことを気にもとめず、書類にひたすら目を通す。

「──じゃあエレーナ嬢に求婚してくるから」

話を聞くだけ無駄だと思われていることを悟り、わざと煽る発言をしてアーネストは踵を返した。

「は?」

──引っかかったな

思わず口角が上がる。

「昨日少しだけ話したのだが、とっても良いご令嬢じゃないか。しかも、婚約者が居ないときた。求婚するしかないだろう?」

リチャードを煽るためだけに買った薔薇の花束をチラつかせる。

今も人気のある絵本──「花の咲く頃王宮で」が流行ってから、薔薇の花束はこの国で主に求婚する際に使われる。
エレーナ嬢にはお見舞いの品だと言うつもりだが、リチャードに対してはそのように説明するつもりがなかった。

「お前が守っているだけでそれ以外何もしないのならば、私が頂いてもいいはずさ」

室内の温度が下がる。

「冗談を言うな」

「冗談と思ってもらっても構わない。どちらにせよ私はルイス家に行くだけだから」

ひらひらと花束をリチャードの目の前で振ったあと、扉の方へ向かおうとした。
がしりと手が掴まれる。ターゲットは完璧に食い付いたらしい。

エレーナ嬢のことになると従兄弟──リチャードは扱いやすい。
すこーしエレーナ嬢に近づこうとしただけでこれである。従兄弟だから手加減なし、隠そうともしないで殺気立っている。それは先程言っていたように、機嫌が悪いのもあるだろうが……。

もし、エレーナ嬢がアーネストに婚約を申し込み、自分が了承したと知ったらどうなるだろうか。多分アーネストは問答無用で殺されると思う。まあ知られないよう立ち回るし、婚約を結ぶ前に2人を結びつけるつもりだから大丈夫だろう。

自分の身の安全が保証されれば、とてもからかいがいがある人物だ。ギルベルトに言ったら怖いもの知らずだと曳かれると思うが。

アーネストはリチャードの感情を知っているし、邪魔をするつもりもない。ただ、中々進展しないどころか、見ていると悪い方向に行っているようだ。だからお節介をすることにした。

これでも従兄弟には幸せになってもらいたいのだ。いつもたぬき爺や狐爺と腹の中を探り合うのは疲れるだろう。アーネストだったら絶対にしたくない。リチャードはいとも簡単に渡り合っているが、すごい才能だと思っていた。

従兄弟には癒しが必要だ。それがエレーナ嬢なのであれば、ちゃんと捕まえてもらわないと困る。

「──アーネストだけで行かせない」

睨みつけられる。

「…………なら先触れを出さないとな。さすがにリチャードが来るとなるとあちらも準備が必要だろう。貴方は殿なのですからね」

すぐ求婚なんてありえないことなのに、嫉妬と不安が入り交じって冷静な判断が出来てない従兄弟。
にやにやしてしまうのが止められない。

それに4歳年下だというのに、年齢差をものともしない話し方をアーネストはする。他の人が見たら不敬だと思われてしまうので、人がいるところでは程々にしているが、2人の時はこれが普通だった。

リチャードも、アーネストの話し方は嫌いではない。こんな風に気さくに話しかけてくれる人は親しい者の仲でもアーネストくらいだから。

アーネストが封筒を差し出せば、苦虫を噛み潰したような顔をした。

「やけに用意周到じゃないか」

「まさか! ただ持ち合わせにあっただけだよリチャード殿下」

こうなるように考えてここに顔を出したのだから当たり前だ。でなければ殺伐として、側近達が捌く書類の膨大さに嘆く、地獄のような場所に足を運ぶはずがない。

訝しげにリチャードはアーネストを一瞥して、さらさらと手紙を書き、封筒に入れて蝋を押そうとして思いとどまる。
流石に当主であるルイス公爵に許可を得ず行くのはだめだろう。確か公爵の今日の出勤時間は、ギルベルトと同じ時間のはずだ。そうなるとあと半刻程で出勤だ。

(訊ねてから出すか)

リチャードは封を押さずに懐に手紙を入れた。
そこに気の抜けるようなお腹の音が鳴った。

「アーネスト」

「いや、朝早くて何も食べてなかったんだ」

笑いながら頭を掻くアーネストにリチャードは嘆息を漏らした。
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