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祝福のことば(1)
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六年間、永遠のようで、短い年月。
彼女の髪の毛は胸元ぐらいだったのが腰下ぐらいまで伸びて。愛らしさのみだった微笑みは優艶さが見え隠れするようになって。
確実に大人への階段に片足をのせつつある彼女をずっと見てきた。
エレーナがデビュタントを迎えたら……と想像していた。
そしてついに今夜──恋焦がれてきたエレーナがデビューする。リチャードにとって色のない場所に彩りが生まれる。
『正解~! とっても可愛いのよ』
ミュリエルが横に避ければエレーナの視界が開けてリチャードと目線が合った。
『リチャード殿下──こんばんは』
向けられる視線の気恥しさから、エレーナは砕けたようにふにゃりと笑った。それは先程の笑みよりも破壊力が凄かったらしく、周りの大人はたちまちやられてしまった。
そんな中ヴィオレッタのみが満足気だ。
『リチャード殿下、娘が見ての通りデビュタントなのですよ。何か祝福の言葉をいただくことは可能でしょうか』
娘が一番褒めて欲しい、可愛いと言って欲しい、と思っていた人物──リチャードに尋ねる。だけどリチャードは動かない。瞬きもしないで固まっている。
『…………』
聞こえてないかのように無言を貫くリチャードに対してエレーナは不安になった。
『…………リチャード殿下、この格好わたしには不似合いですか?』
震える声が出る。一番褒めて欲しかった人の表情が芳しくない。それだけで涙が出てきそうだった。
ドレスを引き摺るようにしてリチャードの元に行く。衣擦れの音だけが聞こえ、大人達は見守っていた。
『……リチャード殿下』
傍に近寄っても声を発さない。動かない。
『何も言いたくないほど────可愛く……ないのですね』
リチャード殿下のシワひとつない裾を引っ張って震えながら俯く。ここに来るまで高揚していた気持ちは消え去って、その穴を埋めるかのように心は悲しみを運んでいた。
『わたしは……いつものように……』
エレーナが王宮に来たらいつも言ってくれて、嬉しくなる言葉。
──可愛いよ。
それが欲しかった。
泣き出しそうなエレーナを見たミュリエルは、一体なぜ息子は何も言わないのだろうと怒り始めていたその時だった。
『……っ!? !!!』
いきなり挙動不審になり、ビクリと肩が震えたリチャード。裾を握っていたエレーナも軽く悲鳴をあげ、手を離してしまう。
反射的なのかリチャードがその一回り小さい手を握る。不意に握られたエレーナは驚き、手を解こうとした。だが、男であるリチャードに敵うわけがなく、されるがままだ。
『あ……れ……? レーナさっきそこに……』
片手で示したのはミュリエルが立っていた場所。どうやらリチャードの記憶はエレーナが笑ったところで終わっているらしかった。
彼女がリチャードの隣にいることも、泣きそうなのも、小さな手を取っていることも、何もかも把握できていない。
『…………息子よ固まっていたぞ』
普段は空気が読めないリドガルドがそこそこ良さげな発言をする。
『え?』
聞き取れなかったわけではなく、信じられなくてリチャードは聞き返した。
『レーナちゃんを見て固まったのよ。可愛すぎて頭がフリーズしたのでしょう? 分かるわ~私も天使だと思ったもの』
息子の様子が面白おかしすぎてミュリエルは声を上げて笑い始める。ルドウィッグとヴィオレッタはこんな顔もするのかと興味深そうにリチャードを見ていた。
特にルドウィッグはリチャードが冷静沈着、必要の無い政策は容赦なく切り捨てていく場面に多々遭遇しているので、信じられないものを見たかのようだった。
『あ……の……離して……くださいませ』
『ごっごめん。痛かったかな? 怪我はないかい?』
か細い声が聞こえて上の方で握っていた手を離す。リチャードはエレーナが握られた痛みで泣きそうなのかと思い、痣になってないか確認した。
『……殿下』
『どうした? もしかして別のところを怪我させてしまった?』
背丈にエレーナと差があるリチャードは、屈んで目線を合わせる。
『ちが……くて……』
少し動いたら溢れてしまいそうなくらい涙を溜めたエレーナは途切れ途切れに伝える。
『ん?』
『わたしの……この格好は……不似合いですか』
裾を持って手を離す。ひらりと舞い上がったシルクは滑るようにエレーナの身体に纏わった。
『えっ』
落ち込んでいるエレーナを見て動揺が走る。
リチャードは固まってからの記憶がない。だからその間に自分は何かエレーナに酷いことを言ってしまったのだろうか。
『何も……言ってくださらなかったので』
