王子殿下の慕う人

夕香里

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社交界の嫌いなところ

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「次の方、お名前を」

礼服を着た文官がエントランスホールで出席者の確認をしている。

「ルドウィッグ・ルイス、私の他に妻と子供二人が来ている」

インクを吸った羽根ペンを羊皮紙に滑らせて名前を書き連ねていく。

「ルイス公爵様ですね。確認取れました。それではどうぞ今宵の舞踏会、お楽しみくださいませ」

「ありがとう」

頭を下げた文官の横を通り過ぎれば貴族達で溢れかえっていた。

歩みを止めることなくルドウィッグを筆頭に、ルイス家の面々は広間を横切る。ヴィオレッタはルドウィッグと、エレーナはエルドレッドにエスコートされながら。

騒々しい雑音もエレーナにとっては助かることだった。今、静かなところに身を置けば延々とリチャードの花嫁のことを考え、気分を沈ませてしまう。
それに社交界での会話は基本的に噂話と陰湿な陰口だ。四方八方から会話が聞こえてくるということは、意図的に耳を向けなくても様々な情報が入ってくる。

ほら、今も──

斜め前の階段の下で大声で話している貴婦人たち。彼女達はデビュタントの令嬢の品定めをしているようだ。けばけばしく、宝石が鏤められた派手な扇を大きく開き、口元を隠しながら話している。

『ほらあの子、あの令嬢よ。デビュタントのくせに生意気よね。髪飾りが派手だわ』

その言葉に視線をずらせば確かに白いシフォン生地のAラインドレスに、蒼い大きな蝶の髪飾りをつけている令嬢がいた。だが、あのくらいの大きさの髪飾りをつけている人間なら至る所にいる。エレーナだって月がモチーフの大きな髪飾りをつけている。

──馬鹿馬鹿しい

(そこまで派手かしら? あなた達の方が派手だと思うけど……)

エルドレッドも聞こえていたのだろう。エレーナと同じ方向を見ては、何故あんな言われようをしているのかと小首を傾げている。

貴婦人達はデビュタントに親しい者でも殺されたのだろうかと思ってしまうほど、親の仇のように敵視していた。

彼女達は出席確認を済ませたデビュタントを見つけると、睨めつけ、粗探しをしてはこき下ろしているその姿。否応でも目立つ。

『あの方たち煩いわね』
『仕方ないでしょう。あそこは没落寸前なのに美に囚われてお金を浪費しているヴェネツィア伯爵夫人よ。伯爵に愛想つかされて離婚寸前だと聞いたわ』
『伯爵も借金を全てヴェネツィア伯爵夫人に背負わせる気らしいわ。関わらない方が身のためよ』

手前にいた他の貴婦人が声を潜めて言っている。けばけばしい夫人達に比べたら質素であるが、それでも彼女達の次に目立っていた。

貴族達は暇だ。暇なのだ。特に婦人のほうは。だから噂話に花が咲く。話の仕入れがとても早い。
その中でも好物なのがどろりと淀んだ人の汚点。責めて、罵倒して、陰口を叩けるような話。

身も蓋もなくても、噂は真実となって社交界に広まる。だから本当なのかはどうでもいい。
暇を埋めてくれる物ならば。

社交界は狭くて深い。一度噂を流されてしまえば瞬く間に浸透する。それが怖いところでもあり、上手く使えば有利に事を運べる場所でもある。

今日の味方は明日の敵。一度でも信用と人望を失墜させればあとは落ちぶれていくだけ。

自分たちがおぞましい視線をデビュタントの令嬢に向けているように、他の者から白けた視線を向けられているのに気が付かないのは、ある意味才能だと感心する。

(あのようには……なりたくないわね)

反面教師だ。

素晴らしい、真似たい、と思える年上の婦人もいるが、反対に気分が悪くなるような愚かな婦人もいる。

──淀んで、深くて、暗くて、疲れる場所。

エレーナは社交界をそう認識していた。それでも貴族に、しかも爵位の頂点である公爵家に生まれたエレーナが、社交界に顔を出さないなんて出来るはずがない。

デビュタント以来全く社交界に顔を出さないミュルト子爵家の令嬢でさえ、根も葉もない噂でこき下ろされているほどだ。エレーナが深窓の令嬢になったらどう言われるか、考えただけでも嫌な気分になった。
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