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差し伸べられた手
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大好きな人から祝福の言葉を貰い、謁見を終えたエレーナは会場に足を踏み入れた。
しばらくするとデビュタントのファーストダンスの時間になり、デビュタントは各々子息にお願いしに行く。一番人気なのは案の定リチャードだ。
周りの令嬢が王子殿下に群がる中、エレーナもひっそりと紛れ込んだ。
一生に一度の機会だ。自覚していないものの、淡い恋心を持っていたエレーナはリチャードと踊りたかった。
人が多すぎてリチャードが見えない中、がむしゃらに手だけを伸ばして選んでもらおうと声を上げた。
『わっわたしと……踊ってくださいませ……!』
一生懸命声を上げても、他の令嬢達の声に紛れて消えてしまう。
『貴方邪魔よ! 殿下わたくしと!』
『ひゃっ』
終いには横に割り込んできた大柄な令嬢によって、リチャードを囲う輪から弾き出される。
『あら小さすぎて気が付かなかったわ』
ドレスを踏んで足が縺れ、尻もちを着いたエレーナを、結果的に転ばせた張本人がクスクス笑う。
周りの人達に大切に育てられ、暖かさだけに包まれた箱庭の世界に居たエレーナにとって、初めての汚れた世界だった。
視界が歪む。景色がぼやける。ぽろりと涙が溢れて白いドレスに染みを作る。起き上がる気力もなくて己の足を見てしまう。
座り込んで立ち上がらない愛娘に、助けに入ろうと憤ったルドウィッグが動き出したその瞬間だった。
『──僕の小さなお姫様。ダンスのお誘いありがとう』
『え……?』
一筋の光が射すようにエレーナの前に手が差し伸べられる。
見れば令嬢達の中心にいたはずのリチャードが、いつも通りエレーナに微笑みながら目の前にいた。
たとえ小さな声だとしてもエレーナの声を聞き漏らすはずがないリチャードには、しっかりと聞こえていたのだ。
そもそも今日がエレーナのデビュタントと知った時点で、彼は彼女のファーストダンスを頂く予定だった。というか誰にも渡すはずがない。
エレーナの柔らかな頬に伝う涙は、手袋越しに優しく拭われる。
『…………泣かせたやつ許さない』
あんなにも舞踏会を楽しみにしていたエレーナが泣いている。泣かされている。それだけでやはり社交界は反吐が出るほど嫌いだった。
周りを牽制すれば、ひっという声が漏れる。
おそらくこれで今日は何もされないだろう。もし、してきたら容赦なく潰すつもりだった。
それを見てミュリエルは息子──リチャードの心の内と思考を理解し、扇で口元を隠しながらにやにや笑っていた。
逆にリドガルドは何も理解していないようで、変なことを口走らないよう、先手必勝とばかりにミュリエルが足を踏んだ。
『あの……リチャード殿下……』
リチャードがエレーナを選んだのにもかかわらず、諦めずに声をかけてくる令嬢。そろりと細い手が伸びてくる。
しかしリチャードはガン無視した。穢らわしい声なんて聞きたくない。彼には金糸雀のようなエレーナの声だけ聞こえればいいのだから。
『ファーストダンスは踊るって約束しただろう?』
(約束……したっけ?)
エレーナは疑問に思ったが、口には出さなかった。なぜなら、自分を他の令嬢達から助けるための方便だと思ったからだ。
エレーナを立ち上がらせたあと、正式にダンスを申し込む仕草をリチャードはする。
『レーナ、僕と踊ってくれる?』
『はっはい! お願いします!』
考える暇はなかった。考えるつもりもなかった。
涙は嬉し涙に変わり、再び戻ってきた高揚感。躊躇なく己の手を重ねれば、その手を握ったリチャードが温もりを伴って、手袋越しにキスを落とす。
こうしてエレーナは周りの嘲笑からリチャードに助けてもらい、彼と踊ることが出来たのだった。
たとえ自分が記憶している出来事と、周りの思惑が違くても。
エレーナの中では〝ファーストダンスで殿下と踊った〟ということが思い出として残っていた。
しばらくするとデビュタントのファーストダンスの時間になり、デビュタントは各々子息にお願いしに行く。一番人気なのは案の定リチャードだ。
周りの令嬢が王子殿下に群がる中、エレーナもひっそりと紛れ込んだ。
一生に一度の機会だ。自覚していないものの、淡い恋心を持っていたエレーナはリチャードと踊りたかった。
人が多すぎてリチャードが見えない中、がむしゃらに手だけを伸ばして選んでもらおうと声を上げた。
『わっわたしと……踊ってくださいませ……!』
一生懸命声を上げても、他の令嬢達の声に紛れて消えてしまう。
『貴方邪魔よ! 殿下わたくしと!』
『ひゃっ』
終いには横に割り込んできた大柄な令嬢によって、リチャードを囲う輪から弾き出される。
『あら小さすぎて気が付かなかったわ』
ドレスを踏んで足が縺れ、尻もちを着いたエレーナを、結果的に転ばせた張本人がクスクス笑う。
周りの人達に大切に育てられ、暖かさだけに包まれた箱庭の世界に居たエレーナにとって、初めての汚れた世界だった。
視界が歪む。景色がぼやける。ぽろりと涙が溢れて白いドレスに染みを作る。起き上がる気力もなくて己の足を見てしまう。
座り込んで立ち上がらない愛娘に、助けに入ろうと憤ったルドウィッグが動き出したその瞬間だった。
『──僕の小さなお姫様。ダンスのお誘いありがとう』
『え……?』
一筋の光が射すようにエレーナの前に手が差し伸べられる。
見れば令嬢達の中心にいたはずのリチャードが、いつも通りエレーナに微笑みながら目の前にいた。
たとえ小さな声だとしてもエレーナの声を聞き漏らすはずがないリチャードには、しっかりと聞こえていたのだ。
そもそも今日がエレーナのデビュタントと知った時点で、彼は彼女のファーストダンスを頂く予定だった。というか誰にも渡すはずがない。
エレーナの柔らかな頬に伝う涙は、手袋越しに優しく拭われる。
『…………泣かせたやつ許さない』
あんなにも舞踏会を楽しみにしていたエレーナが泣いている。泣かされている。それだけでやはり社交界は反吐が出るほど嫌いだった。
周りを牽制すれば、ひっという声が漏れる。
おそらくこれで今日は何もされないだろう。もし、してきたら容赦なく潰すつもりだった。
それを見てミュリエルは息子──リチャードの心の内と思考を理解し、扇で口元を隠しながらにやにや笑っていた。
逆にリドガルドは何も理解していないようで、変なことを口走らないよう、先手必勝とばかりにミュリエルが足を踏んだ。
『あの……リチャード殿下……』
リチャードがエレーナを選んだのにもかかわらず、諦めずに声をかけてくる令嬢。そろりと細い手が伸びてくる。
しかしリチャードはガン無視した。穢らわしい声なんて聞きたくない。彼には金糸雀のようなエレーナの声だけ聞こえればいいのだから。
『ファーストダンスは踊るって約束しただろう?』
(約束……したっけ?)
エレーナは疑問に思ったが、口には出さなかった。なぜなら、自分を他の令嬢達から助けるための方便だと思ったからだ。
エレーナを立ち上がらせたあと、正式にダンスを申し込む仕草をリチャードはする。
『レーナ、僕と踊ってくれる?』
『はっはい! お願いします!』
考える暇はなかった。考えるつもりもなかった。
涙は嬉し涙に変わり、再び戻ってきた高揚感。躊躇なく己の手を重ねれば、その手を握ったリチャードが温もりを伴って、手袋越しにキスを落とす。
こうしてエレーナは周りの嘲笑からリチャードに助けてもらい、彼と踊ることが出来たのだった。
たとえ自分が記憶している出来事と、周りの思惑が違くても。
エレーナの中では〝ファーストダンスで殿下と踊った〟ということが思い出として残っていた。
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