何も……とは? 自分がエレーナを傷つけた? 考えただけでも心が冷えていく。凍っていく。
リチャードは酷く混乱していた。
彼女の髪の毛は胸元ぐらいだったのが腰下ぐらいまで伸びて。愛らしさのみだった微笑みは優艶さが見え隠れするようになって。
確実に大人への階段に片足をのせつつある彼女をずっと見てきた。
エレーナがデビュタントを迎えたら……と想像していた。
そしてついに今夜──恋焦がれてきたエレーナがデビューする。リチャードにとって色のない場所に彩りが生まれる。
『正解~! とっても可愛いのよ』
ミュリエルが横に避ければエレーナの視界が開けてリチャードと目線が合った。
『リチャード殿下──こんばんは』
向けられる視線の気恥しさから、エレーナは砕けたようにふにゃりと笑った。それは先程の笑みよりも破壊力が凄かったらしく、周りの大人はたちまちやられてしまった。
そんな中ヴィオレッタのみが満足気だ。
『リチャード殿下、娘が見ての通りデビュタントなのですよ。何か祝福の言葉をいただくことは可能でしょうか』
娘が一番褒めて欲しい、可愛いと言って欲しい、と思っていた人物──リチャードに尋ねる。だけどリチャードは動かない。瞬きもしないで固まっている。
『…………』
聞こえてないかのように無言を貫くリチャードに対してエレーナは不安になった。
『…………リチャード殿下、この格好わたしには不似合いですか?』
震える声が出る。一番褒めて欲しかった人の表情が芳しくない。それだけで涙が出てきそうだった。
ドレスを引き摺るようにしてリチャードの元に行く。衣擦れの音だけが聞こえ、大人達は見守っていた。
『……リチャード殿下』
傍に近寄っても声を発さない。動かない。
『何も言いたくないほど────可愛く……ないのですね』
リチャード殿下のシワひとつない裾を引っ張って震えながら俯く。ここに来るまで高揚していた気持ちは消え去って、その穴を埋めるかのように心は悲しみを運んでいた。
『わたしは……いつものように……』
エレーナが王宮に来たらいつも言ってくれて、嬉しくなる言葉。
──可愛いよ。
それが欲しかった。
泣き出しそうなエレーナを見たミュリエルは、一体なぜ息子は何も言わないのだろうと怒り始めていたその時だった。
『……っ!? !!!』
いきなり挙動不審になり、ビクリと肩が震えたリチャード。裾を握っていたエレーナも軽く悲鳴をあげ、手を離してしまう。
反射的なのかリチャードがその一回り小さい手を握る。不意に握られたエレーナは驚き、手を解こうとした。だが、男であるリチャードに敵うわけがなく、されるがままだ。
『あ……れ……? レーナさっきそこに……』
片手で示したのはミュリエルが立っていた場所。どうやらリチャードの記憶はエレーナが笑ったところで終わっているらしかった。
彼女がリチャードの隣にいることも、泣きそうなのも、小さな手を取っていることも、何もかも把握できていない。
『…………息子よ固まっていたぞ』
普段は空気が読めないリドガルドがそこそこ良さげな発言をする。
『え?』
聞き取れなかったわけではなく、信じられなくてリチャードは聞き返した。
『レーナちゃんを見て固まったのよ。可愛すぎて頭がフリーズしたのでしょう? 分かるわ~私も天使だと思ったもの』
息子の様子が面白おかしすぎてミュリエルは声を上げて笑い始める。ルドウィッグとヴィオレッタはこんな顔もするのかと興味深そうにリチャードを見ていた。
特にルドウィッグはリチャードが冷静沈着、必要の無い政策は容赦なく切り捨てていく場面に多々遭遇しているので、信じられないものを見たかのようだった。
『あ……の……離して……くださいませ』
『ごっごめん。痛かったかな? 怪我はないかい?』
か細い声が聞こえて上の方で握っていた手を離す。リチャードはエレーナが握られた痛みで泣きそうなのかと思い、痣になってないか確認した。
『……殿下』
『どうした? もしかして別のところを怪我させてしまった?』
背丈にエレーナと差があるリチャードは、屈んで目線を合わせる。
『ちが……くて……』
少し動いたら溢れてしまいそうなくらい涙を溜めたエレーナは途切れ途切れに伝える。
『ん?』
『わたしの……この格好は……不似合いですか』
裾を持って手を離す。ひらりと舞い上がったシルクは滑るようにエレーナの身体に纏わった。
『えっ』
落ち込んでいるエレーナを見て動揺が走る。
リチャードは固まってからの記憶がない。だからその間に自分は何かエレーナに酷いことを言ってしまったのだろうか。
『何も……言ってくださらなかったので』
何も……とは? 自分がエレーナを傷つけた? 考えただけでも心が冷えていく。凍っていく。
リチャードは酷く混乱していた。
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