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先触れ
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朝からエレーナは侍女達の監視付きで、移動する際には車椅子を使わないと自室の外に行かせてもらえなかった。
仕方なく車椅子に乗って食堂に行き、ひとりでゆっくり朝餉を食べ、本でも読もうかと思っていた矢先のこと。
ざわつくエントランスが気になり、様子を見に寄り道した。
「なあに? みんなどうしたの?」
押してくれる侍女と2人で首を傾げながら、群がっている使用人達の輪に近づく。
今日はお母様は郊外に用事が、お父様は夜まで仕事。エルドレッドも王宮に出かけていった。
つまりエレーナは夜までひとりの予定だったのだ。刺繍でもしてのんびりまったりしようと思っていたのだが……。
「そっそれが……」
慌てふためく使用人たちの中でただ1人、佇むデュークは手紙を手にしていた。
「デューク、何を持っているの?」
「先触れの手紙です。約束をしてないのに尋ねてくる謝罪と共に」
淡々としているが、話し方に焦りがあった。
「誰から? わたしに?」
デュークは頷く。
珍しいこともあるものだ。友人たちは約束をしてなくても来ることがあるし、先触れを貰ったことがない。よって親しい者ではないということ。
そもそも先触れとは身分が高い者が出すものだ。頻繁に送られて来るものではないし、エレーナだって過去に数回程しか受け取ったことがない。
(なんだか嫌な予感が……)
手紙を受け取ろうと手を差し出す。
「──リチャード殿下とアーネスト・ヴォルデ侯爵からです」
「ん?!」
手紙が手から滑る。落ちたそれはデュークが拾った。
「…………百歩譲ってヴォルデ侯爵様が来るのは分かる。だけどなぜリチャード殿下が? 話があるのならば私が参上するのが筋じゃない?」
「足を怪我しているのに王宮まで来させるのは酷だと書かれております」
ロボットのようにスラスラとデュークが読む。
「いや、そういう問題じゃないわ……一介の公爵家に王子が訪ねることが問題なのよ……」
デュークだって分かっているだろう。よく見れば口元が痙攣している。これは彼の癖で、感情が表に出てこない代わりにそうなるのだ。
再度手渡された手紙を広げる。そこには連名で公爵家に訪ねると書かれていた。
(まさか侯爵様がリチャード殿下に話したのかしら?)
可能性はある。しかしそれならば昨夜お父様に口止めしたのが意味をなさない。そこから推測されるに話してはいないだろう。侯爵様は中々食えないお方だと思うし。
「……すぐに支度しなくてはなりません。お嬢様も早くお着替えを」
矢継ぎ早にリチャード殿下を迎える指示を出していく。
それをぼーっと見ていたエレーナ。
支度……? なんで? まるで今日リチャード殿下が来るみたいな────
「…………!?」
ばっと手元を見る。綺麗な筆蹟で書かれた訪問日は──今日。
「えっ来るの? ほんとうに?」
「現実を見てください。書き間違いなわけないでしょう」
頭の痛い案件で、デュークはため息をつく。
「──お父様には伝えた?」
これはお父様に知らせる案件だろう。この家の主がいないのに、王子殿下を迎え入れるのは無礼だ。
「……ルドウィッグ様には既に伝えており、許可を貰った。と書かれています」
重なっていた2枚目を見るように促され、読んでみるとお父様の手跡が最後にあった。
「──公認なの?! お父様は何を考えているの? 馬鹿なの? 阿呆なの?」
思わず立ち上がろうとしてしまう。それを侍女が押さえた。
「君、お嬢様を自室に。着替えの用意を」
「かしこまりました」
侍女がすぐさま車椅子の向きを変える。
「王子様のご訪問ですって! お嬢様!」
普段お目にかかれない王子を拝見するチャンス。浮かれているのか足が浮き立っている。そのせいで左右に揺れる車椅子。倒れないかヒヤヒヤしながらしがみついた。
慌ただしく自室に戻されたエレーナは、侍女達によって着飾られる。いつもより意気込んでいる彼女達は、あーでもないこーでもないといいつつ、目を輝かせていた。
誰が見ても足以外は完璧な淑女に仕立て上げられ、出迎えるためにエントランスで待機する。
「ねえデューク」
「なんでしょう」
シワひとつない執事服に身を包み、直立不動で立っている彼に声をかける。
「リチャード殿下が以前来たのは何年前かしら」
「お嬢様が流行病に倒れたときですから……7年前ですかね」
──7年前
どこから聞いたのか、多分お父様からだろうけれど、忙しいはずの殿下は秘密裏に王宮を抜け出し、屋敷にやって来た。
その時の家の者の驚きといったら凄かったらしい。
エレーナに至っては熱に魘され、意識が朦朧とする中、自分を覗き込む顔に気がついて悲鳴をあげたのを覚えている。
大人が移ったらどうするのかと窘めても、リチャード殿下はその日、一緒にいてくれたのだ。
ずっと──手を繋いで宥めてくれていた。
幸い重篤にならず、殿下にも移らず、回復したが、王宮に帰った(無理矢理連れ戻された)リチャード殿下は王妃様にこってりと絞られたらしい。
(まさかまた来るなんて……人生は何があるかわからないわね)
それにしてもヴォルデ侯爵と一緒、ということが胸騒ぎする。なんだかめんどくさくなりそうだ。
