王子殿下の慕う人

夕香里

文字の大きさ
上 下
11 / 150

舞踏会の始まり

しおりを挟む
いよいよ舞踏会は今晩に迫っていた。

今日の邸宅は、朝早くからルイス家に仕えている侍女達が忙しなく廊下を行き来していて慌ただしい。

ありったけの財と縫製職人の技術を使って新しく作られたドレスは最高傑作と言っても過言ではない出来栄えで、届けられた箱を開けた侍女達は感嘆の声を上げていた。

「お嬢様、頭につける飾りはどれに致しましょう」

「貴方達が似合うと思ったものでいいわ」

上の空で答えるとリリアンは「かしこまりました」とだけ言い、他の侍女達に次々と指示を出していく。

リリアンが泣き崩れたあの日を境に何かが変わるかと思ったが、彼女との関係は少し違和感が残るものの表面上普通通りだった。しかし彼女はあれ以来一言もエレーナの前でリチャードの話をしない。

おそらく言ったらまたあの日のようになると思われているのだろう。そんなことはないのに。
あれは想定していない場で、想定していない話をされたから驚いてしまったのだ。先に前振りさえあれば心の準備もできるし驚くことは無い。笑って返答するくらい赤子にも出来る。

ふうと息を吐いて鏡を見れば、着替えはほとんど終わっていた。

自分を飾り付ける宝石類も、ドレスも、何でもいい。どうでもいい。人前に出て変な格好でなければ。笑い者にならないならば。
それは自分が持っているドレス類が全て素晴らしいものだと思っているのもあるが、綺麗に着飾っても見せたい、褒められたい相手はいなくなってしまったからでもある。

蝋人形のように大鏡の前で立っていれば、侍女達が全て準備をしてくれる。まるで小さい子が遊ぶ着せ替え人形になったかのようだ。

「終わりましたお嬢様。とてもお綺麗ですよ」

「そう……ありがとう」

頭から足の先まで飾り付けられたエレーナは自負になってしまうが綺麗だと思った。薄く化粧を施した肌は目元にあったクマを隠している。

周りの侍女たちもリリアンに倣って、褒めたたえてくれる。
そんな中、頭に占めるのは婚約者候補の情報と憂鬱な感情のみで、いつもみたいに高揚した気持ちは片隅にも残っていない。

「エルドレッド坊っちゃまがお待ちです」

開かれた扉から執事が顔を出してエレーナを呼ぶ。今日の彼女のエスコートは弟のエルドレッドだった。
エレーナはドレスの裾を踏んで転ばないように慎重に足を運ぶ。
廊下に出て、リリアンの手を借りながら階段を下りるとエルドレッドが手を差し出す。

「姉上大丈夫ですか」

「どうして……? 体調が悪いように見える?」

きょとんと不思議そうにエレーナはエルドレッドを見た。

エルドレッドが尋ねたのは体調ではなかった。足を怪我していた姉を心配していたのだ。今は丈の長いドレスを着ているから見えないが、両足に包帯を巻いている。

エルドレッドは噂の花嫁がエレーナだと確信していた。なのに自分の姉上は違う人が花嫁に選ばれると思っている。
どうしたらそんなことになるのか……リチャードに問いつめたかった。あの御方は姉のことが好きなはずなのに、幸せにするわけではなく、悲しませている。

「姉上は怪我をしてます。だから舞踏会には欠席した方が──」

これ以上傷つく家族を見たくなかった。行って姉が悲しむならば、辛くなるならば、行かない方がいいに決まっている。

「大丈夫よ。行きましょうエルドレッド」

そんな思いを持っていた弟の言葉を遮って、エレーナは歩みを進めた。

玄関に横付けされた馬車の中には既にルイス公爵と夫人が乗っていて、子供たちを待っていた。

「エレーナ本当に行くのか?」

「ええ行きます」

少しぎこちなく笑えば父はどう接すればいいのか分からないようで、忙しなく手を動かす。

「レーナ、足に違和感を感じたらすぐに帰るのよ? 私たちを待たなくていいからね」

「はいお母様」

頷けば、何を言ってもエレーナの意思は固く、変えるつもりがない。と思ったのだろう。ヴィオレッタはエレーナのことを心配しているようだが、それ以上のことは何も言って来なかった。

道中の馬車は、車輪が石を弾く音と馬の嘶き声が時折聞こえてくるだけで、とても静かだった。
エレーナは馬車の窓から見える王宮に視線を向けていた。外観もきらびやかな王宮は今日行われる舞踏会のためにいつもより灯りを灯し、参加者を待っている。

「今日は姉上の傍から離れませんから!」

何を思ったのか弟は突然宣言して、エレーナは車内に意識を向け直した。

「それはどうかしら。きっとデビュタントに踊りを申し込まれるわよ」

姉という贔屓目を除外しても、エルドレッドは公爵家の嫡男で、婚約者がいない。上の者に取り入りたい他家からすればこれ以上ない有望株だ。

だから踊りを申し込まれないはずがない。ずっと傍にいられても困ってしまうし、デビュタント達のファーストダンスの間にエルドレッドを撒けばいい。そう考えていた。

エレーナの一番の目的は婚約者探しと恋心を捨て去ることだから、弟に邪魔されるのは阻止するしかないのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。

大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」 「サム、もちろん私も愛しているわ」  伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。  告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。  泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。  リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。 どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ

基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。 わかりませんか? 貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」 伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。 彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。 だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。 フリージアは、首を傾げてみせた。 「私にどうしろと」 「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」 カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。 「貴女はそれで構わないの?」 「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」 カリーナにも婚約者は居る。 想い合っている相手が。 だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら

基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。 エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。 微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。 エブリシアは苦笑した。 今日までなのだから。 今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。

処理中です...