24 / 150
追いつかない
しおりを挟む
「……そういうことにしてあげるよ」
「何かおっしゃいました?」
「何も言ってないよ」
嘘だ。絶対ぜーったい口が動いてた。
疑うエレーナに気がついているのかいないのか。多分気がついているが、素知らぬ振りをしているのだ。
「エルドレッドの婚約相手を探すにも、その足ではダメだろう? ほら行くよ」
「え?! あっ……うぇ?! うぅ殿下、下ろしてください」
問答無用でリチャードはエレーナを抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこ。まさかこんな、周りを貴族ばかりに囲まれたところでされるなんてエレーナは思ってなかった。
この時点でさえ注目を集めていた二人だ。リチャードの方が優しく抱き上げれば令嬢達からは悲鳴が、子息達からは可憐な花が一輪手折られる失望の声が上がる。
リチャードとエレーナは周りの視線を気にしていなかった。
二人だけの世界だった。
細かくいえばエレーナは最初気にしていたが、意識の向く先を無理やり固定されたのだ。
「そうだなぁ。小さい頃の僕の呼び方で呼んでくれたら下ろしてあげてもいいよ」
他の人には聞こえないくらいの音量でリチャードは囁く。
(小さい頃からの呼び方? 小さい頃の呼び方は…………まさか!?)
ボッと赤くなったエレーナを見てリチャードは笑う。
「えっあのっうぇ?!」
あれはリチャードと発音が出来なくてしてた呼び方だ。本来あんな呼び方をできるはずがない。だからリチャードと発音できるようになった時から止めた呼び方だった。それをまだ覚えていて、ここで出してくるなんて……。
「多分レーナが想像してるので合ってるよ」
「…………リー様」
抱き抱えられたままボソリと呟く。恥ずかしくて顔を覆えば、世界は暗闇に包まれて自分の鼓動の大きな音だけが聞こえる。
「ん? 聞こえないな」
「リー様!」
リチャードの耳に口を近づけて囁く。
「なんか余計なものがついてるよレーナ」
くくくと笑いながらリチャードは文句をつける。
普段の優しさからは想像ができないくらいエレーナをからかってくる。
(なんなの!? こんな殿下見たことないんですが!!!)
「うぅ……意地悪してますね────リー」
「はい、よく出来ました」
最後にほんとに小さな、囁きよりも小さな声で言ったのに、リチャードは聞き取っていた。
(やっぱり全部聞こえていたのね! 聞こえないふりして、三回も言わせるなんて!)
羞恥心で耳まで真っ赤になったエレーナを、満足気にリチャードは見る。
「ほら! 言いました! 言いましたよ! 下ろしてくださいませ!」
「嫌だ」
何も寄せつけない美貌の笑顔できっぱりと。
「な!」
「酷い、なんて言わせないよ。僕が言ったのは下ろしてあげてもいいよ、だ。下ろすとは言ってない」
(へりくつだ! 屁理屈以外の何物でもないわ!)
エレーナの頭はパンクしそうだった。
「殿下は花嫁を選ぶのではないのですか? 私を運ぶよりそちらの方が重要では?」
「あの噂は半分ほんとで半分嘘だから。しかもあれ流したの僕だし」
「え?」
気が付いたら会場の外で、人気のない廊下を進んでいく。突き当たりを左に行けば体調不良者が出た場合の控え室が数部屋準備されていた。
一番手前の部屋を開けて、リチャードはエレーナを優しくソファに下ろす。
「花嫁は最初から決まっていた。僕は捕まえた……はずなんだけど」
エレーナの左手を取って、絡めて、強く握る。そして上目遣いに見てくる。
そんなリチャードの表情が、視線が、まるで恋人のように絡められている手が、扉は開いているが二人っきりという状況が、エレーナのキャパをオーバーさせるには充分だった。
正気を保っているのが限界だった。プシューという音が聞こえてきそうなほどエレーナは縮こまる。まともな言葉が出てこなかった。
「ふえっ?! え?」
今見た光景が、されたことが、現実では無い気がしてエレーナは小首を傾げる。
「足をちゃんと見せて」
エレーナの許可を待たずにドレスのスカート部分を少し捲って、右足を明かりの下に晒す。それだけでもうリチャードは顔を顰めた。
華奢な、数日前まで傷一つなかった足は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。白い布に隠されていない皮膚はなかった。
治癒士に痛みは無くしてもらったが、傷は自分の自己回復でしか治らない。
「これは……酷い……どうしてこんな状態で舞踏会になんて来たんだ。知っていたら踊らなかったのに」
白い布を解けば細かい傷と赤い瘡蓋。足の裏は破片を踏んで大きく抉れた皮膚。
「痛みはありませんよ」
目も当てられない、とばかりに絶句しているリチャードを見ると申し訳なくなってくる。エレーナはそんな表情をさせたかったわけじゃない。教えるつもりもなかったし、見つかることも考えてなかった。
「そういう問題じゃない。足に痕が残ったらどうするんだ。なぜ一週間の間にこんな怪我を」
「それは……まあ色々とありまして」
全ての元凶が目の前の人だとは言えない。エレーナは目を空中に逸らす。
どうやっても理由を教えてもらえないと思ってくれたのだろう。リチャードは溜息を付いて立ち上がる。
「僕は会場に戻らないといけない。また戻ってくるからレーナはここにいるんだよ? 分かったね」
とりあえずエレーナは頷く。しかし、聞き入れるつもりはなかった。
そんなことしてたら目的を達成することは叶わない。
(殿下が居なくなればこっちのものよ。部屋から離れてしまえばバレることも無いわ)
部屋を出ていくリチャードが見えなくなったのを確認して、エレーナは部屋を出ようと扉の外に出たのだが───?