エレーナはすっかり忘れていた。
彼女がなぜ昨日怪我を増やしたのかを。
そしてリチャード殿下から逃げたままだったということを。
仕方なく車椅子に乗って食堂に行き、ひとりでゆっくり朝餉を食べ、本でも読もうかと思っていた矢先のこと。
ざわつくエントランスが気になり、様子を見に寄り道した。
「なあに? みんなどうしたの?」
押してくれる侍女と2人で首を傾げながら、群がっている使用人達の輪に近づく。
今日はお母様は郊外に用事が、お父様は夜まで仕事。エルドレッドも王宮に出かけていった。
つまりエレーナは夜までひとりの予定だったのだ。刺繍でもしてのんびりまったりしようと思っていたのだが……。
「そっそれが……」
慌てふためく使用人たちの中でただ1人、佇むデュークは手紙を手にしていた。
「デューク、何を持っているの?」
「先触れの手紙です。約束をしてないのに尋ねてくる謝罪と共に」
淡々としているが、話し方に焦りがあった。
「誰から? わたしに?」
デュークは頷く。
珍しいこともあるものだ。友人たちは約束をしてなくても来ることがあるし、先触れを貰ったことがない。よって親しい者ではないということ。
そもそも先触れとは身分が高い者が出すものだ。頻繁に送られて来るものではないし、エレーナだって過去に数回程しか受け取ったことがない。
(なんだか嫌な予感が……)
手紙を受け取ろうと手を差し出す。
「──リチャード殿下とアーネスト・ヴォルデ侯爵からです」
「ん?!」
手紙が手から滑る。落ちたそれはデュークが拾った。
「…………百歩譲ってヴォルデ侯爵様が来るのは分かる。だけどなぜリチャード殿下が? 話があるのならば私が参上するのが筋じゃない?」
「足を怪我しているのに王宮まで来させるのは酷だと書かれております」
ロボットのようにスラスラとデュークが読む。
「いや、そういう問題じゃないわ……一介の公爵家に王子が訪ねることが問題なのよ……」
デュークだって分かっているだろう。よく見れば口元が痙攣している。これは彼の癖で、感情が表に出てこない代わりにそうなるのだ。
再度手渡された手紙を広げる。そこには連名で公爵家に訪ねると書かれていた。
(まさか侯爵様がリチャード殿下に話したのかしら?)
可能性はある。しかしそれならば昨夜お父様に口止めしたのが意味をなさない。そこから推測されるに話してはいないだろう。侯爵様は中々食えないお方だと思うし。
「……すぐに支度しなくてはなりません。お嬢様も早くお着替えを」
矢継ぎ早にリチャード殿下を迎える指示を出していく。
それをぼーっと見ていたエレーナ。
支度……? なんで? まるで今日リチャード殿下が来るみたいな────
「…………!?」
ばっと手元を見る。綺麗な筆蹟で書かれた訪問日は──今日。
「えっ来るの? ほんとうに?」
「現実を見てください。書き間違いなわけないでしょう」
頭の痛い案件で、デュークはため息をつく。
「──お父様には伝えた?」
これはお父様に知らせる案件だろう。この家の主がいないのに、王子殿下を迎え入れるのは無礼だ。
「……ルドウィッグ様には既に伝えており、許可を貰った。と書かれています」
重なっていた2枚目を見るように促され、読んでみるとお父様の手跡が最後にあった。
「──公認なの?! お父様は何を考えているの? 馬鹿なの? 阿呆なの?」
思わず立ち上がろうとしてしまう。それを侍女が押さえた。
「君、お嬢様を自室に。着替えの用意を」
「かしこまりました」
侍女がすぐさま車椅子の向きを変える。
「王子様のご訪問ですって! お嬢様!」
普段お目にかかれない王子を拝見するチャンス。浮かれているのか足が浮き立っている。そのせいで左右に揺れる車椅子。倒れないかヒヤヒヤしながらしがみついた。
慌ただしく自室に戻されたエレーナは、侍女達によって着飾られる。いつもより意気込んでいる彼女達は、あーでもないこーでもないといいつつ、目を輝かせていた。
誰が見ても足以外は完璧な淑女に仕立て上げられ、出迎えるためにエントランスで待機する。
「ねえデューク」
「なんでしょう」
シワひとつない執事服に身を包み、直立不動で立っている彼に声をかける。
「リチャード殿下が以前来たのは何年前かしら」
「お嬢様が流行病に倒れたときですから……7年前ですかね」
──7年前
どこから聞いたのか、多分お父様からだろうけれど、忙しいはずの殿下は秘密裏に王宮を抜け出し、屋敷にやって来た。
その時の家の者の驚きといったら凄かったらしい。
エレーナに至っては熱に魘され、意識が朦朧とする中、自分を覗き込む顔に気がついて悲鳴をあげたのを覚えている。
大人が移ったらどうするのかと窘めても、リチャード殿下はその日、一緒にいてくれたのだ。
ずっと──手を繋いで宥めてくれていた。
幸い重篤にならず、殿下にも移らず、回復したが、王宮に帰った(無理矢理連れ戻された)リチャード殿下は王妃様にこってりと絞られたらしい。
(まさかまた来るなんて……人生は何があるかわからないわね)
それにしてもヴォルデ侯爵と一緒、ということが胸騒ぎする。なんだかめんどくさくなりそうだ。
エレーナはすっかり忘れていた。
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