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眠る前に
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「ザリアル先生こんばんは」
挨拶をして中に入る。
「こんばんはエレーナさま。怪我をされたと聞いて呼ばれたのですが、場所はどこですかな」
「足を……」
「どれ、取り敢えず見てみましょう」
彼の近くまで運ばれて、触られる。
「化膿はしてないようですな。傷薬を出しておきましょう。だけどエレーナさまに今1番大切なのは、動かないことです」
そばに置いてあったカバンから小瓶が出される。
蓋をとって中身を手に垂らす。そしてエレーナの足に塗る。
「どんな痛みでもそのうち引きますが、下手したら傷は消えませんよ。この程度ならば数週間で跡形もなくなるでしょうがね」
「は……い」
暗にこれ以上怪我をするなと言っているのだろう。こればっかりは言い返せない。だってこんなに怪我してる令嬢見たことないもの……。
毎度ザリアル先生にはお世話になっている。
「老いぼれの私を夜更けに呼びつけることが今後なければ嬉しいですがな……エレーナさまに関しては無理でしょう……?」
欠伸を噛み殺しながら、彼は言った。
完全に諦められている。エレーナも否定ができなくて辛い。
「ふぉっふぉっ、そんな顔しないでくだされ。今夜のことは少し嬉しくもありましたぞ」
「なにが……」
「久しぶりに小さい頃のあなたを見れたようで。懐かしい記憶を思い出せました」
過去に思いを馳せているのか、一瞬違うところを見たザリアル先生。直ぐに戻ってきて、優しいほほ笑みをエレーナに向ける。まるで孫に会った祖父のような。暖かいものだ。
「昔はよくこうやって呼びつけられていましたからな。診察を始めると、申し訳なさそうに段々沈んでいく表情。結構好きでしたぞ」
「覚えてなくていいのに……」
「年寄りは物忘れが激しくなりますが、昔のことは結構覚えているものです。特にエレーナさまは印象に残っている」
「…………」
いい意味か。悪い意味か。断言出来る。絶対に後者だ。
「はい、終わりましたよ。この薬は朝夕に毎日塗ってください。包帯も一日ごとに新しいものに変えるように。でなければ、傷口が化膿して本当に跡に残りますからご注意を」
小瓶を机の上に2個置いて、注意事項をデュークに伝える。
「ありがとうございました」
頭を下げる。すると子供を撫でるようにわしゃわしゃと頭を撫でられた。
「来週経過を見に来ますから。またお会いしましょう」
こくりと頷く。ザリアル先生は歳を感じさせない足取りで、使用人に付き添われて部屋を出ていった。
「ねえリリアン」
「なんでしょうお嬢様」
寝台に入ったエレーナは、明かりを消して退出しようとしていたリリアンを呼び止めた。
「正式に結んだわけでないのだけど、私、婚約が決まったわ。先にあなたには言っておこうと思って」
1番近くでエレーナに仕えてくれているリリアンだ。他の人の耳を介して知られるより、直接伝えたかった。
「お相手は……誰ですか?」
ピタリと動きが止まる。
「──アーネスト・ヴォルデ侯爵よ。とても……親切な方だわ。こんな私を受け入れると言ってくれたの」
──他の人に思慕を抱いている人間を
「……どうしてですか」
彼女が持っていたランプが揺れる。
「え?」
「どうしてですか。お嬢様はリチャード殿下が好きなのですよね? なぜ、ほかの人と婚約を?」
「──好きだからよ。私は隣にいてはいけないから」
周りは事ある毎に何故かリチャード殿下とエレーナを結びつける。だが、もし、そのような未来があるのなら、何故今まで彼から何も言われなかったのだろうか。
可愛いと言われることはあるが、それはあくまで家族に言う軽い感じで、恋愛対象としての可愛いでは無いとエレーナは思っていた。
──好き、愛してる、皆が恋人とかに囁かれる言葉を私は一言も言われたことがないのよ? なのにありえない。
貴族令嬢の結婚適齢期は18歳までと言われている。それも、婚約を結んでいる場合だけ。
実際には15歳で婚約者がいないと行き遅れと言われ始める。エレーナは17歳だ。婚約者もいない。
適齢期であった15歳の頃も、リチャード殿下との関係は変わらなかった。それが……答えだろう。
「ですがっ!」
「……私も幸せになりたいの。1人の女性としてささやかでもいい、幸せを掴みたい。だってもう疲れたから」
言い切る前にガバッと上にかけていた布を頭まで被る。
結婚すると好きではなかった相手でも、向ける感情が変わると聞く。もしかしたらエレーナだって変われるかもしれない。
ヴォルデ侯爵は優しそうに見えたからきっと好きになれる。
「……出すぎた真似をいたしました」
「──気にしてないわ」
そうは言っても気まずくて、身じろぎせず、エレーナはシーツから頭を出そうとしなかった。
そのうちに眠気がふらっときて、疲れていたのかリリアンと話をしていたのに眠りについてしまう。
すぅすぅと寝息が聞こえてきた頃、リリアンは布を少し下にずらし、主が呼吸をしやすいように周りを整えた。
そして「おやすみなさいませお嬢様」と眠りについているエレーナに声をかけ、部屋を後にした。
挨拶をして中に入る。
「こんばんはエレーナさま。怪我をされたと聞いて呼ばれたのですが、場所はどこですかな」
「足を……」
「どれ、取り敢えず見てみましょう」
彼の近くまで運ばれて、触られる。
「化膿はしてないようですな。傷薬を出しておきましょう。だけどエレーナさまに今1番大切なのは、動かないことです」
そばに置いてあったカバンから小瓶が出される。
蓋をとって中身を手に垂らす。そしてエレーナの足に塗る。
「どんな痛みでもそのうち引きますが、下手したら傷は消えませんよ。この程度ならば数週間で跡形もなくなるでしょうがね」
「は……い」
暗にこれ以上怪我をするなと言っているのだろう。こればっかりは言い返せない。だってこんなに怪我してる令嬢見たことないもの……。
毎度ザリアル先生にはお世話になっている。
「老いぼれの私を夜更けに呼びつけることが今後なければ嬉しいですがな……エレーナさまに関しては無理でしょう……?」
欠伸を噛み殺しながら、彼は言った。
完全に諦められている。エレーナも否定ができなくて辛い。
「ふぉっふぉっ、そんな顔しないでくだされ。今夜のことは少し嬉しくもありましたぞ」
「なにが……」
「久しぶりに小さい頃のあなたを見れたようで。懐かしい記憶を思い出せました」
過去に思いを馳せているのか、一瞬違うところを見たザリアル先生。直ぐに戻ってきて、優しいほほ笑みをエレーナに向ける。まるで孫に会った祖父のような。暖かいものだ。
「昔はよくこうやって呼びつけられていましたからな。診察を始めると、申し訳なさそうに段々沈んでいく表情。結構好きでしたぞ」
「覚えてなくていいのに……」
「年寄りは物忘れが激しくなりますが、昔のことは結構覚えているものです。特にエレーナさまは印象に残っている」
「…………」
いい意味か。悪い意味か。断言出来る。絶対に後者だ。
「はい、終わりましたよ。この薬は朝夕に毎日塗ってください。包帯も一日ごとに新しいものに変えるように。でなければ、傷口が化膿して本当に跡に残りますからご注意を」
小瓶を机の上に2個置いて、注意事項をデュークに伝える。
「ありがとうございました」
頭を下げる。すると子供を撫でるようにわしゃわしゃと頭を撫でられた。
「来週経過を見に来ますから。またお会いしましょう」
こくりと頷く。ザリアル先生は歳を感じさせない足取りで、使用人に付き添われて部屋を出ていった。
「ねえリリアン」
「なんでしょうお嬢様」
寝台に入ったエレーナは、明かりを消して退出しようとしていたリリアンを呼び止めた。
「正式に結んだわけでないのだけど、私、婚約が決まったわ。先にあなたには言っておこうと思って」
1番近くでエレーナに仕えてくれているリリアンだ。他の人の耳を介して知られるより、直接伝えたかった。
「お相手は……誰ですか?」
ピタリと動きが止まる。
「──アーネスト・ヴォルデ侯爵よ。とても……親切な方だわ。こんな私を受け入れると言ってくれたの」
──他の人に思慕を抱いている人間を
「……どうしてですか」
彼女が持っていたランプが揺れる。
「え?」
「どうしてですか。お嬢様はリチャード殿下が好きなのですよね? なぜ、ほかの人と婚約を?」
「──好きだからよ。私は隣にいてはいけないから」
周りは事ある毎に何故かリチャード殿下とエレーナを結びつける。だが、もし、そのような未来があるのなら、何故今まで彼から何も言われなかったのだろうか。
可愛いと言われることはあるが、それはあくまで家族に言う軽い感じで、恋愛対象としての可愛いでは無いとエレーナは思っていた。
──好き、愛してる、皆が恋人とかに囁かれる言葉を私は一言も言われたことがないのよ? なのにありえない。
貴族令嬢の結婚適齢期は18歳までと言われている。それも、婚約を結んでいる場合だけ。
実際には15歳で婚約者がいないと行き遅れと言われ始める。エレーナは17歳だ。婚約者もいない。
適齢期であった15歳の頃も、リチャード殿下との関係は変わらなかった。それが……答えだろう。
「ですがっ!」
「……私も幸せになりたいの。1人の女性としてささやかでもいい、幸せを掴みたい。だってもう疲れたから」
言い切る前にガバッと上にかけていた布を頭まで被る。
結婚すると好きではなかった相手でも、向ける感情が変わると聞く。もしかしたらエレーナだって変われるかもしれない。
ヴォルデ侯爵は優しそうに見えたからきっと好きになれる。
「……出すぎた真似をいたしました」
「──気にしてないわ」
そうは言っても気まずくて、身じろぎせず、エレーナはシーツから頭を出そうとしなかった。
そのうちに眠気がふらっときて、疲れていたのかリリアンと話をしていたのに眠りについてしまう。
すぅすぅと寝息が聞こえてきた頃、リリアンは布を少し下にずらし、主が呼吸をしやすいように周りを整えた。
そして「おやすみなさいませお嬢様」と眠りについているエレーナに声をかけ、部屋を後にした。
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