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舞踏会の始まり
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いよいよ舞踏会は今晩に迫っていた。
今日の邸宅は、朝早くからルイス家に仕えている侍女達が忙しなく廊下を行き来していて慌ただしい。
ありったけの財と縫製職人の技術を使って新しく作られたドレスは最高傑作と言っても過言ではない出来栄えで、届けられた箱を開けた侍女達は感嘆の声を上げていた。
「お嬢様、頭につける飾りはどれに致しましょう」
「貴方達が似合うと思ったものでいいわ」
上の空で答えるとリリアンは「かしこまりました」とだけ言い、他の侍女達に次々と指示を出していく。
リリアンが泣き崩れたあの日を境に何かが変わるかと思ったが、彼女との関係は少し違和感が残るものの表面上普通通りだった。しかし彼女はあれ以来一言もエレーナの前でリチャードの話をしない。
おそらく言ったらまたあの日のようになると思われているのだろう。そんなことはないのに。
あれは想定していない場で、想定していない話をされたから驚いてしまったのだ。先に前振りさえあれば心の準備もできるし驚くことは無い。笑って返答するくらい赤子にも出来る。
ふうと息を吐いて鏡を見れば、着替えはほとんど終わっていた。
自分を飾り付ける宝石類も、ドレスも、何でもいい。どうでもいい。人前に出て変な格好でなければ。笑い者にならないならば。
それは自分が持っているドレス類が全て素晴らしいものだと思っているのもあるが、綺麗に着飾っても見せたい、褒められたい相手はいなくなってしまったからでもある。
蝋人形のように大鏡の前で立っていれば、侍女達が全て準備をしてくれる。まるで小さい子が遊ぶ着せ替え人形になったかのようだ。
「終わりましたお嬢様。とてもお綺麗ですよ」
「そう……ありがとう」
頭から足の先まで飾り付けられたエレーナは自負になってしまうが綺麗だと思った。薄く化粧を施した肌は目元にあったクマを隠している。
周りの侍女たちもリリアンに倣って、褒めたたえてくれる。
そんな中、頭に占めるのは婚約者候補の情報と憂鬱な感情のみで、いつもみたいに高揚した気持ちは片隅にも残っていない。
「エルドレッド坊っちゃまがお待ちです」
開かれた扉から執事が顔を出してエレーナを呼ぶ。今日の彼女のエスコートは弟のエルドレッドだった。
エレーナはドレスの裾を踏んで転ばないように慎重に足を運ぶ。
廊下に出て、リリアンの手を借りながら階段を下りるとエルドレッドが手を差し出す。
「姉上大丈夫ですか」
「どうして……? 体調が悪いように見える?」
きょとんと不思議そうにエレーナはエルドレッドを見た。
エルドレッドが尋ねたのは体調ではなかった。足を怪我していた姉を心配していたのだ。今は丈の長いドレスを着ているから見えないが、両足に包帯を巻いている。
エルドレッドは噂の花嫁がエレーナだと確信していた。なのに自分の姉上は違う人が花嫁に選ばれると思っている。
どうしたらそんなことになるのか……リチャードに問いつめたかった。あの御方は姉のことが好きなはずなのに、幸せにするわけではなく、悲しませている。
「姉上は怪我をしてます。だから舞踏会には欠席した方が──」
これ以上傷つく家族を見たくなかった。行って姉が悲しむならば、辛くなるならば、行かない方がいいに決まっている。
「大丈夫よ。行きましょうエルドレッド」
そんな思いを持っていた弟の言葉を遮って、エレーナは歩みを進めた。
玄関に横付けされた馬車の中には既にルイス公爵と夫人が乗っていて、子供たちを待っていた。
「エレーナ本当に行くのか?」
「ええ行きます」
少しぎこちなく笑えば父はどう接すればいいのか分からないようで、忙しなく手を動かす。
「レーナ、足に違和感を感じたらすぐに帰るのよ? 私たちを待たなくていいからね」
「はいお母様」
頷けば、何を言ってもエレーナの意思は固く、変えるつもりがない。と思ったのだろう。ヴィオレッタはエレーナのことを心配しているようだが、それ以上のことは何も言って来なかった。
道中の馬車は、車輪が石を弾く音と馬の嘶き声が時折聞こえてくるだけで、とても静かだった。
エレーナは馬車の窓から見える王宮に視線を向けていた。外観もきらびやかな王宮は今日行われる舞踏会のためにいつもより灯りを灯し、参加者を待っている。
「今日は姉上の傍から離れませんから!」
何を思ったのか弟は突然宣言して、エレーナは車内に意識を向け直した。
「それはどうかしら。きっとデビュタントに踊りを申し込まれるわよ」
姉という贔屓目を除外しても、エルドレッドは公爵家の嫡男で、婚約者がいない。上の者に取り入りたい他家からすればこれ以上ない有望株だ。
だから踊りを申し込まれないはずがない。ずっと傍にいられても困ってしまうし、デビュタント達のファーストダンスの間にエルドレッドを撒けばいい。そう考えていた。
エレーナの一番の目的は婚約者探しと恋心を捨て去ることだから、弟に邪魔されるのは阻止するしかないのだ。
今日の邸宅は、朝早くからルイス家に仕えている侍女達が忙しなく廊下を行き来していて慌ただしい。
ありったけの財と縫製職人の技術を使って新しく作られたドレスは最高傑作と言っても過言ではない出来栄えで、届けられた箱を開けた侍女達は感嘆の声を上げていた。
「お嬢様、頭につける飾りはどれに致しましょう」
「貴方達が似合うと思ったものでいいわ」
上の空で答えるとリリアンは「かしこまりました」とだけ言い、他の侍女達に次々と指示を出していく。
リリアンが泣き崩れたあの日を境に何かが変わるかと思ったが、彼女との関係は少し違和感が残るものの表面上普通通りだった。しかし彼女はあれ以来一言もエレーナの前でリチャードの話をしない。
おそらく言ったらまたあの日のようになると思われているのだろう。そんなことはないのに。
あれは想定していない場で、想定していない話をされたから驚いてしまったのだ。先に前振りさえあれば心の準備もできるし驚くことは無い。笑って返答するくらい赤子にも出来る。
ふうと息を吐いて鏡を見れば、着替えはほとんど終わっていた。
自分を飾り付ける宝石類も、ドレスも、何でもいい。どうでもいい。人前に出て変な格好でなければ。笑い者にならないならば。
それは自分が持っているドレス類が全て素晴らしいものだと思っているのもあるが、綺麗に着飾っても見せたい、褒められたい相手はいなくなってしまったからでもある。
蝋人形のように大鏡の前で立っていれば、侍女達が全て準備をしてくれる。まるで小さい子が遊ぶ着せ替え人形になったかのようだ。
「終わりましたお嬢様。とてもお綺麗ですよ」
「そう……ありがとう」
頭から足の先まで飾り付けられたエレーナは自負になってしまうが綺麗だと思った。薄く化粧を施した肌は目元にあったクマを隠している。
周りの侍女たちもリリアンに倣って、褒めたたえてくれる。
そんな中、頭に占めるのは婚約者候補の情報と憂鬱な感情のみで、いつもみたいに高揚した気持ちは片隅にも残っていない。
「エルドレッド坊っちゃまがお待ちです」
開かれた扉から執事が顔を出してエレーナを呼ぶ。今日の彼女のエスコートは弟のエルドレッドだった。
エレーナはドレスの裾を踏んで転ばないように慎重に足を運ぶ。
廊下に出て、リリアンの手を借りながら階段を下りるとエルドレッドが手を差し出す。
「姉上大丈夫ですか」
「どうして……? 体調が悪いように見える?」
きょとんと不思議そうにエレーナはエルドレッドを見た。
エルドレッドが尋ねたのは体調ではなかった。足を怪我していた姉を心配していたのだ。今は丈の長いドレスを着ているから見えないが、両足に包帯を巻いている。
エルドレッドは噂の花嫁がエレーナだと確信していた。なのに自分の姉上は違う人が花嫁に選ばれると思っている。
どうしたらそんなことになるのか……リチャードに問いつめたかった。あの御方は姉のことが好きなはずなのに、幸せにするわけではなく、悲しませている。
「姉上は怪我をしてます。だから舞踏会には欠席した方が──」
これ以上傷つく家族を見たくなかった。行って姉が悲しむならば、辛くなるならば、行かない方がいいに決まっている。
「大丈夫よ。行きましょうエルドレッド」
そんな思いを持っていた弟の言葉を遮って、エレーナは歩みを進めた。
玄関に横付けされた馬車の中には既にルイス公爵と夫人が乗っていて、子供たちを待っていた。
「エレーナ本当に行くのか?」
「ええ行きます」
少しぎこちなく笑えば父はどう接すればいいのか分からないようで、忙しなく手を動かす。
「レーナ、足に違和感を感じたらすぐに帰るのよ? 私たちを待たなくていいからね」
「はいお母様」
頷けば、何を言ってもエレーナの意思は固く、変えるつもりがない。と思ったのだろう。ヴィオレッタはエレーナのことを心配しているようだが、それ以上のことは何も言って来なかった。
道中の馬車は、車輪が石を弾く音と馬の嘶き声が時折聞こえてくるだけで、とても静かだった。
エレーナは馬車の窓から見える王宮に視線を向けていた。外観もきらびやかな王宮は今日行われる舞踏会のためにいつもより灯りを灯し、参加者を待っている。
「今日は姉上の傍から離れませんから!」
何を思ったのか弟は突然宣言して、エレーナは車内に意識を向け直した。
「それはどうかしら。きっとデビュタントに踊りを申し込まれるわよ」
姉という贔屓目を除外しても、エルドレッドは公爵家の嫡男で、婚約者がいない。上の者に取り入りたい他家からすればこれ以上ない有望株だ。
だから踊りを申し込まれないはずがない。ずっと傍にいられても困ってしまうし、デビュタント達のファーストダンスの間にエルドレッドを撒けばいい。そう考えていた。
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