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冗談と本気
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自分でも大胆なことを言ったと思う。ほんの少しもありえないことであるから吹っ切れて言ってしまったのかもしれない。
まあリチャード殿下の隣にいられないのなら、このくらいのからかいは許して欲しい。昨夜の仕返しだ。
少なくなった自分のカップに紅茶を追加で注ぐ。熱い湯気が一瞬視界を奪った。
「──だったら」
「はい?」
「来年だったら……いけるんだけど」
とても残念そうに、大真面目に、リチャード殿下はハンカチを拾い上げながら言った。
おかげでポットを落としてしまいそうになる。
──リチャード殿下は何を言っているの? 冗談? それにしては度が過ぎてない? 私以外の令嬢だったら真に受けるわよ。
口に出す事は出来ないので頭の中で突っ込む。
そんなエレーナの胸中を知らず、リチャード殿下はそのまま話す。
「今年は……ジェニファー王女が僕のクイーンで、今から取り替えられればいいんだけど……さすがに無理だから」
顎に手を当てながら真剣な目付き。どうやら本気のようだ。そうエレーナには見て取れた。
そういえばまだ隣国の王女殿下はこの国に滞在していたのか。すっかりエレーナは忘れていた。
リチャード殿下の言っていた、ジェニファー王女の用事とは何なのだろうか。詮索するのは野暮だし、エレーナが知っていいことでないので聞いたりはしないが……。
そもそも他国の王女がクイーンになるなんて聞いたことがない。例外? 特例? よく分からないが王家側の意図があるのだろう。
けれど花嫁はジェニファー王女では無いと殿下も仰ってた。他に何かあるとしたら……国境や協定、貿易関連だろうか。それなら尚更エレーナが首を突っ込む案件ではない。
「冗談ですので謝る必要はないです」
音を立てて角砂糖を入れた。注いだばかりの紅茶はまだ熱くて、直ぐに砂糖が溶けていく。ふんわりと砂糖の甘い匂いが漂った。
傍に控えていたリリアンに花束を渡して、部屋に置いてくるよう指示をする。
──殿下のクイーンなんて幻にもならない夢ものがたり。
来年にはエレーナは婚約している。そしたらリチャード殿下のクイーンになんてなれない。それに殿下の元にも花嫁が嫁ぎに来るだろう。
「冗談にするつもりないけど……」
リチャードの呟いた言葉は、エレーナによって追加された角砂糖が、紅茶の中に落ちる音で掻き消えた。
少しの間沈黙が包む。ボーンボーンと昼を告げる大時計が鳴り、エレーナは口を開いた。
「昼食を食べていかれますか?」
昼を跨ぐことになるのではないかと思い、念の為食材の用意はしてある。肉と魚とパスタ。どんな種類の料理でもいけるようデュークが手配していた。
シェフ達も厨房でスタンバイしているか、先に予想して作り始めている頃合いだろう。
「いや、直ぐに帰るから──」
「いいのかい? ありがとう」
断りを入れようとしたリチャードの口を塞いで、アーネストが返事をした。
何をするんだとリチャードはアーネストに視線を送るが、アーネストは無視をした。
「勿論ですよ。では用意致しますね。少々お待ちくださいませ」
エレーナが居なくても使用人達は完璧に用意してくれるだろうが、一応指示しなければならない。
食べる場所は食堂でもいいが、今日はそれほど暑くなく、天気もいいので外で食べるのもいいかもしれない。
考えながら車椅子に乗り移ろうとすると、リリアンに手を差し出される。このぐらいなら歩いてもいいだろうに、リリアンは許してくれないのだ。
絶対に主人を歩かせないという強い意志を感じる。
仕方なくリリアンに身を委ね、抱き抱えられて乗り移る。
「それでは一旦失礼します」
エレーナが2人置いて退出すると、リチャードはアーネストの足を踏んだ。
「痛っ! 何をするんだいきなり」
思わず足をアーネストはさする。
「──このためにここに来たのか」
エレーナには絶対に向けないであろう、冷たい表情がそこには浮かんでいた。
まあリチャード殿下の隣にいられないのなら、このくらいのからかいは許して欲しい。昨夜の仕返しだ。
少なくなった自分のカップに紅茶を追加で注ぐ。熱い湯気が一瞬視界を奪った。
「──だったら」
「はい?」
「来年だったら……いけるんだけど」
とても残念そうに、大真面目に、リチャード殿下はハンカチを拾い上げながら言った。
おかげでポットを落としてしまいそうになる。
──リチャード殿下は何を言っているの? 冗談? それにしては度が過ぎてない? 私以外の令嬢だったら真に受けるわよ。
口に出す事は出来ないので頭の中で突っ込む。
そんなエレーナの胸中を知らず、リチャード殿下はそのまま話す。
「今年は……ジェニファー王女が僕のクイーンで、今から取り替えられればいいんだけど……さすがに無理だから」
顎に手を当てながら真剣な目付き。どうやら本気のようだ。そうエレーナには見て取れた。
そういえばまだ隣国の王女殿下はこの国に滞在していたのか。すっかりエレーナは忘れていた。
リチャード殿下の言っていた、ジェニファー王女の用事とは何なのだろうか。詮索するのは野暮だし、エレーナが知っていいことでないので聞いたりはしないが……。
そもそも他国の王女がクイーンになるなんて聞いたことがない。例外? 特例? よく分からないが王家側の意図があるのだろう。
けれど花嫁はジェニファー王女では無いと殿下も仰ってた。他に何かあるとしたら……国境や協定、貿易関連だろうか。それなら尚更エレーナが首を突っ込む案件ではない。
「冗談ですので謝る必要はないです」
音を立てて角砂糖を入れた。注いだばかりの紅茶はまだ熱くて、直ぐに砂糖が溶けていく。ふんわりと砂糖の甘い匂いが漂った。
傍に控えていたリリアンに花束を渡して、部屋に置いてくるよう指示をする。
──殿下のクイーンなんて幻にもならない夢ものがたり。
来年にはエレーナは婚約している。そしたらリチャード殿下のクイーンになんてなれない。それに殿下の元にも花嫁が嫁ぎに来るだろう。
「冗談にするつもりないけど……」
リチャードの呟いた言葉は、エレーナによって追加された角砂糖が、紅茶の中に落ちる音で掻き消えた。
少しの間沈黙が包む。ボーンボーンと昼を告げる大時計が鳴り、エレーナは口を開いた。
「昼食を食べていかれますか?」
昼を跨ぐことになるのではないかと思い、念の為食材の用意はしてある。肉と魚とパスタ。どんな種類の料理でもいけるようデュークが手配していた。
シェフ達も厨房でスタンバイしているか、先に予想して作り始めている頃合いだろう。
「いや、直ぐに帰るから──」
「いいのかい? ありがとう」
断りを入れようとしたリチャードの口を塞いで、アーネストが返事をした。
何をするんだとリチャードはアーネストに視線を送るが、アーネストは無視をした。
「勿論ですよ。では用意致しますね。少々お待ちくださいませ」
エレーナが居なくても使用人達は完璧に用意してくれるだろうが、一応指示しなければならない。
食べる場所は食堂でもいいが、今日はそれほど暑くなく、天気もいいので外で食べるのもいいかもしれない。
考えながら車椅子に乗り移ろうとすると、リリアンに手を差し出される。このぐらいなら歩いてもいいだろうに、リリアンは許してくれないのだ。
絶対に主人を歩かせないという強い意志を感じる。
仕方なくリリアンに身を委ね、抱き抱えられて乗り移る。
「それでは一旦失礼します」
エレーナが2人置いて退出すると、リチャードはアーネストの足を踏んだ。
「痛っ! 何をするんだいきなり」
思わず足をアーネストはさする。
「──このためにここに来たのか」
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