「あのぉ」
エレーナは白いドレスに身を包んだ美少女に呼ばれ、足を止めた。
「何かおっしゃいました?」
「何も言ってないよ」
嘘だ。絶対ぜーったい口が動いてた。
疑うエレーナに気がついているのかいないのか。多分気がついているが、素知らぬ振りをしているのだ。
「エルドレッドの婚約相手を探すにも、その足ではダメだろう? ほら行くよ」
「え?! あっ……うぇ?! うぅ殿下、下ろしてください」
問答無用でリチャードはエレーナを抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこ。まさかこんな、周りを貴族ばかりに囲まれたところでされるなんてエレーナは思ってなかった。
この時点でさえ注目を集めていた二人だ。リチャードの方が優しく抱き上げれば令嬢達からは悲鳴が、子息達からは可憐な花が一輪手折られる失望の声が上がる。
リチャードとエレーナは周りの視線を気にしていなかった。
二人だけの世界だった。
細かくいえばエレーナは最初気にしていたが、意識の向く先を無理やり固定されたのだ。
「そうだなぁ。小さい頃の僕の呼び方で呼んでくれたら下ろしてあげてもいいよ」
他の人には聞こえないくらいの音量でリチャードは囁く。
(小さい頃からの呼び方? 小さい頃の呼び方は…………まさか!?)
ボッと赤くなったエレーナを見てリチャードは笑う。
「えっあのっうぇ?!」
あれはリチャードと発音が出来なくてしてた呼び方だ。本来あんな呼び方をできるはずがない。だからリチャードと発音できるようになった時から止めた呼び方だった。それをまだ覚えていて、ここで出してくるなんて……。
「多分レーナが想像してるので合ってるよ」
「…………リー様」
抱き抱えられたままボソリと呟く。恥ずかしくて顔を覆えば、世界は暗闇に包まれて自分の鼓動の大きな音だけが聞こえる。
「ん? 聞こえないな」
「リー様!」
リチャードの耳に口を近づけて囁く。
「なんか余計なものがついてるよレーナ」
くくくと笑いながらリチャードは文句をつける。
普段の優しさからは想像ができないくらいエレーナをからかってくる。
(なんなの!? こんな殿下見たことないんですが!!!)
「うぅ……意地悪してますね────リー」
「はい、よく出来ました」
最後にほんとに小さな、囁きよりも小さな声で言ったのに、リチャードは聞き取っていた。
(やっぱり全部聞こえていたのね! 聞こえないふりして、三回も言わせるなんて!)
羞恥心で耳まで真っ赤になったエレーナを、満足気にリチャードは見る。
「ほら! 言いました! 言いましたよ! 下ろしてくださいませ!」
「嫌だ」
何も寄せつけない美貌の笑顔できっぱりと。
「な!」
「酷い、なんて言わせないよ。僕が言ったのは下ろしてあげてもいいよ、だ。下ろすとは言ってない」
(へりくつだ! 屁理屈以外の何物でもないわ!)
