王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
36 / 150

使用人との攻防戦

しおりを挟む
「──車椅子なんていらないわ。歩けるもの」

エントランスを通り抜けようとすると他の使用人によって防がれる。

「そうは仰らずに乗って下さいませ」

困ったように顔を見合わせる侍女達。車椅子に座らないと屋敷の中には入れてくれないのか、使用人達によってエントランスを塞がれていた。何度か押し問答が続いているが、中々折れてくれない。

なぜこのような状況になっているのかというと、時は少し遡る。




靴を持ったまま馬車から降りてきたエレーナを待っていたのは、公爵家に仕えてくれている者達だった。

エレーナの姿に悲鳴をあげる者はいなかったが、普段エレーナの周りで働いている者は血の気が引き、他の者も皆、絶句していた。

中には迎えの笑みで固まっている人もいた。ぴくぴくと頬が痙攣している者も。それはお父様の補佐官兼執事でもあるデュークだ。

言葉に発した訳ではないが、みんな脳内でこう考えていた。

──舞踏会に行ったはずなのに何故またお嬢様はボサボサになり、怪我をしているのかと

小さい頃はお転婆娘だったエレーナ。昔はよく生傷を作っていた。他の令嬢だったら痛みに泣くような怪我もケロリとしていた。
だからいつも怪我をした本人よりも、周りが心配し、慌てふためく始末。

今回もそうだ。

こういうのに慣れていた長年仕えている古参の侍女達が動き、屋敷内から車椅子を即座に持ってくる。これは昔、エルドレッドが足を骨折した際に使っていたものだった。

エレーナの性格と、侍女達の行動の意図を理解した者は、エントランスを塞いだ。

ポカンとしていたのは新参の者だけ。それ以外の人達は、会話をしなくても互いの視線で理解し、一手先を読み、動く。

「お嬢様、お乗り下さい」

「いやよ」

エレーナは一瞥し、即座に切り捨てる。

既に御者はお医者様を呼びに馬に鞭を当てて、馬車をUターンさせた。がら空きになった背後を、残った侍女達が埋めて四方を固められる。

彼女達はエレーナが小さい頃から勤めてくれているので、エレーナのことをよく知っている。
だからエレーナが何とかしてこの場を突破しようとしていることを悟り、絶対に逃さない強い意志をひしひしと感じた。

「言うことを聞いてくださいお嬢様」

デュークにため息をつかれる。

「どうやったら舞踏会でそんな状態になるのですか……」

「なるのよ。だから今、こうなっているのでしょう」

少しだけ裾を上げて足を見せれば、はしたないからやめなさいと叱られる。

確かに普通に会場に居ただけではならない。今日はその〝普通〟ではなかったのだ。
一日で起こったとは信じられないほど、沢山のことがエレーナの身に降り掛かってきた。いつもより心身共に疲弊している。

「ですから、取り敢えずお乗り下さい。あなた様は時折無理をされる。私たちがそれを分からないとでも?」

冷たいけれど冷たくない。本当に心配で、言っているのだろう。

「…………」

「お嬢様。素直に乗ってください」

今まで見守っていたリリアンが意を決したように発言した。

「リリアン……あなた。──わかったわ。乗るわ。降参よ」

そんな憂いを帯びた目で見られると良心が痛む。

空気が緩まる。車椅子に腰を下ろせば、靴をデュークが引き取り、すべるように動き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

【本編完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...