エレーナの頭はパンクしそうだった。
「殿下は花嫁を選ぶのではないのですか? 私を運ぶよりそちらの方が重要では?」
「あの噂は半分ほんとで半分嘘だから。しかもあれ流したの僕だし」
「え?」
気が付いたら会場の外で、人気のない廊下を進んでいく。突き当たりを左に行けば体調不良者が出た場合の控え室が数部屋準備されていた。
一番手前の部屋を開けて、リチャードはエレーナを優しくソファに下ろす。
「花嫁は最初から決まっていた。僕は捕まえた……はずなんだけど」
エレーナの左手を取って、絡めて、強く握る。そして上目遣いに見てくる。
そんなリチャードの表情が、視線が、まるで恋人のように絡められている手が、扉は開いているが二人っきりという状況が、エレーナのキャパをオーバーさせるには充分だった。
正気を保っているのが限界だった。プシューという音が聞こえてきそうなほどエレーナは縮こまる。まともな言葉が出てこなかった。
「ふえっ?! え?」
今見た光景が、されたことが、現実では無い気がしてエレーナは小首を傾げる。
「足をちゃんと見せて」
エレーナの許可を待たずにドレスのスカート部分を少し捲って、右足を明かりの下に晒す。それだけでもうリチャードは顔を顰めた。
華奢な、数日前まで傷一つなかった足は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。白い布に隠されていない皮膚はなかった。
治癒士に痛みは無くしてもらったが、傷は自分の自己回復でしか治らない。
「これは……酷い……どうしてこんな状態で舞踏会になんて来たんだ。知っていたら踊らなかったのに」
白い布を解けば細かい傷と赤い瘡蓋。足の裏は破片を踏んで大きく抉れた皮膚。
「痛みはありませんよ」
目も当てられない、とばかりに絶句しているリチャードを見ると申し訳なくなってくる。エレーナはそんな表情をさせたかったわけじゃない。教えるつもりもなかったし、見つかることも考えてなかった。
「そういう問題じゃない。足に痕が残ったらどうするんだ。なぜ一週間の間にこんな怪我を」
「それは……まあ色々とありまして」
全ての元凶が目の前の人だとは言えない。エレーナは目を空中に逸らす。
どうやっても理由を教えてもらえないと思ってくれたのだろう。リチャードは溜息を付いて立ち上がる。
「僕は会場に戻らないといけない。また戻ってくるからレーナはここにいるんだよ? 分かったね」
とりあえずエレーナは頷く。しかし、聞き入れるつもりはなかった。
そんなことしてたら目的を達成することは叶わない。
(殿下が居なくなればこっちのものよ。部屋から離れてしまえばバレることも無いわ)
部屋を出ていくリチャードが見えなくなったのを確認して、エレーナは部屋を出ようと扉の外に出たのだが───?
「あのぉ」
エレーナは白いドレスに身を包んだ美少女に呼ばれ、足を止めた。
249
お気に入りに追加
5,987
あなたにおすすめの小説

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。


【完結】8年越しの初恋に破れたら、なぜか意地悪な幼馴染が急に優しくなりました。
大森 樹
恋愛
「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」
伯爵令嬢のリリー・スティアートは八年前からずっと恋焦がれていた騎士サムの甘い言葉を聞いていた。そう……『私でない女性』に対して言っているのを。
告白もしていないのに振られた私は、ショックで泣いていると喧嘩ばかりしている大嫌いな幼馴染の魔法使いアイザックに見つかってしまう。
泣いていることを揶揄われると思いきや、なんだか急に優しくなって気持ち悪い。
リリーとアイザックの関係はどう変わっていくのか?そしてなにやら、リリーは誰かに狙われているようで……一体それは誰なのか?なぜ狙われなければならないのか。
どんな形であれハッピーエンド+完結保証します。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

伯爵令嬢は、愛する二人を引き裂く女は悪女だと叫ぶ
基本二度寝
恋愛
「フリージア様、あなたの婚約者のロマンセ様と侯爵令嬢ベルガモ様は愛し合っているのです。
わかりませんか?
貴女は二人を引き裂く悪女なのです!」
伯爵家の令嬢カリーナは、報われぬ恋に嘆く二人をどうにか添い遂げさせてやりたい気持ちで、公爵令嬢フリージアに訴えた。
彼らは互いに家のために結ばれた婚約者を持つ。
だが、気持ちは、心だけは、あなただけだと、周囲の目のある場所で互いの境遇を嘆いていた二人だった。
フリージアは、首を傾げてみせた。
「私にどうしろと」
「愛し合っている二人の為に、身を引いてください」
カリーナの言葉に、フリージアは黙り込み、やがて答えた。
「貴女はそれで構わないの?」
「ええ、結婚は愛し合うもの同士がすべきなのです!」
カリーナにも婚約者は居る。
想い合っている相手が。
だからこそ、悲恋に嘆く彼らに同情したのだった。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる